第十章 武器商人と滅ぼす光 3
武器商人、ミソギ。
全ては、高い数値の上で成り立っているのが、彼の人生だった。
分かりやすく数値化されているものが金だ。愛だとか情だとか、そういったものも、所詮、数字で示してしまえば、その程度のものなのだろうと考えてしまう。
金はあればある程、良いし、酒も上等な物の方が良い。
家や車も服も、そうだった。
囲う女も綺麗であればある程に、豊満な肉体をしていればしている程に、それなりの上物の地位を持っている程に良いものだった。
ミソギにとって、そればかりが全てだった。
何よりも、高級なブランドを愛したし、ブランドにブランドとして与えられている価値観を素晴らしいものだと考えるようにしていた。
そう。
ミソギは完全なまでの、拝金主義者……というか、物質主義者だった。
彼にとっての精神的価値は、金銭が動く社会において、もっとも価値があるものとされるものだけだった。そういったもので、天へと届くバベルの塔を建てたかった。
全ては、空っぽな洞窟のようなものだ。
彼は、他人の愛というものを知らなかった。
そんなものは、彼にとっては、全てが不純物なものか、弱い者達が寄り添い合う為に、抱こうとした幻影のようなものだと考えていた。
そういった幻影がファンタジーとなって、メディアの力を借りて都市に蔓延していって、善良な市民はファンタジーの世界に浸る事が出来る。そうやって、幸福というものが手に入る。ミソギはそういったものを、実にこよなく愛した。
何故ならば、善良な一般市民こそが、ミソギにとってカモ以外の何者でもなく、そして、無くてはならない存在だったからだ。
しかし……、一方で、彼は理解出来ない相手には、嫌悪や畏怖さえ覚えた。
デス・ウィングは、彼からすると、まるで理解が出来なかった。
彼女は、ひたすらに彼が認識している“一流”というものを貶しているような節さえあった。ミソギにとってゴミだと感じているもので、更にもっとも理解が出来ないものを、彼女は集めたがる。
人間の死体が欲しい。
悪趣味な物語に魅力を感じる。
それが、デス・ウィングの思考だ。
理解の出来ない道楽だった。
まだ、博愛思想や家族愛などを語られる方が、よっぽどマシだった。
彼にとって、みなが欲している愛というものは、欺瞞そのものだとこそは思わなかったが、自分にとっては必要の無いものだろう、くらいは思った。
そう。彼の目的はシンプルだ。
彼には、ただ野心ばかりがあった。
冷たい環境で育ったからだ。
だから、逆説的にか、本物の“異常者”を理解する事は出来ない。
メアリーやセルジュ、そして二人の背後にいるルブルなどは、ミソギにとっては、デス・ウィングのように不可解で、何の為に生きているのかまるで理解出来ない連中だった。
まだ、偽善者の行動の方が理解出来た。
偽善者は、結局の処、利益で動いている。何かしらの代償行為の為に動いている、自身のエゴの為に、あるいは物欲を隠す口上として動いている。
明らかに、メアリー達は、殺す事、壊す事、そのものを楽しんでいる。
ミソギにとって必要なものは、結果であって、過程なんかではなかった。
たとえば、大きな金を手にする為に、殺人を犯す事はあっても、殺人そのものの為に、大きな金を溝に捨てる連中が理解出来なかった。
それが、メアリー達で、デス・ウィングだった。
……本当に、狂っているんだろうな。
彼らのような連中は、自分自身の命さえも、使い捨ての弾丸か何かだと思っている。社会的な名声に興味が無くて、人並みの幸福さえ願おうとしない。
彼らのような存在は、小難しい本を読んで、意味の分からない芸術を愛して、それから、理解の出来ない思想を持っている者が多い。誰もが理解出来ないような理由で、行動を起こし、社会の秩序を壊し、破壊行為を繰り返して、まともな人間が理解出来ないものを目的とする。それはある種の宗教じみた何か、だった。
そう、思い出した、暴君……ウォーター・ハウスという男もそうだった。
何を欲しているのか分からない。
精神的とかいう唾棄すべき概念の中でも、更に理解出来ない何かだ。
セルジュからは、お前は面白くない、と言われて、ミソギは違和感ばかりが付き纏って仕方が無かった。そもそも、ダートは何の為に動いているのか分からなかった。
†
「ミソギという男は面白いですよ。最高に頭が壊れている。その部分が私は好きなのです」
彼女は、武器商人ミソギという男に関して、店に入ってきた客に話していた。
客はどうやら、この黒い森の魔女に、武器を購入しに来たみたいだった。
デス・ウィングは、ミソギの言葉であるギブ・アンド・テイクに基づいて、彼の言葉を尊重し、彼と付き合いを続けている。
拳銃、サブ・マシンガン、アサルト・ライフル、地雷、ワイヤー・トラップ、小型ミサイル、バズーカ、ランチャー、戦車。そういったものが、最新式で、この店にも流れてくる。取り合えず、拳銃や小型爆弾は店の中に置いておくのだが。流石に、大型の兵器類は、カタログとして、客に見せている。
最新の兵器が開発される度に、ある一部の者達にカタログが配られる。
このカタログは、各国の官僚や警察組織などにも出回っている。市販される事は無い。
そしてだ。
この黒い森の魔女は、手軽に兵器が購入出来る場所としても、その筋では有名だった。
何処かの国のエージェントらしき男が、店に置いてあるカタログを真剣に読みながら、武器商人ミソギに付いて訊ねてくるのだった。
デス・ウィングは、知っている限りの事を臆面も無く話す。
店の客には、基本、親切な態度を通しているからだ。
「彼から直接、話を聞いた事はありますが。よく、そんな境遇で生き残ったな? よく、そんな環境で能力者になれずに、逆に、生きようとする意思だけでのし上がったな。そんな事を言いましたよ。でも、私は彼の境遇に何も同情しないし、彼はそんなのを望んでいないのでしょうね」
男はカタログを見ながら唸る。
店の中に置かれている兵器の見本が、数十丁、数百個、数千艦単位で購入出来る。デス・ウィングは、その仲介をしているのだ。片手間で。
「ちなみに、私は金持ちの子として生まれました。何一つ不自由の無い暮らしでした。けれども、彼を憐れまない。そして、彼を見ても、私の思想は何一つとして、揺るがない。まあ、そういうものなのだろうと思っています」
エージェントは、カタログに載っている武器を購入した者達の名前を訊ねる。
金なら出す、とも言った。
「駄目です。情報は売れません。守秘義務があるもので」
エージェントは溜め息を付く。
「すみませんね、私は“中立”という立場を取っているのですから。しかし……」
デス・ウィングは何気なしに、棚から一冊の本を取り出した。
「此れなんてどうですか? 何なら、この本と写し水晶、そして武器カタログをお売りしますよ。貴方が覗くと良いのです。痕跡を。もっとも、どうなるかは分かりませんが。これまで、この店に訪れて、このカタログを手にして、武器を購入していった者達の記憶の断片なら読めるかもしれません」
そのエージェントは、彼女から、本と水晶、カタログを買っていった。
デス・ウィングは、くくっ、と含み笑いを続けていた。
おそらく、今の男は、以前訪れたある国の首相によって粛清される可能性が高い。その国において、側近を何名か連れた大統領と名乗る、違法な兵器などを購入した男がいるが。以前の男と、今来た男の国籍は同じだった。
秘密というものは知らない方が良いに決まっている。
デス・ウィングは、客が出て行って、十数分くらいすると突然、大欠伸をした後、そういえば、ティー・タイムをまだ行っていなかったなあ、という事を思い出したのだった。
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