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第十章 武器商人と滅ぼす光 5

 最初の頃の記憶は、真っ白な光でいっぱいだった。


 ミソギは物心付いた頃から、銃を持たされて人間を撃ち殺される訓練を受けさせられていた。彼は貧しい国の子供兵士だった。

 何故だか、生きている事は不条理だとは漠然と思っていたが、その頃は視野が狭かったせいもあって、こういうものが人生なのだ、という理解の仕方をしていたような気がする。

 何をやるにしても、金がいた。食べ物から、小さな娯楽のサッカー・ボールを買う為にもだ。


 金がいる。

 それだけが、彼に刷り込まれた唯一の真実だった。

 ミソギは覚えている。

 決して、忘れる事が出来ずに覚えている。

 友人達は、地雷で手足を吹っ飛ばされて、死んだ。

 ガール・フレンドは売春組織へ売られて、何処かの国へと行ってしまった。

 屈強な男の兵士達は、ガムを噛みながら、子守唄のようなものを歌って、彼に殺せと命じ続ける。彼の幼少期から、少年時代なんてものはそんなものだった。

 つねに、空腹と戦い続けていた。

 鉄屑を拾って売り、大人兵士からライフルを渡されながら、その日に食べるものを手に入れる日が続いた。その日、その日の仕事に在り付けない為に、必死になって出来る仕事を探していたような気がする。

 そう、ただただ生きる事は必死だった。


 幸福の意味も、不幸の意味も分からなかった。


 伝染病が蔓延した時、白内障になり、治療を受けられずに失明していく者達も多い。彼らは最初、物乞いをして生きるが、相手にされない。だから、すぐに飢えて死んでいく。人生の無情さを、ミソギは物心付いた頃から知っていた。

 やがて、十を半ばまで、過ぎた頃、彼はある老夫妻によって買われていった。その頃、ミソギは漠然と、彼らなら自分が書けない文字なども教えてくれるのかなあ、などと思っていた。

 そして、彼らは金持ちだった。

 ミソギは遠い異国の地で、彼らに育てられた。

 その老夫妻は、ペドファイルで、ミソギは彼らの慰めものになった。


 彼らは少年を犯すのが、趣味の変態だった。

 ミソギは、これまでに絵本の中でしか見た事の無いような豪勢な食べ物を与えられるが、代わりに、夜には鞭や変な道具と一緒に犯され続けた。十五近いにも関わらず、彼の容姿は十にも届かない幼いものに見えて、それが却って老夫婦の変態性欲をよく刺激するみたいだった。それでも、兵士として他人に殺されそうになる事や、蚊や蝿に集られながら伝染病に襲われたりする事や、必死で草や地を這う虫を食べる日々よりは、よっぽどマシで彼にとっては天国でしか無かった。後から思うと、明らかに子供に行うには異常過ぎる性技も、当時のミソギは特に抵抗する事無く受け入れていた。

 たまに、戦場の記憶が、フラッシュバックして蘇る。

 撃たれそうな自分、大人の恐ろしい顔。そして、銃殺された友達。

 彼は、愛というものをまるで理解が出来なかった。

 更に、死と戯れたり、死に焦がれたりする奴や、異常快楽殺人犯の気持ちも理解するつもりは無かった。


 ただ単純に、彼の思想は生きるには、金が必要なんだ、という事だけだった。

 老夫婦の財産が自分のものになる頃には、彼は事業家なり何なりになろうと決意した。そして、戦争を食い物にしてやろうと決意した。

 そして、武器商人、ミソギが誕生したのだった。

 この世界のシステムは単純だ。金があれば、生きられる。金が無ければ死ぬ。

 拳銃や地雷は、食べ物を得る為のルールだ。

 高級とみなが呼ばれているものを集める事は、彼がこの世界に屈服していないという事を証明する為の道具だ。だから、彼はひたすらに資本主義の奴隷として生きる事をのみ望んだ。それが、彼が戦争の奴隷として生きない事の証明だった。


 今なお、あの頃の事がフラッシュバックして離れない。

 ミソギは、金のみが信頼の置けるものだと思った。

 …………。

 彼は暑い国に生まれた。

 太陽は、忌み嫌うものでしかなかった。

 ある国においては、太陽は希望の象徴なのだとも聞かされている。

 ミソギは肌寒い季節が好きだ。何故なら、彼にとって太陽は悪魔以外の何者でも無かったからだ。

 あの頃は、何を考えていたのか。

 単純な衝動は、生きたい、という純然たる欲望だけだった。

 それが、彼の金に対する執着心だった。

 彼は人間が創り上げてきたものの中で、彼は高級品こそが至上の価値だった。

 そういった物を手に入れる事こそが、彼の世界に対しての復讐心を癒やしてくれた。

 彼の野心は尽きる事を知らなかった。

 裏の世界を、この手で掌握した。

 その先にあったのは、戦争という道具を引き起こす銃や兵器の輸入業者だった。武器を製造して、様々な国に売り捌くだけで、上へ上へと伸し上がる事が出来た。

 彼は手にした金で、高価な物を可能な限り買い占めた。

 このどうしようもない、強欲さばかりが、彼にとっての生の証だった。

 人々の間において、流行しているブランド物の服、料理。

 選ぶ女も、俗的なものを可能な限り選択した。

 女優やモデル、アイドル。社長秘書。


 そう。

 彼は愛というものを知らない。

 デス・ウィングからは、お前は狂っている、と言われる。だからこそ、彼は自分が正常である事を言及する。彼女の好む、宗教や芸術は退廃だとさえ、彼は考えている。

 ……“卑俗なるものを崇高なものへ、俗物性そのものを聖性へ”。お前は、きっと、裏返しの世界の中で生きようとしている。眼に見える物質こそが、どんな他の精神的価値よりも重いものだと考えている。黄金の塔を作ればいい。札束の宮殿を作ればいい。お前は、まるで聖堂や十字架を糞尿で汚すサド侯爵だ。


 彼は紫煙をくゆらせながら、灰皿に煙草を押し付ける。

「俺は、意味の分からないポエムも嫌いなんだよ」

 彼は、思わず呟いていた。

 デス・ウィングは、何を考えているのか分からない。

 いつだったか。

 お前は一体、何を欲しているんだ? と彼は訊ねた事がある。

 すると、“私は私の死以外、本当は何も望んでいない。他人の死を見る事によって、自らの死の代償へと変えているだけだ。私の人生は無為そのものだからな”。

 そう言われた。


 ミソギは、頭を抱えた。

 デス・ウィングの思考はよく分からない。

 考えれば考えるだけ、無駄なのだろう。




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