第二章 全ての希望を灰や塵へ 1
アイーシャとメアリーの話である『魔女の城のメイド』です。
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インソムニアは、死と共に生きている。
彼女は、死に憧憬を抱いているからこそ、殺し合いが、とてつもなく大好きだった。
夜道だった。
彼女は、二人の男と戦闘を行っていた。
一人は、ショットガンを操る男、もう一人は全身が水脹れのようになって毒液を吐き出す男だった。
ショットガン使いの男は、次々と弾丸を彼女の肉体へと撃ち込んでいく。
彼はそれで、インソムニアの肺や喉の辺りに、所謂、致命傷というものを負わせる。
しかし、インソムニアは、嘲笑ったかと思うと、何処かから取り出した、大きな鎌で、その男の首を刎ねた。
毒液を吐く男は、危ういと判断して一人、逃れようとするのだが。彼女は、右手をその男へと向ける。すると、彼女の右手から闇色の光が放たれたかと思うと、その男に直撃して、男を粉微塵にしていく。
これにて、今日のハントは終わりだ。
これから、彼らの賞金を貰いに行かなければならない。
彼女は能力者組合である、『ドーン』のハンターをしているのだ。犯罪者達に複数の者達が賞金をかけて、倒した者には賞金が送られる。そういった単純なシステムだ。
命の危険性から副業で行っている者も多いのだが、彼女は違った。
彼女は、骨の髄まで、ドーンのハンターだった。殺す事も、死ぬ事も、夢物語のような未来なんて存在しない事も受け入れていた。だから、毎日、享楽的に生きる事こそが、彼女の楽しみだった。
賞金で、新しい服を買おう。考えているのは、そればかりだ。
インソムニアは、少女の姿をしていた。
全身を、ゴシック・パンクの服で纏っていた。
彼女は右耳に幾つも開いたピアスを弄りながら、ショットガンの男の首をころころと脚でボールのように転がしていた。
ふと、彼女は、背後から何者かが現れたのに気付く。
それは、腰元まで、金色の螺旋を描くような縦ロールに伸ばした漆黒のドレスの女だった。まるで、浮遊するように、女は地面に降り立っていく。
「何の用だ? メビウス・リング」
インソムニアは、気だるそうに嘲笑った。
「『アサイラム』のケルベロスからの要望なのだが。今、アサイラムには、護衛兵が不足している。一時的にでもいいが、お前に戦力になって貰えないだろうか?」
「ふうん?」
インソムニアは何処か不愉快そうな顔をしていたが、二つ返事で了承する。
†
『アサイラム』というのは、“能力者”の犯罪者達が収容されている施設だ。
能力者は、普通の犯罪者としては扱えない。普通の刑務所には入れられない。だから、殺害して始末するのが、此れまでの対処法だった。
しかし、アンブロシー、チェラブ、ハーデスという三名の男が、能力者収容施設としての刑務所である『アサイラム』というものを作った。
そこは、世界の果ての孤島に作られており、辺り一面は、気象が荒く、途中の大きな滝壺によって一帯が覆われている場所だった。
アサイラムは、ベーシック・インカムが成立されており、囚人達には、可能な限り、最大限の自由と人権が保障されていた。
食事、恋愛、読書、収集、衣服、スポーツ、その他の、ありとあらゆる娯楽が、アサイラム内では与えられていた。
だからこそ、大半の者達は、強大な力を持っていても、従順だった。一応、頭蓋の辺りに、能力をコントロールする装置が埋め込まれていたのだが、それは余り関係が無いだろうと言えていた。そして、彼らは、彼らの力を使って、人類の未来に貢献して貰う。実際、大気汚染の浄化、電脳システムの拡大、都市建設、自然の繁栄、食糧難の解決、ありとあらゆるアイディアを使って、能力者達は、人類の未来に貢献し続けている。
ケルベロスは、彼らを人類の遺産だと思っている。悪を通ったものしか、善なるものを理解出来ないとも考えている。
ただ、極稀に、アサイラムの秩序を破壊したがる囚人達も存在した。
…………。
ケルベロスは、マルボロに火を点けながら、回想から戻る。
師であるハーデスは死に、所長は行方不明。そして、副所長であるチェラブは、ある男によって殺された。
彼は、今や、臨時的に所長という役職に付いている。
荷はとてつもなく重い。
けれども、やりがいはあった。
守るべきもの、大切にするべきもの、それらの信条と共に生きる事が出来たからだ。
…………。
二日程、前の事だった。
彼宛に、ネット回線を通じて、電報があった。
情報元は不明だ。
あるいは、ネットを媒体にした、何かの力なのかもしれない。
電報の内容は、単純だった。
《アサイラムを来る日に、我々で襲撃する。》
ダート、という文字が下にはあった。
人名なのだろうか。あるいは、組織の名前なのだろうか?
よく分からない。
ただ、何となく、此処を破壊したがる人種が何なのかは特定が出来た。
それは、“秩序を破壊したがる者”だ。
このアサイラムという機関は、ドーンのハントに対する回答の一つでもある。
能力者は逆に言えば、不当なまでに差別される傾向もある。
だから、犯罪者にならざるを得ないという実態もある。
どうにかして、それに終止符を打ちたい。
それこそが、アサイラムが作られた所以なのだとも聞かされている。
†