第二章 全ての希望を灰や塵へ 3
マディスはアサイラムに収容されている囚人の一人だ。
彼は、ケルベロスから体術などを教えて貰っている。
マディスは、此処に入るまでは、ただのクズだった。
人の痛みなんてものは、毛程も感じないものだった。
彼は、他人を傷付ける事でしか、快楽というものを感じる事が出来なかった。
しかし、此処に来てから、何かが変わったような気がする。
朝食は、サラダやジャム塗りのトースト。
昼食は、適度な量の麦飯や魚。
夜食は、小さなステーキとポテト。それから、少々のワインを飲んでいる。
外の世界にいた頃は、ジャンク・フード三昧の日々だった。あるいは、路上の残飯を漁った事もある。他人から脅して巻き上げた金で、高級料理を口にした事もある。随分と好き勝手に生きてきた気がしたのだが、それでもどうしようもない程に満たされていなかった。
そして、ある時、彼はケルベロスと出会った。
まだ、ケルベロスが、此処の所長では無かった頃だと思う。
ケルベロスは圧倒的なまでに強かった。
マディスは、肉体を強化する事が可能だ。
そして、強化した肉体によって、コンクリートなどを簡単にぶち破る事が出来る。そして、あらゆるものを硬質化させる事によって、拳銃やナイフの威力なども挙げて、材木を鉄骨などの硬さの凶器にまでする事が出来た。
ケルベロスは圧倒的な力で、マディスの攻撃を破っていった。
まず、彼には拳銃が命中しなかった。
肉体に刃物が通らなかった。
そして、気付くと、マディスは投げ技だけで彼に倒されてしまっていた。
アサイラムは自由を与えてくれる。
何故、自分のような存在が、こんなにも幸福を与えられるのか分からなかった。
ケルベロスに訊ねると、誰だって幸せになる義務と権利があるんだ、と、それだけを返された。
以来、マディスはケルベロスの為にならば、命を張ろうと思った。
自分はきっと、弱いのかもしれない。
けれども、精神的には、とてつもなく強くなろうと……。
†
アサイラム周辺はリゾート地みたいなものだ。
椰子の樹木が生い茂り、潮風が吹いてくる。
ケルベロスが散歩をしていると、樹木の影から一人の男が現れる。
黒髪を伸ばした男だった。
彼の名は、レウケーと言う。
全身を、穴の開いたTシャツを身に付け、ダメージ・ジーンズを穿いている男だ。
「ケルベロス、ダートってのは何だろうな」
彼はおもむろに呟く。
ケルベロスは、携帯灰皿を取り出して、吸っていた煙草を消す。
「さあな。しかし、俺は思うに、愉快犯の可能性が高いと踏んでいる。まるで分からないのだが、ダートの目的はどうやら、“可能な限り、邪悪な精神を集める”という事らしい。どういう事なのだろうな。思想的なものの下、人を集めるのだろうか? 俺には分からないが……」
「俺は殺すぞ? みな、殺害する。俺の剣技と、『グラウンド・ゼロ』でな。俺はお前やハーデスの気持ちが分からない。悪人は死ぬべきだ、と俺は考えている。それが正しいんじゃないかとな。なあ、ケルベロス。お前はいつか足元を掬われるんじゃないのか?」
レウケーは、からかうように言った。
ケルベロスは、首を横に振る。
「それでも……、それでも、俺は人というものを信じたいと思っているらしい。それこそが、俺が生きてきた信念という名前の道標なのだから」
レウケーは、樹木に持たれながら空を仰いでいた。
「もうじき、戦争が始まる気がするなあ。それは、とても大きな花火なのかもしれない。なあ、地獄の番犬。俺は俺で、好きにやらせて貰うぞ?」
「そうかよ。じゃあ、好きにするといいさ」
二人は、いつも意見が合わなかった。
どうしようもないくらいに合わなかった。
そう言えば、と、ケルベロスは思い出す。
ふと、あの男の顔がちら付いていく。
暴君、と呼ばれていた男だ。
彼は死んだのだと、聞いているのだが。…………。
†
グリーン・ドレスは、彼女を狙うハンターと戦っていた。
彼女は、周りを省みない。
彼女の能力が通過した場所は、次々と、塵や灰へと変わっていた。
建造物が、幾つも全焼し、炭化していった人々の屍が散乱していた。
グリーン・ドレスは、空を浮遊しながら、自分を追っている敵を弄ぶように戦っていた。最初、襲撃してきたのは、手に手に刃物を持った何体ものヌイグルミだった。彼女は、片っ端から、それらを手にした凶器ごと焼き焦がしていく。
その次は、全身から刃物が生えた、マネキン人形の群れだった。
どうやら、この敵は、物量で相手を押し潰す戦略を取っているみたいだった。
そういった攻撃は、彼女にとっては、逆効果だった。
何故ならば、彼女がもっとも得意とする戦い方は、殲滅戦だったからだ。
敵は、何でも、パペット・マスターと名乗る能力者らしい。
そいつは、不気味な仮面を身に付けていた。
どうも、複数の人形を操るみたいだった。
彼の隣には、イロードという腐臭ガスを放つ男がいた。
グリーン・ドレスは、緑の悪魔という別名がある。
彼女は、辺り一帯に、緑色のガスを撒き散らしていった。
パペット・マスターは、様々な人形を使って、彼女へと襲い掛かる。それは、マネキンだったり、日本人形だったり、球体関節人形だったり、セルロイドの人形だったりした。
緑の悪魔は、一気に、自身の能力を発動させる。
すると、周囲一帯が、爆破炎上していく。
「弱い、とてつもなく、弱いわよ、あなた達っ」
仮面が剥がれて、パペット・マスターは、黒焦げの顔を晒す。完全なまでに、絶命していた。
ぱきりっ、と、グリーン・ドレスは散らばっている人形の腕を踏み砕く。
残ったイロードという男が、必死で命乞いをしていた。
「調べたんだけれども、あなた達、ドーンのハンターなのよねえ? そっちの仮面の男、私が美男子にしてやった奴、ダートとかいうものを調べているんでしょう? ねえ、あなた、何処から焼かれたいのかしら? 何処が、とっても気持ちよくなれるの?」
グリーン・ドレスの全身が、灼熱を帯び始めていた。
イロードは、必死で頭を地面にこすり続ける。
そして、アサイラムの居場所を吐く、と叫び続けるのだった。