第十章 武器商人と滅ぼす光 7
朧気に、夢を見ていた。
過去の記憶の残滓だ。
メアリーの顔が、ちらつく。
今日からは、新しい両腕と、両脚を与えてやる、と言われた。
言われるままに、アイーシャは、金属の両手と両足を取り付けられる。
何だか、不気味だ。自分は解放されるのだろうか? そんな訝しげな気分になる。
メアリーが、アイーシャをある部屋の中へと案内する。
そこには、ルブルとセルジュもいた。
暗く、冷たい部屋だった。
メアリーの顔は、いつに無く、恍惚としていた。
その部屋では、おそらくは近隣の村からさらってきたであろう、彼女好みの女達がいた。
アイーシャは絶句していた。メアリーの隣にいる、セルジュの顔も蒼白になっていたのが分かった。
それは、ルブルの能力によって、肉体を接合された女達だった。彼女達の服を見る限り、様々な階級や立場の人間なのだろう。十名近くはいたと思う。
彼女達は頭半分がそれぞれ、お互いの頭と重なっていて、融合していた。メアリーが、何度も、女達で出来た、その“生け花”に剣を刺していった。その度に、女達は快楽中枢を刺激されるのか、恍惚とした表情を浮かべていく。彼女達は両腕の切断面が天井と融合し、両脚はそれこそ大きな鉢のようなものに植えられていた。
そして、おそらく女達から切断したであろう二十本近くの両腕は、生け花のように、海草のように、鉢を取り囲むように、地面から生えて、それぞれ不気味に蠢いていた。
ルブルは、椅子に座りながら、じいっと、それを観察していた。
セルジュは、今にも吐き出しそうな顔をしていた。
アイーシャの顔は、真っ白だった。
メアリーだけが、正気を欠いた顔で、ひたすらに女達にサーベル状の剣を突き刺していく。とてつもなく、彼女は楽しそうだった。
「ねえ、アイーシャ。アイーシャ、貴方はもういい。ちゃんとダートのメンバーをやってね? 私は新しいプレイ用の相手を見つけたからっ!」
そう言いながら、彼女は微笑むのだ。
「……お前は、お前は、間違っているっ……。何で、そんな事、出来るんだ? おいっ、何とか、言えよ。狂っているなんてもんじゃない、そんなのは褒め言葉か? 何で、そんな事、出来るんだっ……」
セルジュは、アイーシャの言葉に頷きながら、項垂れて壁に持たれていた。
「俺も、メアリーの事は理解出来ない。こんなの作ったから、自慢気に見せられている。上手くプラモデルが作れたって、ノリだぜ?」
そう言いながら、セルジュは地面にへたり込んで、必死で口を押さえていた。
女達の不気味な声が唱和していく。
セルジュは耳を塞ぎながら、部屋を出ていこうとする。
「ねえ、グリーン・ドレスにも自慢しようと思うの。ああ、アイーシャ。怖い? 私が怖いのかしら? 大丈夫よ、貴方を彼女達の中に、加えるつもり無いから。ねえ、せいぜい、腕を磨いて、私を殺そうとしてよ。もうすぐ、侵略を始めようと思っているから。貴方にも期待している……」
ルブルはひたすらに、冷たい眼で、女達とメアリーを交互に見ていた。
メアリーはひたすらに、サディスティックな喜びに耽り続けていた。
セルジュが口元を押さえながら、アイーシャの肩を掴んで、一緒に部屋の外へと連れていく。
二人で、その部屋の外で、胃袋が空になるまで吐いた。
吐瀉物は、地面の部品となった死体達が、床から口や舌を生やして食べ尽くしてくれた。
そう言えば、これから夕食の時間だった。
メアリーが作った晩餐だ。
二人共、食欲が完全に失せていた。
……………………。
それは、ダートの侵略が始まる直前の頃の出来事だった。
†
アイーシャは、寝汗と共に飛び起きる。
そこは、湿った洞窟の中だった。
彼女は、水筒を取り出して、口の中に注いでいく。
どうやら、アイーシャは悲鳴を上げるように飛び起きたらしい。
横で毛布に包まっている、バイアスをも起こしてしまっていた。
アイーシャは、魚の缶詰を開けて、それを口にしながら、あの部屋の光景が、また頭の中でちらついている。ルブルのカラプトで醜悪なオブジェへとデザインされた、あの女達は、おそらくは、先日のグリーン・ドレスの城への放火でちゃんと、焼け死んでくれただろうか。彼女達にとっては、死こそが救いだったであろう。
過去の出来事を思い出して、メアリーの異常さを再確認し、アイーシャは闘争意欲を掻き立てていた。
やはり、メアリーは生かしておくべきじゃない。
彼女は、この世界にいてはいけない悪魔でしかないのだから。
アイーシャには、ひたすらメアリーに対しての憎悪と、怒りばかりだけがあった。
「なぁ、バイアス。お前さ、何かに対して怒っているの?」
アイーシャは、思わず訊ねた。
少年は、相変わらず、きょとんとした顔をしていた。
彼もまた、無邪気に大量殺人を犯したのだ。
きっと、この少年も、完全なまでに狂っている。
正気を彼岸の向こう側に置いていったに違いない。
けれども、元はと言えば、自分達が彼の中にある闇を目覚めさせたんじゃないのか。
だからこそ、元凶は自分達にある。そして、この侵略戦争の引き金を引いたのは、メアリーとルブルにある。
アイーシャは、きっとこの少年は、自分が引き受ける責任なのだと思った。
道中、鹿を殺す時に、少年は嬉々として力を使っていた。
彼にとっては、おそらくは殺す事そのものが目的と化してしまっているのだろう。
侵略戦争は、彼のような存在を燻り出す為に、行っているものなのかもしれない。
メアリーは何を考えているのか分からない。
ルブルもだ。彼女達二人は、真の狂人なのだ。
なら、どうやって倒せばいいのだろう?
それにしてもだ。
美しいものが見たかった。とにかく、汚れの無い何かが見たかった。
心地の良い音楽だとか、晴れ渡った景色だとか。そういうものが見たかった。
アイーシャは、ふと呟いていた。
「私はもしかしら、イゾルダと仲良くなれたかも……。メアリーはイゾルダにとって、矛盾そのものじゃないか? イゾルダは彼の言う組織から、似たような実験をされ続けてきた筈…………」
そうなのだ。
ダートは、矛盾だらけだった。
共通の目的なんて、何も無かったのだろう。
全ては、ルブルの遊戯でしかないのだから。
鏡写しのように、同じ事をしてはならないんじゃないのか?
少なくとも、イゾルダは復讐として、人間を人体実験には使わなかった。
だから、アイーシャは、メアリーは、速やかに息の根を止めるつもりでいる。自分もまた、サディズムに蝕まれるつもりは無いと考えている。
バイアスは、グリーン・ドレスと自分が生んだ産物だ。
憎悪や破壊の連鎖を止めなければならない。
狂気の蔓延を終わらせなければならないのだ。
……。
自分は汚れている。
清らかな感情を取り戻したい。きっと、それは幼い頃に持っていた。自分は正しい意志を持てるんじゃないのか、とかいう何かなんじゃないのかと思うのだ。
「なあ、バイアス。お前、現実にいないだろ?」
アイーシャは、明らかに責めるように彼に言う。
少年は、きょとんとした顔をしていた。
「お前は、お前のイメージの世界の中を彷徨っているんじゃないかって思うの。お前は他人の心の痛みを思い浮かべられない。死体を美化してしまっている。自分の感情を取り戻せずにいるんだ。なあ、人間に戻れよ、
バイアスは、ぽかん、とした顔をしていた。
「……あな、貴方は……、貴方は俺を否定するのですか? 俺には、天使が降ろされたのです。俺は貴方達に、生贄を奉げようと思ったのです。これは供物なのです。何百年もの昔、グリズリーは、儀式を執り行っていました。それは、神様や悪魔に奉げる為の供物なのです。俺はだから、贄を奉げたんです。もう一人の俺が囁き掛けてくるのです。貴方達のお手伝いをしなければならないって。きっと、これはこうなる運命なんだって」
言うならば。
これは、責務だった。
きっと、彼みたいに、ダートの侵略によって悲劇的な人生を送ってしまう者達は、数知れない。自分が眼を瞑って、何も見ないようにしているだけだ。
破壊行為の本当に恐ろしいのは、その後に残った呪詛が蔓延していくという事。
暴力の先にあるのは、更なる暴力で、それは伝染病のように広がっていく。
だから、この世界は何一つとして良くなりはしない。
そうだ。
ダートを止めなければならない。
†
処で、メアリーとルブル、どちらの方が脅威なのだろうか。
ルブルの作り出すゾンビ達は、言ってしまえば有象無象の集団だ。
アイーシャのネクロ・クルセイダーで作り出す機械兵団には足元も及ばない。アイーシャのゾンビ一体は、ルブルのゾンビ数十体分くらいの性能と殺傷能力があると言っていい。そういう単純なパワー差が生まれてしまったのは、ルブルに対しての過剰なまでの恐怖からだろう。純粋な戦力だけならば、負ける気がしない。けれども、アイーシャは、ルブル一人とも一騎打ちで戦う事に対して、怯えていた。
メアリーも怖いが、ルブルも怖い……。
それは、心の奥底までに植え付けられてしまった恐怖心からなのか。それとも、ルブルにはまだまだ秘めた能力の使い方を感じ取ってしまうからなのか。
恐怖は、それ自体の奴隷となる。そんなものに、隷属させられるわけにはいかない。
あるいは、罪が、鎖のように重なりあっていくのかもしれない。
だから、罪の根源を経つしか他には無い。
絶対に、倒さなければならない。
ドーン側には、アイーシャから見ると、まだ迷いさえ感じられる。結局の処、ケルベロスの甘さと、インソムニアの物事に対してのシニカルさが大きな問題だとしか思えない。よって、そういう意味でも、アイーシャは、ドーンに協力する気にはなれない。
自分は、今、何を求めているのだろう?
この肉体は汚れているのだから、きっと清らかになりたいと思ってしまう。
だから、大きな光を探しているような気がする。
だからこそ、これは自分が責任を負わなければならない罪証なのだろう。




