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第十六章 ダーク・サーキット 1

 洗い流そう、洗い流そう。


 幾ら、身体を洗浄しても、自分がとてつもなく汚れている気がする。

 脳も電気ショック何かで焼き尽くしてしまいたい。

 もう、記憶なんていらない……そんな考えばかりが頭の中を過ぎる。

 アイーシャは浴槽の中で、まどろんでいた。

 彼女は、今、両腕、両脚が欠損している。メアリーに奪われた肉体。


 どうしても、以前のように自分を愛せそうにない。ただただ、消し去れない憎しみばかりが今の彼女を生かしている。自分は奴隷なんかじゃない。汚濁を拭い去らなければならない。けれども、どうしようもないという事実が失われた手足が物語っている。


 このまま湯船の水の中に浸かりながら、窒息死してしまった方がどれ程、楽なのだろうか。もし、ルブル達との戦いに敗北死してしまったら、ゾンビにされて再利用されてしまう可能性もある。そういった事も避けなければならない。


 ネクロ・クルセイダーを解除して失った手足の断面図を再確認して、自分がどれ程、無力で敢えて自己憐憫的に考えるならば、心が傷付いてしまっているのか、よく分かる。


 ……そうだよ、畜生。私は傷付いているんだ。身も心もだ。ふざけやがって、あのクソ女。絶対に、絶対に殺してやる。

 バイアスは寝室の辺りでTVを見ているらしく、此方まで音声が入り込んでくる。

 彼は何だかんだで、自分の弱い心の支えになっているのだろうか? もし、彼がいなければ、孤独な復讐の過程に耐えられなくなっていたかもしれない。

 自分自身の心の傷から、眼を背けてはならない。戦おう、自らの尊厳の為にだ。


 これまでルブルやメアリーによって潰えてきた命、犠牲者達の為に祈り、戦うわけじゃない。純粋なる自分のエゴと復讐の為に、自分は戦うのだ。

 決して、罪を赦してはならないから。


 醜いからこそ、這い上がれる。

 絶望しているからこそ、立ち向かえる。



 宣戦布告を聞いてから、しばしの時間が経過し、ダートを倒す為に募った討伐隊メンバーが敗北してしまった事が、ネット上で流れている。


 アイーシャは、未だ動かずにいた。

 セルジュの挑発に乗ってはならない。

 明らかに、罠の可能性もある。だが……。

 彼女の決意は強かった。全てのネガティブな感情を振り払おうと思った。

 マシーナリーの地図は知っている。そして、何故か、今やネットにルブルが討伐隊達を殺害した付近の明確な地図が載っていた。

 ネット内においては、未だ全体図こそ把握し切れていないらしいのだが。

 しかし、能力者の犯罪者を倒そうとする連中は限られていた。

 元々は基本的には、ドーンだけだった。

 今や、ドーン以外にも、能力者達の討伐隊が各地で結成されようとしているみたいだった。アイーシャは、何故だか、それらを滑稽に思えて仕方が無かった。


「罠の可能性、って、私は臆病な自分を乗り越えられない言い訳を考え続けているだけなのか?」

 後ろに引くわけにはいかない。

 彼女は、マシーナリーへと向かう事にした。

 バイアスは置いていこうと思う。

 セルジュが言うには、これは、一対一の戦いなのだ。


「どんな自信を手に入れたのか知らないけれども、倒してやる」

 罠なんて、嵌まってしまえばいい。

 問題はそんなもの苦にせず、乗り越えればいいだけの話なのだから。

 バイアスが、アイーシャが羽織ったマントを握り締めていた。

 彼は無口だが、何かを言いたげだった。


「ああ、そう。どうしても付いてくるんだったら、一対一の決闘に水を差す輩がいたら、排除して」

 バイアスは強く頷いた。



 マシーナリーの廃墟跡へと辿り着く。


 そこは、所々が、ルブルのゾンビによって占拠されている事が分かる。

 罠を配置するのは、充分なのだろう。

 アイーシャは、まず、自分の機械兵のゾンビ達を使って、街中を偵察する事にした。

 梟型や蝙蝠型の機械兵だ。

 映像中継が搭載されており、僅かながら、武器も仕込んでいる。

 それらを無数に街中へと飛ばしていく。

 幾つもの画面を設置して、彼女は至る処にある映像を眺めていた。

 当然、決意とは別に現実問題として、罠は掛からないに越した事は無い。

 だから、事前に対処しようと考えていた。


 ……何だ? この違和感?

 アイーシャは、首を傾げた。

 直感のようなものだった。何かがおかしい。

 感じたものが、何なのだろうかと彼女は考えていた。

 ルブルのゾンビは危険だ。

 戦闘能力、機動力などにおいては、遥かに自分のゾンビには劣っていると考えている。しかし、ルブルのゾンビの方が、明らかに勝っている長所もあった。

 アイーシャはそれを強く、警戒している。

 それは、伏兵戦だ。

 ルブルのゾンビは、壁や地面などに擬態する。あるいは、もっと狡猾に、様々なものへと擬態していく。たとえば、森の木々、城の壁や床や家具。何に擬態しているのか分からない。鏡や光学迷彩のようなものを使って、背景や大気に溶け込んで潜んでいるのかもしれない。それはアイーシャの機械兵にはまるで無い長所なのだ。


 ……たとえば、こんな使い方も考えられる。私の“機械兵に擬態する”っていう、発想。もし、中継映像が途絶えてしまった機械兵がいたら、その兵隊は処分しよう。

 他にも、食物や衣服に擬態してくるかもしれない。

 それらも、想像力の念頭に置いておかなければならない。

 ふっ、と。

 ある事に思い至った。

 アイーシャは、まじまじと、近くのバイアスの顔を眺める。


 ……仲間に擬態するという可能性もあるかしら? とにかく、用心しなくては。

 相手の出方、方法、策略。

 予想、想像出来る限り、考えておいて、損は無いのだから。



 ルブルのゾンビ達は、ミソギの銃火器を手にしながら、マシーナリーの廃墟の中に配置されていた。彼らは手に手に、アサルト・ライフルや、ガトリング・ガンなどを手にしていた。

 ゾンビ達には複眼が作成され、三百六十度、視界が見渡せるようになっている。そして、当然、アイーシャが行うように、同じ視界を共有するものとして、ゾンビの見ている視界が、ルブルの視界へと伝達されていた。

 敵からの応戦の準備は万全だった。

 この機械国家の廃墟中に、伏兵が潜んでいる。


「……アイーシャの機械兵、……やっぱり、セルジュの挑発に乗ったか。さて、どう攻めてくるのかしら? とても、見物ね」

 ルブルはそんな事を考えていた。

 手軽に、組み立てて分解しやすいカラシニコフや、ランチャーなども、大量に渡されている。

 それで、やってくる雑魚の大抵は仕留める事が可能だった。

 しかし、アイーシャは逡巡する。

 もし、機械兵に下手に狙撃すれば、此方側の動向の大部分を予測される危険性もある。


 ……かなり、知恵を付けたわよねえ。

 何とも遣り辛い相手に、成長してしまっていた。



 アイーシャは、マシーナリーという国に対しての下調べを済ませている。既に、グリーン・ドレスの襲撃によって廃墟と化してしまった国家なのだが、この国は軍事大国グリズリーとの交流があり、グリズリーと冷戦状態でもあった。アイーシャがグリーン・ドレスと組んだ頃は、既に、此処が彼女の手によって破壊された後なので、最初、詳細は分からなかったのだが、調べていくうちに、何故、ルブルが此処を隠れ家……おそらくは、自身の新たな要塞へと変えようとしているのかが分かる。


 そもそも、ハイウェイとは何なのか?

 何故、ドーン側を挑発して、この国のハイウェイへと誘ったのか?

 このマシーナリーという国家は、ある種の未開地だった。ドーン側にも、多少の情報こそあるが、どうやら度重なる破壊の混乱によって、ドーン側はこの国の情報を仕入れて攻め入る余力が無かったのだろう、とアイーシャは見ている。


 どんな状況だったかは分からないが。

アイーシャの予測によれば、おそらくはドーンが募った討伐隊とやらは、ルブル達の能力のみで敗北したに違いない。

 予想しなければならないし、想像しなければならない。

 アイーシャは、マシーナリーという国の情報を印刷した紙を手にして、ルブル達の出方を伺っていた。

 もし、自分の予想が正しければ、間違いなくルブル達は、この街の資源を悪用してくるだろう。

 あの長い、長いハイウェイは、何なのか……?

 まず、それが気になった。


 ハイウェイは、『モーター・レース』というマシーナリーの国民的行事に使われる巨大サーキットであり、マシーナリーという国が、その科学技術を誇示する為の兵器実験場なのだ。

 年に数度、行われる国民的行事がレースだ。

 それぞれ、レースの内容は、兵器開発の科学者達が競い合って創り上げたマシーンをハイウェイに走らせる。運転は遠隔操作か、コンピュータを使って、中に人間は乗せない。しかし、マシーンは元々は実戦用の試作品である為に、人間が搭乗可能な事もレース参加のマシーンに必要な条件となる。


 ……もし、兵器格納庫があるのなら、そこを探そう。そこを拠点にする筈。私とグリーン・ドレスも、以前、そのような場所を先に占拠した…………。

 そう、ここのネクロ・クルセイダーで、兵器を奪取する、という戦略も考えなければならない。あるいは、速やかに破壊しなければならない。

 情報で得た、街の地図を見ながら、アイーシャは街の周辺を進んでいく。彼女は、更に、別に印刷した紙を手にしながら、紙に書かれた絵を眺めていた。それは、バイクの設計図面だった。彼女は、機械兵を変形させて、バイクを作り出す。


「バイアス、後ろに乗って、早めに進んでいくから」

 もっと、色々なタイプのマシーンを作れないだろうか。

 可能な限り、自分の力を応用する方法を考えなければならない。そう思った。




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