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第十六章 ダーク・サーキット 2

 ルブルのゾンビは何に擬態しているか分からない。


 たとえば、今、立っている地面、森の木々、それから朽ち捨てられた家屋、それらに擬態しているかもしれない。死体である為に温度は感じないが、微妙に湿っている、という事でそれを頼りにするしかない。

 アイーシャはバイクを走らせながらも、慎重に辺りを伺っていた。

 いつでも、相手から襲撃されても、迎撃する用意はしている。

 自分が反撃出来なかったとしても、バイアスならばやれる。

 だから、奇襲なんて恐れるに足りない。


 ……一番、重要なのは想像力。相手がどう攻めてくるのか、それを考えなければならない。そして、決して、油断しない事。

 いつ、何処で襲われても対処しよう。

 ならば、罠なんて、何も関係無いのだから。

 アイーシャは、倉庫内を徘徊していた。

 此処には、モーター・レースで使われたと思わしきマシーンが幾つも残されている。

 とにかく、此処も兵器に関して、かなりの研究を進めていたらしい。


 気付くと。

 足元に、蜘蛛糸のようなものが絡まっていた。

 思わず、転倒させられる。

 隣では、バイアスが倒れていた。

 彼の右手や両脚などに、糸が絡まっていた。

 アイーシャの両脚に痛みが走る。

 ばしっ、と、全身を何かが走り抜ける。

 電撃だ。

 糸を伝って、電流が流れ込んでくる。

 アイーシャは、いつの間にか現れた、糸の先にいる相手を見据える。


「私の名はザナドゥー。もう、逃れられないわよ?」

 黒く長い髪に、紫色の口紅が目立つボンテージ姿の女装の男だった。

 そいつは、舌で自らの唇を舐め回す。

 アイーシャは。

 心の中でほくそえんでいた。

 腰に差し込んでいた剣を引き抜く。

 ぱしっ、と、糸が絡み付いている。


「無駄、無駄。逃れられないわよ」

「ああ、そう?」

 がちゃっ、と、剣の刀身が何段にも分解されていく。

 そして、蛇のように中に通ったワイヤーで剣が宙を走る。

 アイーシャは底冷えする声で訊ねた。


「おい、お前、ルブルの手先だろ? セルジュは何処にいる?」

「私はルブル様のゾンビ。セルジュ様から言われたわ、あなたを始末するようにって。あなたごとき、セルジュ様のお手を煩わせるわけにはいかないのよ」

 そう言いながら、細長い身体をしたオカマは糸で空中へと浮いていく。

「おい、セルジュ。出て来いよ、私と勝負しろ。この辺りにいるんだろう?」

 ザナドゥーが何か言っていたが、アイーシャはそれを無視する。

 アイーシャは思考していた。

 こいつを差し向けて、おそらくは近くで様子を見ているに違いない。少なくとも、彼女が知る限り、セルジュはそういう奴だと思っている。

 まあ、どの道、セルジュが近くにいなかったとしても、蜘蛛オカマを倒してセルジュの居場所を吐かせるつもりだ。そして、ルブル……メアリーの居場所も吐かせてやる。

 アイーシャは、バイアスを担ぎ上げると、倉庫内を逃げ回る。足の裏側は、ローラーへと変えていた。


「ちょっと、あたしはルブル様のゾンビ四天王の一人、疾雷のザナドゥーよっ! このあたしを無視するなんて何のつもりかしらっ!」

 アイーシャは、ひたすらに、ザナドゥーの攻撃から逃げ回っていた。

 雷撃が、地面を走っていく。

 マシーンの一つが、電撃の攻撃によって爆破炎上し始める。


「ああ、そうザナドゥー。私はもう貴方を倒してしまっているから。……処でゾンビなの? そう言えば、メリサも半ばゾンビ化していたわね」

「倒して……?」

 ザナドゥーは、アイーシャの言っている意味が分からないみたいだった。

「どういう事なのよ?」

「言った通りのままよ。取り合えず、そこを動かない方がいい」

 アイーシャは機体の一つに隠れていたが、姿を現す。


「あらぁ、そこかなり狙い易いわぁ。飛んで日にいるお馬鹿…………」

 ザナドゥーは、指先をくいっ、と動かしていた。

 すると。

 マシーンの一つが持ち上がって、ザナドゥー目掛けて飛んでいく。

 どうやら、ザナドゥーの紡ぎ出した糸がマシーンの一つに絡まっていて、アイーシャはザナドゥーが見えない間に、細工をしていたみたいだった。

 ザナドゥーは、数キロの鉄の塊に押し潰されていく。


「何よぉ、クソっ!」

 機体の中から、何匹もの鎧を纏ったネズミが這い出してきて、ザナドゥーの腹や胸、頭を齧っていく。

「やめ、やめ、ち、畜生、ああぁ? 何するんだぁ、このクソアマがぁあああああっ!」

 アイーシャはそのまま、ザナドゥーを無視して、バイアスの顔を叩き始めていた。

 ザナドゥーの背中が裂けて、長い蜘蛛の脚が四つ程、這い出してくる。


「バラバラにしてやるわぁ、あんたぁああああっ!」

 アイーシャは振り返って、冷ややかに言い放つ。

「だから、貴方はもう倒してしまっているんだって」

 バイアスが目を覚まさない。

 電撃で身体が麻痺してしまってもいるのだろうか。

 攻撃のダメージの受け所が悪い可能性が高い。ひょっとすると、落雷にそのまま打たれてしまった状態になっているのかもしれない。

 彼女は、彼の胸元に耳を当てて心音を確かめる。

 そして、冷や汗が流れた。

 アイーシャは彼の胸元を押して、何とか彼の意識を取り戻させようとする。

 背後では、ザナドゥーが完全に蜘蛛へと変形しようとしている処だった。

 しかし、ネズミの一匹がエンジン部分に牙を剥き始めていた。


「ああ、まだガソリンが残っていた」

 アイーシャはそう言うと。

 ザナドゥーを押し潰していた機体が爆発して、炎の渦へと包まれていく。

 それと同時に、バイアスが何とか息を吹き返したみたいだった。

 ふうっ、と、アイーシャは地面に座って、一息付く。


「セルジュ、此処にはいないのかしら? でも…………」

 明らかに、この倉庫は怪しかったのだが。考え過ぎだったか……?

 しかし、ゾンビの四天王の一人とかいう奴を配置していたのだから、ルブルが此処に目を付けていないとは考えられない。


「宣戦布告してきたわりには、弱腰よね。少しは派手に暴れたから、此処が目印になってもよかったのにね」

 バイアスは頭を抱えながら、ぜえぜえと荒く息を吐き続けていた。

 アイーシャはそう考えながら、更に倉庫の奥へと進んでいた。


「バイアス、どう? 大丈夫?」

「え、ええ…………」

 アイーシャは何気に、マシーンの一つの窓を眺める。

 すると、何者かが背後で走り去っていく気配がした。

 アイーシャは、とっさに、バイアスを突き飛ばす。

 マシーンの窓ガラスが砕け散る。

 アイーシャの頭が、上半身が粉々に砕け散っていく。


「おら、来てやったぜ」

 燃え盛り、灰へと変わっていくザナドゥーを押し退けて、そいつは現れた。

 腰元まで伸ばした真っ黒な髪に、羽飾りをふんだんに付けた毛皮のカットソー。アシンメトリーの真っ黒なロングスカート。

 バイアスは蒼褪めた顔をする。



 セルジュは下半身だけになった、アイーシャの死体を眺める。


 彼女に寄り添うように、一人の少年が立っていた。


「何だ? お前」

 セルジュは興味無さ気に、バイアスを見ていた。


「ああ、ああ、クソ、クソ、ああああああ」

「喧しいな、せっかく、アイーシャを始末出来たんだ。これから祝賀会をやろうぜ? どうだよ、お前もダートに入るかよ? まあ、死体になってからだけどな」

 メアリーから、アイーシャを倒せたら、死体はゾンビ化させて操るのがいいんじゃないかと言われている。彼はアイーシャの死体を回収しようと歩み寄っていた。

 空中に、巨大な杭が浮かぶ。

 それが、弾丸のような速度でセルジュへ向かって飛んでいく。

 セルジュは左腕から飛び出したナイフによって、それを弾き落とす。


「ふん。お前程度の能力者じゃ、俺は倒せない」

 すると、無数の針やら、杭やら、釘やらが、空中に浮かんでいた。セルジュはそれを見て、流石に焦ったのか、転がりながら、マシーンの一台の陰へと隠れる。

 そして、マシーンを蹴り飛ばす。

 すると、マシーンがぐしゃぐちゃに変形していって、大口を開けた怪物の口腔のようになり、ハンドルやらギアやら、エンジンやら、タイヤやらが歯や爪のようになって、バイアスへと襲い掛かる。

 バイアスは必死で、その変形したマシーンに自身のクリムゾン・サクリファイスを撃ち続けていた。

 しかし、変形したモンスター・マシーンにまともなダメージを与えられずに、バイアスは怪物の口腔へと喰われていく。


「死んだか」

 セルジュは、アイーシャの死体へと歩み寄る。


「これは駄目だな。頭も丸ごと、吹っ飛んだか? メアリーに後で謝っておくか」

 そして、すぐに、違和感に気付く。

 血の臭いがしない……。アイーシャは全身機械じゃない。いわば、サイボーグだ。しかし、切断面から、血が流れていないし、血の臭いもしない。


「まさか……?」

 セルジュは、眉をひく付かせる。

「本当に、引っ掛かってくれるとは思わなかったよっ!」

 そう言うと。

 物陰に潜んでいた、アイーシャが、熱を帯びた大剣を掲げて、セルジュへと切り掛かってきた。

 セルジュは咄嗟に、左腕で、剣をガードした後、背後に飛び退く。


「……お前、死体に細工して、もう一人の自分を創って、それを囮にしていたな?」

 セルジュはヒート・ソードの熱によって、全身から汗を滴らせながら、苦しげな顔をする。

 ……いつから偽者と入れ替わっていた?

 最初からか、あるいは遠くから、スコープで観察していた途中からか。

 しかし、どちらにせよ。


「確かにハマったが。……俺の首を刎ねるまでの時間、騙す事は出来なかったな?」

「そうでもないわよ。お前があのザナドゥーとかいう雑魚を寄こしてくれて良かった。バイアスは死にそうになったけど…………」

 セルジュは、後ろの物音を聞いていた。

 少しだけ、横目で後ろを見る。

 ザナドゥーの焼死体を、鉄の塊が覆い尽くして、一体の機械ゾンビへと変えていく。


「なあ、セルジュ。お前は鏡を割れなければ雑魚だ。それから、今度は何だっけ? 私の身体に直接触れて、骨格をぐちゃぐちゃに出来なければ雑魚だ。お前の攻撃の対策は済んでいる。お前はもう、詰んでしまっているんだよっ!」

 アイーシャは、背中から、更に二本の腕を出した。それらは手首の部分が、長い刃へとなっている。それらが、カマキリの両腕のようにセルジュへと襲い、セルジュの脚や脇腹を刻んでいく。

 セルジュは、溜まらず、後ろへと下がる。

 まるで待ち構えていたかのように。

 変形した怪物マシーンの中から這い出したバイアスが、セルジュへ向けて小さな杭を幾つも飛ばしていく。セルジュは空中を旋回しながら、両腕で、それらを弾き飛ばしていく。

 セルジュは、横を眺めた。

 ザナドゥーの肉体を使った機械ゾンビが、電撃を走らせようとしていた。


 ……負ける。

 セルジュの頭の中で、そんな言葉が浮かぶ。

 しかし、すぐに、それを振り払う。

 セルジュは置かれているマシーンの陰へと飛び込んでいく。

「逃げるの? お前はもう詰んでいる。この倉庫内は密室だ。後はお前をどうとでも出来る!」

「舐めるなよ?」

 機械ゾンビは、電流を流し続けるロッドを振るう。

 そして、腹がバルカン砲の形状へと変わり、砲弾をセルジュが隠れた辺りへと撃ち込んでいく…………が。

 まるで、反射したかのように、機械ゾンビの撃ち込んだ弾丸が、そのままそっくり鉄骨の肉体へとダメージを与えていく。

 弾丸は、マシーンの一台のガラスへと命中していたのだった。

 そして、ガラスの一枚が割れて。

 ザナドゥーの肉体を使った、機械ゾンビが粉々に砕け散っていく。

 そして。

 まるで、立ち上がるかのように、マシーン達が、次々と、アイーシャとバイアス目掛けて襲い掛かっていく。


「ふん、そんなもの」

 バイアスが、両腕を掲げる。

 次々と、巨大な杭によって、変形したマシーンが壁まで張り付けにされていく。


「セルジュ、お前は詰みだ。そろそろ死ぬ覚悟をしろ」

 辺りがほんの数瞬、静まり変える。

 そして、マシーンの一台が動き始め、更に隣のマシーンが動き、まるで波が広がるように倉庫中の戦闘機械の試作品達が動き始める。


「悪足掻きは止めろ、お前は…………」

 一台のマシーンが、倉庫の外へ向かって走り去っていく。

 バイアスは、そのマシーンへと釘を撃ち込んでいく。

 マシーンが破壊され、粉々に砕け散る。


「よく分かってねぇんだよ、お前は」

 何処かで声が聞こえる。


「此処にあるものは、サーキットと称した兵器達だ。部品が死んでいるとはいえ、元々は実戦に有用な武器満載だ。俺の『アケローン』でちょっと、作り変えさせて貰っている」

 アイーシャは、ふん、と鼻で笑う。


「処でアイーシャ。今のお前は本物か? 試していいのか?」

 アイーシャは飛び跳ねる。

 彼女は空中で、ヒート・ソードを変形させて、ドリルのような形状へと変えていく。そして、セルジュの声がしている辺りへとドリルを回転させながら、叩き込む。


「試せばいいだろ?」

 アイーシャの右頬から、血が流れた。

 何かを飛ばされたみたいだった。

 アイーシャは、咄嗟に、飛び退く。しかし…………。

 左足首を、ワイヤーのようなもので掴まれていた。先ほどのザナドゥーの蜘蛛糸よりも、よっぽど強靭だった。


「なあ、アイーシャ。お前は爪が甘い。もっと狡猾だと思っていたが、やっぱり、冷静に攻撃する事が出来なかったみてぇだな?」

 アイーシャは、マシーンの中へと吸い込まれていく。

 それは、ジープの形をしていた。

 アイーシャは、ワイヤーを外す為に。一度、左足首を分解していく。

 分解し、再構築する作業に、若干の時間が掛かった。

 ジープの外では。

 マシーンの一台が動き出して、倉庫の外へと飛び出していた。

 バイアスの杭の攻撃は、全て叩き落されたみたいだった。


「しまった…………っ!」

 アイーシャは、すぐに倉庫の外へと向かって、マシーンに乗って逃げ出したセルジュを追う。




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