第十章 武器商人と滅ぼす光 6
デス・ウィングは、店の中でタロット・カードを広げていた。
この戦局がどうなるか分からない。
しかし、とても彼女好みのものになっていく気配はする。
武器商人ミソギは、念入りにドーンの連中を殺すと言っていた。
彼は商売の為に動いている。
金に対する崇拝こそが、彼の全てなのだろうから。
デス・ウィングは、水晶の一つに焔が燈っている事に気付いた。
彼女は、ホワイト・セージを焚き始める。
“召霊の術”という奴だ。
彼女は、専用の尖ったクリスタルを取り出す。
それは、声の媒介となって、彼女に語り掛けてくる。
「俺も参戦していいのか?」
「『ホーリー・ドラゴン』か。貴方の方から、私にコンタクトをしてくるとは思わなかった」
セージの煙が、もやもやと、竜のような形を取り始める。
「どちら側に付けば、楽しいのか考えている。俺は浄化したいだけだ。不浄をな」
「前から思っていたのだけれども、お前は自分自身が所謂、悪である、という自覚はあるのか?」
「ふん。俺は俺が正しいと考えている事をやろうと思っているだけだ。お前だってそうだろう?」
デス・ウィングは、腹を抱えて笑い出す。
「お前、ダートとかいうのに入ればいい。魔女は、お前のような人材を探している。適任だと思うけどな? お前は何を望んでいるんだ? 言ってみろ」
彼女は笑う。真っ黒に淀んだ笑みだ。
「命は余計なものだな。生は呪いだ。俺はこの世界を裁きたいだけだ。俺はその為に、生きているんだからな?」
辺りに、光の翼のようなものが広がっていく。
「おい、店を荒らすなよ」
デス・ウィングは、一冊の本を取り出すと、ぱらぱらと捲る。
「何なら、お前の処に魔物を送ってやってもいいんだぞ?」
「ふん、お前の集めている化け物程度じゃ、俺を殺せない」
彼女は珍しく苛立たしげな顔になる。
この男は、基本的に苦手だ。
本当に、本当に彼女にとって迷惑極まり無い事をしてくるのだ。
完全なまでの異常者なのは、彼女好みなのだが。何よりも苦手なのは、稀に店の中で暴れて、店を荒らす事だ。そういう意味で、最悪な存在だと言っていい。
「ホーリー・ドラゴン。私は随分、温厚になったが。お前はいつか始末してやりたいんだよ? 私のコレクション、お前、何回、壊した?」
「まあ、落ち着けよ。お前の悪趣味な商品に俺は興味無い」
生理的に苦手だ。
何故、苦手なのかは今でもよく分からない。
「お前は私の商売の邪魔で、ついでに言うと私の人生の邪魔なんだ」
デス・ウィングは毒づく。
しかし。
彼女はそう言いながらも、彼の思想と感性は認めていた。
この男は、間違いなく折り紙付きで強い。
そして、誰に見せても恥ずかしくないくらいに、間違っているし、狂っている。
だから、どうにもアンヴィバレントな感情が、この男に対しては在るのだ。
「まあ、お前は私の商品やコレクションを壊さなければ、私はお前がお気に入りだったんだけどな」
「“そういう能力”なんだから、仕方無いだろう? お前は俺からすると、穢れそのものなんだよ。だから、俺の聖なる光の破片が当たって、お前の集めたものは壊れてしまう。それだけだ。相性が悪いんだろうな、俺達は」
「私は私の城を壊す奴だけは赦さない。それがお前だ」
はっ、と。声は、嘲るような、おどけるように息を吐く。
「別に壊れない品物もあるだろ、幾らでも。お前の精神の歪みに問題があるんだよ」
「お前に壊されるものに限って、私のお気に入りだったりする。人体の部品、処刑道具、暗黒魔術の儀式刀、毒薬、死霊術の経典、血塗りの鎧、海竜のゾンビの剥製。お前、一体、どれくらい私の大切な物を破壊した? 使い魔も何名か死んだ。冗談は大概にして欲しいものだな?」
「悪しきものとして、“認識された”から仕方無いだろ。俺の能力は、自動追尾に近いからな」
「弁償しろと言っている。あるいは、私に二度と関わるな。お前は悪だ」
「俺が悪か、成る程…………」
飛び散る光は、顎のような形状へと変わっていく。
水晶は割れていく。
そして、虹色の光が覆っていく。
それは光の環のようだった。
デス・ウィングは、焦りながら、それを鷲掴みにする。
自分の右腕が雲散霧消していく。
光が少し漏れて、それが近くにあった真っ赤な壁絵に命中する。
そのまま、光は消えていった。
「おい、お前、やっぱり私の敵だ。今、お前が壊したのは、何百名もの死刑囚の血を使って描かれた絵画だ。弁償しろよ。オークションで幾らで競り落としたと思っているんだ」
デス・ウィングは、珍しく苛立ちを抑えられなかった。
そして、一通り、落ち着くと口元を笑みに変える。
「まあ、いい。お前が暴れ始めると、悲劇が作られる。私はそれの観客になれる。だから、そういう部分は気に入っている。とても、楽しみにしているよ」
…………。
ホーリー・ドラゴン。
それは、彼の俗称であり、能力の名前でもあった。
こいつの生み出す光は、“悪しきもの”を浄化し、消滅させていく。
そして、無制限にその光は暴れ回っていく。
こいつは、“信仰”という狂気の中から生まれた化け物だ。
そして、何処までも歪んでいるが故に、最高なまでに間違っている。
ドーンのランキングに乗ってこそいないが、おそらく、Aを突き抜けてしまうだろう。
それくらいに、理不尽で常軌を逸した能力を駆使していく。
「対策無いかな。……弁償させるか。よくても、防御しないといけないな。あるいは、壊されたものを、復元出来ないものか」
そう言いながら、デス・ウィングは、自身の右腕を綺麗に再生させていく。
そして、彼女は、ふと思い付いた。
「『属性』を作るんだろうな、奴は。なら、店内を奴の言う処の“聖なる属性”とやらで、コーティングしてみるか」
デス・ウィングは、そんな事を思い付いていた。
「まあ、何にしろ、奴は私からすれば、白蟻みたいな害虫なんだけどな」
デス・ウィングは死にたがっている。
しかし、ホーリー・ドラゴンの能力でも、彼女は死ぬ事が出来なかった。
彼女の肉体は、大気で出来ている。
「人間は純粋善になれるのか? 悪なる部分を持たない人間はどれくらいいるんだ? お前の能力で完全消滅しない私は、善なる部分が砂粒の一滴くらいは残っているのかもな? 何にしても、お前は悲劇と絶望と惨劇と悪夢を齎す者だ。最高なくらいに、自分自身を極悪人だとよく理解していない悪そのものだ」
そして、彼女は一人、愚痴るように呟く。
「まあ、いい。せいぜい、頑張れよ、“エア”。お前の悪意、とっても期待しているよ」
何にしても、壊された絵の代わりになるものを入手しないと気が済まない。
彼女は、パソコンを開いて、闇オークションのサイトを覗く。
そして、自分自身の空虚を満たしてくれる商品を、ひたすらに探し続けていた。
†
とある国の話だった。
デス・ウィングは、その出来事の話を美しい物語だと認識している。
彼は、そこに舞い降りた。
彼の名はエアと言う。力の名は、ホーリー・ドラゴンと呼ばれていた。そして、彼自身が、ホーリー・ドラゴン。聖なる竜と名乗る事もあった。
国全体に、光の柱と、光の環が降りていった。
そこは信仰が強い国だった。神を強く信じていた。
人々は、光の柱によって包まれていった。
光は怪物だった。
その柱に触れた人々の多くは、大脳が消滅したり、手足が無くなったりした。
それは、どうしようもない程に、無残な光景だった。
たとえば。
手癖が悪かった盗み犯。
そして、肉欲や食欲、物欲などの強かった者。
それらは、彼の能力が裁く対象になってしまったからだ。
盗み犯は、利き腕の手首を消滅させられた。幼い頃に万引き癖のあった青年の一人が、両手を消された。詐欺師は喉を消された。空き巣は両脚を消された。大食漢は、食道を、胃袋を消された。
売春婦は、下半身や胸元を消滅させられた。好色で、妻がいるのに、浮気をしていた男も、下半身や両眼などを消された。
過剰なまでの、粛清。
それは、暴力による圧政以外の何物でも無い。
赦す、という事、人間は変わる、という事を、エアは考えなかった。邪悪なる魂は、全て滅するべきだ、と思い続けていた。
それに、何故、犯罪が起こるのか、に関して、彼の思慮は浅薄だった。あるいは、どうだって良かったのかもしれない。盗みや売春でしか生計を立てられない者達、それらの者達の立場など、まるでお構いなしだった。
その光の柱は、極めて独善的な裁きを行い続けていた。
この惨状を引き起こした者は、正しい事をしているのだと本気で思っているみたいだった。確かに、情緒としては正しいと思う者も多かった。
しかし、やっている事は、実質、独善的な大量虐殺や重度の刑罰を、黙々と実行しているに過ぎなかった。独裁者による見せしめと何ら変わりが無かった。
エアは病的なまでの独善的な潔癖症だった。
エアは、自分の正義に酔っている。
それ故に、完全に狂っていた。
そして、彼は自分の正義観が、極めて独我論的であるという事を理解している節もあった。偏執的で、自己中心性さえ含んでいる事も知っていた。
それでも、彼は正しいと思って、自分の力を行使し続けた。
それこそが、自分が為すべき事なのだと思い続けたのだった。
穢れを浄化したい。
それは、彼の極めて、独善的なものからだ。
彼は、厳格な宗教家の両親の下で育てられた。
神の代理人に、あるいは神そのものを降ろす肉体になる事を望まれて、育てられた。
エアは。
子供の頃、何か粗相をする度に、死に掛けるような教育という名の虐待を受け続けた。
彼は、信仰の狂気の犠牲者であり、加害者だった。
力に目覚めて、彼は、まず汚れ切った、この世界を粛清しようと思った。
それこそが、神の望みなのだと思い込んでいた。
黙示録を、神々の黄昏を、最後の審判を行うべきだった。
エアは狂っている。
彼の力である『ホーリー・ドラゴン』は狂っている。
それが、デス・ウィングの認識であり、多くの者達の認識だった。
メビウス・リングは、ドーン全体を管理している、もう一つのシステムである『アリアンロッド』に対して、ホーリー・ドラゴンをランキングに加える事は行わなかった。
何故ならば、いつか彼女自身が、忌むべき混沌そのものとして、彼を自ら始末しようと考えていたからだ。
ハンター達、そしてランキングに入れられている者、それらの者達は、メビウスにとっては、あくまで“可能性”だった。意図的に、せめぎ合いをさせる事によって、能力者がこの世界に齎す、ある種の希望の可能性を模索している、実験のようなものだった。
しかし、それから外れてしまった者は、メビウスはどうしようもない“混沌”として始末するべきだと考えていた。
†
「美しい世界以外、俺にはいらない」
エアは、透き通るような、金色の髪を撫でる。
彼は、白と蒼を基調にしたローブを身に纏っていた。
十字架型の装飾品も、大量に身に付けていた。
ダートは完全なまでに、悪そのものだ、悪の巣窟だ。
だからこそ、利用してやろうと思った。
この世界そのものに、審判を下す為に、敢えて悪の傍にいようと思った。
デス・ウィングの言葉を思い出す。
……お前は只のサイコだ。だから、私はお前が好きだ。楽しんでいるだけなんだろう? お前は、本当はこの世界を破壊したいだけでしかないんだ。間違いを正すだの何だのってのは、只の口上で、自身の欲望の正当化でしかない。だからこそ、お前は美しいし、素晴らしいんだろうな?
エアは、その言葉を思い出して、笑った。
この世界を、清めよう。
全ては、汚れているのだから。
エアは、自分の力の事を考える。
これは、暴力衝動から為るものなのだろうか。あるいは、これもまた、異常な倒錯性から巻き起こるものなのだろうか。どちらにしても構わない。ただ、自分の感覚に従うまでだ。
もっとも、神に近しい竜になりたい。
彼は、自らの家に、自室に、祭壇を作る。聖杯を置く。
これは、自らが創り出した教義なのだ。それは自分だけが知っていればいい。
彼は部屋の扉を開けた。
外はよく澄んだ空気をしている。
さて、これから、ドーンを倒しに行こう。
ドーンだけでなく、可能な限りの賞金首も倒しに行こう。
そもそも、能力者の数は、少なければ少ない方がいい。きっと、妥協しないという方向を突き詰めていけば、自分以外の能力者なんて存在する必要なんて無い。
浄化こそが、人類にとっての幸福になるだろうから。
ハンターなんて連中も、本質的には、賞金首と何ら変わらない。
†




