第十章 武器商人と滅ぼす光 1
ルブルの作った塹壕のような、地下の家の中だ。
セルジュは、自室へと戻る。
そこが、いつものように、彼にとっての居場所だった。
全身を映す鏡を部屋に、取り付けていく。
「よう、ダリア」
セルジュは冷笑を浮かべる。
「俺は欲しいものは、全部、奪おうかって考えている処だ。お前の肉体をぶん取ったようにな? なあ、普通に考えて、お前は殺されて死んだだけなんだよ。俺がお前の肉体を再利用しているだけって解釈もあるよな? ルブルとか見てみろよ、あいつは本当に人間の死体は道具や、何かの部品だとしか思っていない。そこに人格だとか、人権だとか、そんなものをまるで見ていやしない。最高だろう?」
罪悪感を握り潰そう。
そんなもの、自分には存在してはならないものだと考えよう。
「お前の思考回路は手に入らなかった。それで別に構わないだろ? 俺がお前から取ったものは、顔や髪、胸、腹、腰。綺麗な指先、肘、腿。皮膚、血液、筋肉、骨。眼球、鼻、耳、それから一応、恥部。胃、腸、肺、心臓。別にそんだけだ。お前の脳だとか、お前の魂だとか、って奴は奪っていない。お前は人格まで俺に侵される事なんて無かった。なら、別に大した事、無いんじゃないか?」
セルジュは、両肘と背中、両膝から、鋭く婉曲したナイフを生やす。
「ケルベロスの力だ。この刃物はとてつもなく美しい。お前だけでは手に入らなかったものだ。なあ、俺はこれ以上、誰かから何かを奪えるのかな? 俺には分からない。俺はどういう風に、強くなっていくのかが…………」
間違いなく分かっているのは、ダリアの肉体を手にしても、自分はダリアじゃない。
何処までいっても、自分は自分でしかない。
人の表面を取り替えたとしても、その人間になる事なんて出来はしなかった。
なら、自分は今、誰に劣等感を覚えているのだろう……?
「ミソギの話を聞いている限り、この世界ってのは他人の人生の奪い合いなんだな。支配者と被支配者が存在している。誰もが、その渦の中にいるのかもしれないな?」
何の為に、自分が生きているのか、まだその意味を実感出来そうにない。
だから、きっと手に入れなければならないのだ。
この押し寄せてくる劣等感は、何なのだろう?
きっと、自分自身の精神を、もっとも嫌悪している。
自分の人生は呪われている。未来は更に、呪われていくのだろう。
それでも構わないと誓った筈だ。
抗おうとするのが、愚かなのかもしれない。
抗う? 何にだろう?
「俺は、俺は矮小な自分を乗り越えたいのか……?」
彼は鏡の部屋の中で、一人、打ち震える。
化粧の仕方を教えてくれたのは、メアリーだ。
髪の結い方を教えてくれたのは、メアリーだ。
服を見繕ってくれて、着こなし方を教えてくれたのも、メアリーだ。
そして、ダリアの肉体を奪う提案をしたのも、メアリーだ。
だから、セルジュはメアリーに尽くそうと考えているのだ。主君のように思いたいのだが、彼女自身は、そういう関係を望まない。あくまでも、大切な仲間として接してくれる。
彼女の役に立つ瞬間の為にだけ、自分は生きている。
きっと、それが自分の始まりなのだから。
そう。
たとえ、自分が醜悪な化け物になっても構わない。
その覚悟が、ずっと必要なのだから。
外で、ルブルの声が聞こえた。
どうやら、この城の主が帰ってきたみたいだった。
†
「ヴェルゼが死んだみたい。そして、アイーシャの体内に入れた通信機からの信号は途絶えた……」
そう言いながら、ルブルは、塹壕の家の中へと入ってきた。
どうも、ルブルは不安定そうだった。おそらくは、受信している波長のようなものが酷く乱れているからなのだろう。
中では、セルジュとメアリーの二人が待機していた。
ルブルが暗黒の地から帰ってくる頃には、メアリーの全身は体裁上、復元していた。しかし、実際、どうなのかは分からない。彼女の肉体はアンデッドだ、どれだけの耐久力があるのかは、ルブルにも未知数だった。
セルジュは自室に閉じ篭って、相変わらず、自分の姿を見ていた。
小さいながらも、以前、城にいた時と同じように暮らしている。
「二人共、お疲れ様」
ルブルはそう言う。
「そっちこそ、大変だったんだろ? なんだ? その、デス・ウィング、ってのは?」
セルジュが自身の部屋から出て、ルブルに話し掛ける。
「昔からの友人。それで、私が留守にしている間、異常は無かった?」
「ええ」
メアリーが頷く。
「新たなダートのメンバーが追加される、“武器商人”と言うらしいわ。本名は聞かされていない」
「ふうん?」
セルジュの顔がいぶかしむ。
ルブルは武器商人の電話番号を、デス・ウィングという女から教えて貰ったらしい。
ルブルは通信機を使って、武器商人に電話を入れる。
「えっ、既に手配しているの? 分かったわ、場所は、そうね……」
漆黒の魔女の声音に、警戒心が灯る。
そう。
今から、十数時間後に、ヘリがこの森の付近に訪れるらしい。
セルジュとメアリーの二人が、ヘリに乗ると言った。
「今度は、俺とメアリーが出向いてやるよ。ルブル、お前が此処を守ってくれよ?」
セルジュは不敵な笑みを浮かべる。
黒い魔女は、とても信頼に満ちた眼差しで、二人に対して頷いていた。
†