第十章 武器商人と滅ぼす光 4
グリーン・ドレスは、アイーシャの為に死んだ。
アイーシャ自身は、そう解釈している。
明らかに、他人を踏み躙る事しか考えなかった彼女は、何故、最期に他人を助けよう、といった信念を持ったのだろう?
だから、メアリーとルブルは絶対に倒さなければならない。
それだけが、今は彼女の生きる目的だった。
そして、もしこの因縁を断ち切れて、望みを叶えられたならば、自分自身を取り戻す旅にでも出ようと考えていた。
きっと、自分は正義にも悪にも興味が無い。
故郷なんてものも、もう何処にも無い。
メアリーが、彼の仲間達を、みんな殺してしまったのだから。
†
魔女の森へと向かう途中だった。
まだ、太陽は真上にある。
アイーシャは、顔を布で覆いながら、近くの田舎の村に寄っていた。
そこは、露店やバーが多かった。
牛馬が歩いている村だった。畑には様々な野菜が植えられている。
彼女は店の一つに入り、そこでビールを注文して、しばらくの間、くつろいでいた。
イゾルダの生体兵器が各地で暴れ回っていると聞く。
今更、ドーンに付こうとはまるで思わない。心情として、それはまるで考えられなかった。ドーンは敵という認識は無いが、味方とも思えない。
これは、純粋に自分自身の戦いなのだと思った。
「どうしたものかな…………」
少し眩暈がする。どうにも、グリーン・ドレスが死んでから、頭が痛い。熱が出ているのかもしれない。
ふと。
彼女の下に、近寄ってくる者がいた。
見ると、まだ、年端もいかない少年だ。
淡い茶色の混ざる金髪の少年だった。左耳にピアスをしている。
彼は、くくっ、と笑っていた。
「ねえ、君さぁ。機械兵、操っていた人でしょう?」
アイーシャは、呆けたような顔をする。
何だ? こいつは?
「雰囲気で分かるんだよねえ。赤黒い髪をした女がいたっ、って。グリズリーの兵隊の生き残りが言っていたよ? 御丁寧に写真まで撮っていた。それから、ドーンってのを、調べて見ると、リストに君の顔が載っているんだよねえ? この意味分かるかな?」
アイーシャは、ふうっ、と溜め息を吐く。
「刺客か。いいだろう。お前らは私を殺す権利はある。けれども、私の方も、お前らを返り討ちにする権利はあると思っている」
「俺の名はバイアス。力の名は、クリムゾン・サクリファイス。あのさあ」
アイーシャは、両腕を変形させていた。
何か知らないが、何かやってきたなら、速攻で首を刎ね飛ばしてしまおう。
彼は、アイーシャの下へ更に近付くと。
そのまま、片膝を付いて、深々とお辞儀をする。
アイーシャは、彼のその行動に、完全に面食らっていた。
「俺を、この俺を……貴方様の手下にしてくださいっ!」
「…………はあっ? …………」
アイーシャは、思わず声が裏返る。
「その為に、俺はグリズリーの周りにいた生き残りの人達を、俺の力で皆殺しにしてきました。生贄は完全に揃っているのです。何なら、生贄をお渡しします。それの証明として」
アイーシャは、面食らった顔をする。
「外に向かって下さい。俺はトラックを運転して、此方まで来ました。ありったけのガソリンを詰めて、運転して、貴方様を探してきました。トラックの中を見て下さい」
アイーシャは、まるで催眠術にでも掛けられたかのように、言われたままに立ち上がる。
ビールの勘定を、店員に渡して、店の外に出る。
すると、確かに一台のトラックが止まっていた。確か、軍事大国グリズリーに合ったタイプの奴だ。この少年が運転してきたのか……?
彼は、トラックの荷台を、その場で空けていく。
アイーシャは嫌な予感がしたので、この村の者達の眼に留まらないように彼に言う。
アイーシャは、トラックを半開きにして、荷台の中を覗き見る。
そして、絶句した。
「この、サイコ野郎がっ…………」
彼女は忌々しげに言った。
「あのさ、普通に考えて、私は恨まれて襲撃されるべきなのよ? お前は、お前は何を考えている? ふざけるな…………」
少年の顔は、ただひたすらに笑っていた。笑い続けていた。
荷台の中は、冷凍室になっていた。
そこには、おそらくは、百名近くの人間の部品が無理やりに押し込められていた。
細切れに解体されて、丁寧に積み上げられていた。
「献上品なのです。生贄なのです。貴方達は美しかった。炎の天使も美しかった」
「炎の天使……か。グリーン・ドレスはもう死んだ。私のせいで死んだ。私は今から、メアリーを殺しに行く。ルブルもだ。ドレスは私を闇の中から、救ってくれたから。お前は、……お前が、忠誠を誓っているのは、私達じゃあない。メアリーなんだ。彼女は、憎悪と狂気を撒いていっている、ああ、畜生……」
アイーシャは、少年の顔を見ながら、思わず涙を流しそうになる。
メアリーは、人を狂気へと追い遣る才能がある。
おそらくは、セルジュも、彼女のせいで変えられてしまった。
本来ならば、マトモな人生を歩むつもりだったのだ。
……可哀想だけれども、このガキ。此処で、殺してしまおうか?
そう考えるしか無かった。
少年の眼は、水晶みたいにきらきらと輝いていた。
……いや、グリズリーを破壊したのは。グリーン・ドレスだ。そして彼女は、メアリーの支配下で行動したわけじゃない。この少年は、自分や緑の悪魔が作り出した、罪の結晶そのものなのだ。
アイーシャは、嘔吐感を堪えながら、少年に向かっていう。
「じゃあ、じゃあ……、私と共に、来いよ。ただし、世界の破壊じゃなくて、メアリーとルブルを。ダートの大元を倒す旅路だ。それ以外は認めない。特に、ダートに加担するようなら、今、この場でお前の首を切り落とすっ!」
少年は、また深々とお辞儀をする。
「貴方の望みに。俺は喜んで、自らの人生を奉げます…………」
アイーシャは、自らの赤い髪を撫でながら、とてつもなく逡巡していた。
…………正直、メアリー達と戦うには、自分一人では不安があった。
なら。
なら、きっとこれは運命なのだろう。
「一つだけ約束してくれないか……?」
アイーシャは強く言った。
「え、ええ、……何でも聞きます」
「私が殺せ、って言った相手以外は殺すなよ? それだけが私に付いてくる条件だ」
彼女はそう言いながら、思わず、右腕を刀に変形させて、バイアスの喉に突き付けていた。
「それから、これから行く先の山中で。今からこのトラックの中にいる奴らの墓を作る。お前がやれよ? 一人、一人だ。野良犬に食われないように、深く掘れよ? シャベルくらいは貸してやるからさぁ」
アイーシャは強く言い放つ。
バイアスは彼女が、何を言っているのかよく分からないみたいだった。
けれども、無邪気な顔で従うつもりでいるみたいだった。
†




