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第十二章 聖なる竜と金色の環 2

 そこは、イゾルダの生体兵器が根差している場所だった。

 元々は、谷によって覆われた国で、光が刺し込み難い場所だ。


 どうやら、位置的に、苔などの植物が繁茂しやすい場所みたいだった。


 スロープと、ホビドーが、この辺りの事後処理をしようと訪れたのだった。

 スロープは、獅子の頭を持った巨躯の男だった。

 ホビドーは、細長い筋肉質の神経質そうな顔の男だった。


 二人は、苦虫を噛み潰した顔で、かつて国の体裁を為していた場所を眺めていた。

 生体兵器は、まるで食虫植物のような姿をしていた。

 そして、何処まで天高く聳え立つ、バベルの塔のように細長く、その全身を天へと伸ばして、巨大だった。


 奇怪な姿の、花が咲いている。

 口を開いた植物が、胞子を撒き続けていた。

 この怪物が、この街を喰い潰している、大地の癌だ。

 レウケーやマディスは、散々、手こずっていた。

 しかし……。


「三十以上の都市が、化け物共の苗床にされているらしいが、俺の力なら、大丈夫だろ」

 ホビドーの能力ならば、根元から根絶出来る。

 そもそも、レウケーのグラウンド・ゼロは威力こそ高いが、このような細胞の一部でも残っていれば、再生していく相手には不利なのだ。

 ホビドーの強さは、レウケーの折り紙付きだ。

 だから、ホビドーは上司から信頼されている自分の力に誇りを持っている。

 この怪物を、どうやって、倒せばいいかレウケーは逡巡しているのだと聞く。

 スロープは、ハルバードと呼ばれる大斧のような槍を構えていた。これで、敵の触手や牙などを、薙ぎ倒すつもりでいた。


 ホビドーの手助けだ。彼の力である、『アシッド・フィールド』によって、この辺り一帯を酸化させていくつもりだった。

 彼の酸の能力は、蛋白質や食物繊維を有する有機物にとって絶大なダメージを与える事が可能だ。彼は自分の“胃袋”を作り出す事が出来るのだった。

 何度か、怪物の鞭のような葉に遮られるが、次々と、スロープが、それらを切り落としていく。

 時間を掛ければ、駆逐し切れるかもしれない。


 二人はそう確信していた。

 少なくとも、上司のレウケー程、悲観的には考えていなかった。

 中心部には、巨大な花が鎮座していた。

 そいつが、おそらくはこの地の怪物を増殖させている元凶なのだろう。


「あら、あたしも混ぜてくれない?」

 二人は、後ろを振り返る。

 骨ばった身体の男が、ウインクをしながら、二人を見ていた。


「お前は何だ?」

「あら、あたしの名前は、ラジュリ。あんた達の助っ人になるように言われてきたの」

 そう言いながら、その男は身体をくねらせる。


「オカマか……。まあ、いい。お前は何が出来るんだ?」

 ホビドーは訊ねる。

 心なしか、彼は何処か軽蔑したような視線で、ラジュリを見ていた。

 ラジュリの全身から、薄桃色の霧が周囲を撒かれていく。


「あたしの『ハイエルフ』は、毒物を押さえたり。戦闘意欲を殺いだり出来るわよ。ちなみに、ケルベロスちゃんが、イゾルダちゃんと戦う際に、彼に毒の攻撃の耐性を与える防護円を張ったのは、あたし。あたし、一応、アサイラムにも雇われているの」

「そうか、そりゃ頼もしいな」

 ホビドーは、頬をぽりぽりと掻く。


「ちなみに、あなた、あたし好みの男よ」

 そう言って、ラジュリは、再びウインクをする。

 ホビドーは、ふうっ、と溜め息を吐いた。

 やはり、この手の馬鹿には余り深く関わらない方がいいのだろう。

 巨大な花が、眠りに付こうとしているのが分かる。

 確かに、ラジュリのハイエルフの効果は中々なものだった。

 片っ端から、生物を眠らせている。

 この辺りに、特殊なフェロモンのようなものを撒いているのだろう。


「はぁーい、お二人共、眠っている間に好きにしちゃって、あたしがいつもそうしているようにっ!」

 そう言いながら、ラジュリはくるくるとダンスを踊る。

 もしかすると、結構、恐ろしい能力なのかもしれないが、ホビドーは深く考えないようにした。

 ホビドーはふと、何気なしに、空を見ていた。

 初め、それは星の瞬きなのかと思った。

 まるで、空がヒビ割れて、亀裂が走っていったのかと思った。

 刹那の時間だった。

 空から、何者かが舞い降りてきた事を、ホビドーは理解する。

 そいつは、一番、大きな頭の食虫植物の上へと乗っていた。


「何だ? 此処は?」

 そいつは、漆黒のドレスを纏っていた。

 そして、肩の辺りを真っ白なケープで覆っていた。

 美少女のように見えたが、何処か違和感があった。

 頭には、針のような角飾りのようなものが生えたカチューシャを身に付けている。何処か、その両眼は、獰猛な印象を受けた。

 ホビドーは、本能的に“眼の前の存在には絶対に勝てない”という事を理解する。

 どうやり過ごせばいいのだろうか……。彼の思考は、瞬時にその事に切り替わる。

 そいつは、よく響く声で、下界の二人を見下ろしながら喋っていた。


「ああ、お前ら、ちなみに俺様は男だ。まあ、ゴシック・ロリィタの女装は、何ていうか、趣味みたいなもんだ。気にするな」

 彼は、大欠伸のようなものをする。


「俺の名は、ニーズヘッグ。ルブル、って奴に、この世界に呼ばれたんだよ。“不在の世界”からやってきた者だ。取り合えず、何だ? 俺様はお前らを叩き潰せばいいのか?」

 彼は何だか、迷っているみたいに見えた。


「この世界に合わせる為に、力をコントロールしなければならないからなぁ…………」

 彼は、つまらなそうな顔で呟いていた。

 彼の右腕は、長い鉤爪へと変わっていく。


「俺様は強いぞ」

 そう言うと。

 一瞬にして、遠くの山が、谷へと変わっていた。

 スロープと、ホビドーは、呆気に取られていた。

 実際、一体、今、何が起こったのかよく理解出来ていなかった。

 そして。

 更に、瞬時にして、彼は乗っていた巨大食虫直物と、おそらくは、この辺り一帯の怪物を媒介している、巨大な花を消滅させてしまう。

 気付くと、スロープ、ホビドー、ラジュリ、そして目の前にいるニーズヘッグ以外の全てが、無へと帰っていて、辺り一面が砂丘のように変わっていた。

 三人共、愕然としていた。


「ちなみに、この俺様だが。力の名前は『アビス・ゲート』と言う。俺様は、お前らの概念で言う処の精神生命体みたいなもんだ。つまり、“概念”に近い存在って奴だな。お前らの持っている“深淵”っていう概念に肉体と意志を持たせたような存在として、この世界に実体化しているようなもんだな、分かるか?」

 その怪物は傲慢そうな態度で、辺りを見回していた。

 綺麗なまでに、一帯が消滅してしまっている。

 ニーズヘッグと、ラジュリは対峙する。


「あらぁ、あなたも男の娘なのぉ? あたしもそうなのよ。お友達になれそうね」

 ニーズは、無感動にラジュリを見ていた。

 そして、おもむろに舌なめずりをする。


「お前らは、殺す価値も無い。この世界は壊す価値も無い。俺様は全力の力で、お前らと戦う事は無いだろうな。そういう存在として、この世界に召喚されたんだろうからな。まあ、何だ。せいぜい、俺様の強さは、この世界の強者程度だろうな。一応、俺は…………」

 そう言うと、彼は再び、右腕を掲げた。

 彼の右手から、漆黒の光が放たれていく。

 空の上にある星々の一つに向けて、それが撃ち込まれていく。

 瞬間、空が燃え広がり、爆発を起こしたような気がした。


「何をやった……?」

 ホビドーが、思わず訊ねていた。


「ああ? 何億光年くらい先にある、惑星一つを粉微塵の消し炭にした。何なら、銀河一帯くらいなら滅す事が出来る。でも、俺様はお前ら相手には、やらない。……出来ない、と言ってもいいかもしれんな。何しろ、この世界に召喚された俺様は、あくまで概念であって、この世界自体を瞬時に滅ぼす事は不可能だからな」

 ホビドーは彼の説明を聞いて、余りの荒唐無稽さに絶句していた。

 しかし、確かに、彼が本当に“実行したのだろう”という事だけは分かった。

 口から出任せを言っているわけじゃない。

 それに、何にしても、絶対に自分達では勝ち目が無い。


「まあ、詳しい説明はどうでもいい。そのうち、理解するだろ。とにかく、俺はルブルの下へと行く。まあ、この世界では、沢山、死んでいくんだろうが。せいぜい、少しでも長生き出来るように祈っておくんだな」

 そう言うと、彼の肉体は地面から這い出してきた、影の中へと包まれていく。

 そして、彼は漆黒のドラゴンへと変化を遂げていた。


 ニーズヘッグは、翼を広げて飛び立つと、三名の下から去っていく。

 見逃したのだろうか?

 ホビドーは、理解が遠く及ばない相手と対峙してみて、どうすればいいか立ち竦むばかりだった。もしかすると、あのニーズヘッグという者からしてみると、自分達など、アリみたいなものなのかもしれない。だから、どうでも良かったのだろうか。




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