第十二章 聖なる竜と金色の環 1
「ドーンの創造主である、メビウス・リングか……」
噂には聞いている。
ドーンは元々は、能力者犯罪者の私刑を行う、各地に集った者達を管理して、組合の体裁を為そうとした試みだ。以前はもっと混沌としていて、能力者同士の派閥や仲間割れ、同族殺しなどが後を立たなかったらしい。
普通に考えれば、メビウスはドーンの中で“最強”という事になるんじゃないのか。
戦ってみたい……。
彼女と対峙すると、自分の不安定な状態を行き来し続ける人生に、何かしらの光明が見えるかもしれないから。
エアは、あの動く人間大の人形を、直接、見た事は無い。
しかし、会ってみたい。
以前から、ずっと思っていた願望なのだが、警戒心からか動かずにいた。しかし、今、ダートが世界中に破壊を巻き起こしてもなお、メビウスはまともに収束出来ずにいる。噂によると、メビウス・リングという存在は、彼女が現れただけで、どんな能力者も一瞬にして、抹消してしまうと聞いていたのだが。
会って、戦ってみて、自分にも勝機があるんじゃないのか、と思えてしまう。
……いっそ、宣戦布告してやろうか?
あるいは、罠に嵌め込んでみようか?
エアの中から、無性に衝動が、湧き上がってくる。
戦ってみたい。
あるいは、彼女がどんな思想信条の下、動いているのか真摯に話してみたい。
とにかく、会うだけの価値はありそうだった。
そうだ、ゴスペルを背景に流そう。
盛大なオーケストラで、醜いもの、汚いものを駆逐してしまおう。
もし、メビウスと分かち合えたならば、彼の理想とする世界を共に創ってくれるのかもしれない。
彼は光の環から、光の鳥を生み出す。
エアは、鳥に、どのような行動を起こすかを命じる。
そして、もはや各地に居場所が知らされているアサイラムの辺りへと文書と一緒に飛ばしていく。
†
エアが、光の鳥を飛ばしてから、数十分後の事だった。
アサイラムの窓から見える壁に、大きな光で出来た虹色の文字が浮かんでいた。
ケルベロス、レウケー、リレイズ、そして数多くの者達が、その光の文字を見ていた。
元々は、孤島の場所にあって、天候や地理などの関係を利用してひた隠しにしていたアサイラム収容所のある島国なのだが。
今や、アサイラムの場所は、ネット上に流出し、世界中にダダ漏れの状態だ。そう、アサイラムを管理するコンピューターのファイヤー・ウォールなどが弱体化して、今やアサイラムの機密管理は世界中のハッカーなどによって、ハッキングの対象を受けている。アサイラムに収容されている囚人達の情報も漏れているだろう。
巷では、収容されている囚人達を公開処刑しろ、との声まで上がっている。囚人の最大限の人権保障などが気に食わないらしい。当然の理由だろう。此処に収容されている者達は、ある意味ではVIP待遇の生活を送っている。特に貧困国などの怒りは絶大だった。
下手をすれば、ダートのメンバーだけではなく、個人的にアサイラムに私刑を下そうとする者達が現れてもおかしくない。何とかして、この施設のコンピューターを早急に、復帰させなければならないのだ。
そんな緊張を孕んだ状態に、新たに送られてきた布告だ。
怒りを想起させないわけにはいかない。
ケルベロスなどの一部の人間を除く、囚人も含めた、アサイラムの関係者達は口々に、宣戦布告の文字に対して、怒声を上げていた。
レウケーなどは、その場でグラウンド・ゼロをぶっ放してしまいそうな顔をしていた。
匿名で送られてきた文書だったが、すぐに、メビウスは相手が誰であるかを理解する。
それは、彼女が直々に、いつか始末しようと考えていた、混沌の担い手だった。
“ドーンの最重要人物である、メビウス・リングと戦いたい”と。
「いいだろう」
メビウスは出向く事にした。
彼女は知っていた、そいつをだ。
それは、彼女がいつか直々に始末しようと考えていた者だ。
†
エアは、厳しい戒律の下、育てられた。
主に、キリスト教がベースになっていたのだが、色々と教団の都合の良いように教義の内容は改竄されていた。
実態としては、他国に渡ってカルト指定を受ける程の教団だったのだが、信者の数はやたらと多く、エアの両親は、その教団の幹部を行っていた。
汝の隣人を愛せ。
その言葉を、強く胸に抱えていた。
天の国は、開かれている。
誰にでも、開かれている。
悪人をこそ、救う、という教義だった。エアは、何処かで、それに疑問を呈していた。教会は多くの布施の下、成り立っていた。
エアは思う。
キリストは、本当に、死んだ後に復活を遂げたのだろう。
天界は、罪を浄化していくのだろう。
記憶は、酷く断片的だったが、確かに覚えている。
エアの父親は、本業の実業家としては守銭奴と言って良い男だったし、母親は酷い浮気癖を働いていた。父親のせいで路頭に迷ったり、首を括ったりした者達は後を絶たなかったし、母親の方は好色で、父親に隠れて何名もの男を作っていた。
エアは、聖書を熱心に読みながら育った。
家族愛の事をずっと、知ろうとした。
汚い世界は、浄化するべきだと思った。何もかもを、滅するべきなのだと考えた。
多感な思春期を送っていた彼の心は、少しずつ、少しずつ、蝕まれていったのだった。
汚いものは、徹底して清めなければならないと思った。そうでなければ、この世界では生きられないと思った。
強迫神経的で、偏執的な感覚と感情、認識の歪みが彼の人格を構築していった。
力の名前は、『ホーリー・ドラゴン』。
最初に攻撃したのは、両親だった。
父親の方は、金をめくる右腕に、嘘を吐く声帯を。
母親の方は、胸と性器、そして顔のあらゆるパーツを消滅させていた。
二人共、今も生きているのだが、どちらも精神病院の中で、発狂したまま生かされ続けている。きっと、正気に戻る事は無いのだろう。
彼が作り出す、光の渦の中に入れられた者は、彼が嫌悪する概念に触れた部分が滅していく。
彼は、教団の者達にも、ひっそりと試しに使ってみた。
すると、多くの者達が、身体のあらゆるパーツを喰い尽くされていった。
尊敬する教祖でさえ、両眼と両腕、喉などが消されていった。
おそらくは、偽善者ばかりだったのだろう。
裏では、自分達の欲望に忠実だったに違いない。
完全なまでに、悪の象徴であり、闇そのものであるデス・ウィングとは、何故だか反りがあった。おそらくそれは、この世界の虚構性に対して、強い悪意を有しているという事で、分かり合えたからなのだろう。
彼は、この世界に大きな光を齎そうと考えている。
何もかもが、汚らわしく思えてしまうから。
デス・ウィングは言っていた、お前の独善的というか、強迫神経症的で利己的な感覚は、不潔に対する恐怖感でしかないのだと。エアは分かっている。分かっていて自らの行為を正当化している。
純粋に自分が、幸せになる為には、この世界に対して妥協してはならないのだと彼は思うのだ。
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