第十七章 そして、舞台は回転する。 1
マシーナリーに目を付けたのは、『地下街』の存在だった。
グリーン・ドレスが焼き払ったのは、街の表層と住民達だけだったが、この都市には何故か、巨大な地下世界が存在していた。
もしかすると、旧時代の遺物なのかもしれない。
街の科学者達は、何とかして、この街の地下にあるものの謎を解き明かそうとしていた。
しかし、志半ばで、襲撃にあって、みんな死んでいったのだろう。
ルブルは新たな根城を見つけて喜んでいた。
同行していたミソギは、此処が資源にならないか考えている処だった。
地下世界は、広大で、何故、こんなものが放置されていたのか分からない程だった。
鍾乳石が綺麗に切り取られている。
地面も綺麗に舗装されている。
所々に、泥水で黄土色になった湖が広がっているが。
まるで、つい最近、開拓したかのようだった。
一体、此処が何の為に作られたものなのかは分からない。
もしかすると、何処かの忘れられた民族の残した遺産なのかもしれない。
調べてみる余地はある。
「ねえ、ロマンチックよねえ。ミソギ、此処、何なのかなあ?」
ルブルは揺り椅子に座りながら、鼻歌を歌っていた。
「知らんな。俺は此処が金になるかどうか、それしか頭に無い。街のテーマパークだったのか? 核シェルターか何かだったのか? それにしては、何故、住民達は此処に避難しなかった? 生き残った連中は、アサイラムに避難していると聞いているが…………」
ミソギは煙草を吹かしながら、建築物内にある模様などを見ていた。
「此処はピラミッドか何かか? しかし、理解に苦しむ事だが、文明は売れるからな。考古学者って連中に……。いや、違うのか? ただの精神病患者が作った施設なのか?」
此処も、ある種の異空間だった。
マシーナリーの地下世界。
そこには、『さかさまの城』が眠っていた。
棚やテーブル、椅子などが天井に固定されて貼り付けられて、シャンデリアなどが床に設置されている。そして城自体が逆さにデザインされている。
ルブルが座っている揺り椅子は、天井に固定されていたものを引き剥がしたものだ。
彼女はとても上機嫌で、城の中を探索したみたいだった。
まるで子供だ。未知の物に対する好奇心が強いのだ。
「……こういう無駄な物を作る奴の頭がどうなっているのか、俺は理解に苦しむな……」
ミソギはぼんやりと、空ろな顔をしていた。
頭の中に、奇妙な映像が流れてくる。脳内でイメージとしてのみ再生されていたものが、次第に現実世界を侵食し、輪郭を伴ってくる。
ドラッグの禁断症状だった。
浮遊感を伴いながら、どうしようもない程の高揚感と憂鬱感が襲い掛かってくる。
それにしても、彼にはやる事があった。
……そう、テーマ・パークは金になる。この施設をテーマ・パークにすれば、また大きな金が生まれるよなあ。
彼は、ふと、あの男の顔がちらつく。どうしようもない偽善者の顔だ。
彼には、気になっている男がいた。
その男は、此処に現れるだろうか。
……もし、重症から立ち直れば、今度は俺が相手をしてやるよ。
ミソギは死体の偵察部隊達に混ざって、ハイウェイまで向かう事にした。
この地底の城へ向かうには、ハイウェイを通らなければならない。
その辺りにいておけば、そいつが現れるんじゃないかという思いがしたからだ。
†
暗黒の地。
そこは、魔物達が饗宴を繰り広げる場所だ。
レウケーは暗黒の地を歩き続けていた。
この辺りの何処かに、デス・ウィングの店である『黒い森の魔女』という場所があるらしい。その店は、いつも決まった場所には無く。ぽつりと、ある場所に見つかるらしい。
大体の場所は、屍峠を超えて、白骨山脈が見える辺りだ。
空は暗雲を立ち込めている。
何処かで、奇妙な鳥達の鳴き声がする。
昆虫の脚のような形状の木々が生えている。
此処はいるだけで、とてつもなく不安になってくる場所だった。まるで出口の無い悪夢の迷宮を彷徨っているかのようだ。
デス・ウィングと取引をしようと思っている。
ケルベロスの肉体を治さなければならない。
鬼火が浮かんでは消えていく。
何処からか、獣の咆哮が聞こえてくる。
ふっ、と、後ろを振り返ると。
巨大な双頭の大鴉が、レウケーへと向かって襲い掛かってくる。
大鴉は二つの頭から、紫色の炎を吐いていく。
レウケーは。
刀を抜いて、その真っ黒な翼の鳥を一刀両断に切り伏せていた。
「……、此処は余り長くいては拙いな……」
そもそも、此処は人間のいるべき場所では無いのだろう。
それぞれ、二つの身体と翼に分かれた鴉達は、地面を這いずりながら、レウケーの肉体を喰らおうと襲い掛かる。
レウケーは、刀を再び振るう。
すると、爆撃が彼の周辺を覆い、化け物鳥の肉体を粉微塵にしていく。
「さてと、不安が残るばかりだが……」
しばらく歩いていくと、ゾンビ達が彷徨う沼地が見えてきた。此処を通ってしばらく進めば、人の骸骨で積み上げた白骨の山脈が見えてくる筈だ。
それにしても、このゾンビ達は何者なのだろうか? この地に迷い込んだ人間達の成れの果てなのだろうか?
……深く考えない方がいいかもしれない。飲み込まれる。
レウケーは、峠を進んでいく。
遠くには草原が広がり、首だけの獣達がお互いを食い合っていた。沼地を見ると、食虫植物のようなものがゾンビ達を食べ始めていた。
辺りの草木からは、異臭が放たれている。気温は寒いとも暑いとも思わず、ひたすらに湿っているように思えた。
突然、何者かが、遠くにある髑髏で創り上げた山脈から近付いてくる。
レウケーは刀を構えながら、近くにある洞窟の中へと隠れた。
洞窟の内部には、びっしりと、アルビノのキリギリスが壁にこびり付いている。それから、鎧のような殻を持つ甲虫などが無数に犇いていた。
レウケーは嫌悪感に襲われながらも、洞窟の中から近付いてくる者の姿を見ていた。
それは、ドラゴンだった。
一頭の巨大な翼を持つドラゴンが此方側へと近付いてくる。
ドラゴンは、レウケーのいた辺りへと舞い降りると雄叫びを上げる。
そして。
「何処に行った? 人間。この辺りにいたんじゃないのか?」
人語を話す竜だった。
レウケーは様子を見る事にする。
「此処に迷い込んでしまったのなら、出口へと案内してやろうか? 此処は人の来る処じゃないぞ」
レウケーはしばらく考えた後。
蛮勇を奮う事にして、巨大な空飛ぶ怪物の前へと歩み出る。
「お前は何だ?」
レウケーは訊ねる。
「俺か。人間、俺の名前はブレイズ。この辺りの番人をしている飛竜だ。白骨山脈の主をしている。その趣では、望んで此処に入ったようだが、お前は何の用だ?」
「デス・ウィングという奴に会いに来た。そいつは何でも揃えている店を開いているらしいな? 俺の友人の無くなった脚と腕を治して貰いたい」
「ほう?」
ドラゴンは瞬きを行う。
「ああ、世界中の都市を破壊している化け物の一人を倒す際に、右腕と両脚を負傷して、その傷が治らず腐食していったから、俺が叩き切った。だから、その、何だ。腕と脚を再生させられる人ならざる道具が欲しいんだ」
「成る程……。お前はもしかして、アサイラムの者か?」
ブレイズと名乗ったドラゴンの言葉に、レウケーは眉を顰める。
「アサイラムを知っているのか?」
「ああ、俺の住処の白骨の城の頂上には、TVのスクリーンがある。そこでアサイラムの存在を知った。ちなみにネットにも大量に情報が流出しているみたいだな」
レウケーは思わず、腰を抜かしそうになった。
「ドラゴンが、TVやパソコンを動かせるのか?」
「……俺の部下のスケルトン達にリモコンやタイピングを行わせている。今度、俺の家に来るか? 家庭内ゲーム機やオーディオもある。運転こそ出来ないがレガシー車もある。エレキギターも置いてある。それなりにくつろげるとは思うぞ?」
レウケーは思わず頭を抱えていた。
そして、狐に化かされたような顔になる。
「オーディオ……音楽を聴くのか?」
「ああ。最近はエヴァネッセンスのファースト・アルバムを聴いている。静謐でいい」
「ゲームなんかするのか……」
「コントローラーは大型に改造してあるがな。プレステ3をやっている。ファイナル・ファンタジー13だ。このゲームの次回作も出ているらしいが駄目だな。どうしても、俺は少し時代に乗り遅れているらしいんでな」
レウケーは、どう答えていいか分からなかった。
「最近はスマートフォンという物も手に入れた。パソコン並のスペックの携帯電話らしいが、どうにも、動画機能ばかり使ってしまうな」
レウケーは通信機を取り出して、ブレイズに見せる。
「ドーンで至急されているのは、簡素だが、もっと高スペックの携帯電話だぞ。よほどの場所まで行かないと圏外にはならない。それから耐久力が高い。…………」
「そうか。それも見てみたいもんだな」
そう言って、飛竜は嬉しそうに翼をはためかせる。
「それにしても、お前は名前は何て言う?」
「レウケー、だ」
「そうか、レウケー。人間はいいな」
ブレイズは、何処と無く切なげな口調で言った。
「俺は人間が好きだ。人間が作り出す物もな。俺はデス・ウィングと同じように、コレクターの資質がある。俺は主に、人間界にある、所謂、俗っぽい品物を集めるのが好きだ」
ドラゴンはとても楽しそうに裂けた口を歪めた。
「そうだ、レウケー。俺と友人になれ。デス・ウィングの場所まで案内してやる。だが、気を付けろ。今、奴の店には客人が入っている。そいつはな…………」
ブレイズは、神妙な顔をしていた。
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