第六章 空よ、この鳥篭を壊しておくれ 3
ヴェルゼは動き出す事にした。
彼はいい加減に、この牢獄から抜け出そうと思った。
彼は、ぐいぐいっと、自分の頭蓋の部分に入っている、能力の抑制装置を引き抜く。それは、かつての副所長の能力を機械の部品化したものだと聞かされている。
能力者の能力を封じる能力だ。
ヴェルゼの額から、血が流れ続ける。
彼は一向に気にしない。
そして、難なく扉をこじ開けていく。
何名もの、看守達が、彼の下へとやってきた。
「ふふっ、うふふっ、『ディアブロ』と名付けているんだ。僕の力」
彼は看守達の横を通り過ぎていく。
看守達は、全身が氷付けになって絶命していた。
ヴェルゼは、ひたすらに笑った。
自分自身を解放してしまおう。そうする事によって、自らの中にある化け物を放ってしまおうと思うのだ。
そして、彼は背中が裂けていく。
すると、昆虫のような翅が生え始めていた。
†
会議室は、椅子とテーブルと、ホワイト・ボードが置かれている簡素な場所だった。
ケルベロスを中央に、所長秘書のリレイズ。
それから、インソムニア、レウケー、マディス。
そして、メビウス・リングが椅子に座っていた。
「全員、誰も倒せなかったみたいだな」
メビウスは冷たい声音で言った。
それは、どうしようもない事実だ。
特に、レウケーとマディスの落ち込みようは、生半可なものではなかった。
二人は、今すぐにでも、この任務から降りたそうな顔をしていた。
それ程までに、敵の力は圧倒的なのだ。
どうしようもないくらいに、差が開き過ぎている。
虫が大型肉食獣と戦うようなものだ。
大群で攻めたら、もしかすると勝てるかもしれない。しかし、人間は虫ではない、犠牲者の数を考慮するととてもではないが、暗鬱な気持ちになるばかりだった。
メビウス自身でさえ、任務には失敗していると言っていい。
「私は“デス・ウィング”の処へと向かおうと考えている」
メビウスは、そう告げた。
「彼女ならば、私達の力に、なってくれるかもしれないからな」
そう言うと、メビウスは立ち上がって、部屋を出ていく。
会議室を出た後、ケルベロスは暗澹たる気持ちになっていた。
このままでは、ドーンは敗北必須だろう。
何にしても、ドーンの甘さが原因となって、それはが糾弾され続けている。
ダートの者達のせいで、どれだけの者達が命を落としてしまったのか。それは計り知れない。ケルベロスはその事を考えると、全てが無力で、果たして自分の行っている事は、何もかもが徒労でしかないのではないのかという気になってしまう。
それでも、それでもだ。
戦わなければならないのだとも、言い聞かせている。
みな、敗北している。
一体、どうすればいいのか分からない。
何もかもが、無力感ばかりを突き付けられずにはいた。
しかし、とにかく動く事しか出来ないのだ。
そうやって、災厄を終わらせていくしかないのだ。
そう。
グリーン・ドレス達とは、戦った。
結局の処、敗戦を強いられた。
ならば、今度は、イゾルダの方と戦おうと考えている。
そうする事によって、何かが変わるかもしれない。
レウケーは、生体兵器の処理に関して考えている。
インソムニアは、飄々としながらも、やはり何処か悩んでいるみたいだった。
倒せない。
どうやっても、倒せない敵…………。
自分の中に、もっと力があるのだろうか。ケルベロスは、その事に関して自分自身と対話したい。
アサイラムの小綺麗な壁に設置している、窓の外から何かしらの不協和音のような音が聞こえてきた。それは、徐々に大きな音へと変わっていく。
ふと。
ケルベロスは、外から聞こえてくる音に気付く。
それは、プロペラの回転音みたいだった。
†
それは、空飛ぶ装甲兵だった。
腹の辺りにスクリーンが付いている。
中には、赤黒い髪のアイーシャが映っていた。
何だか、とてつもなく晴れやかな顔をしていた。
《元気しているかしら?》
ケルベロスは不機嫌そうな顔をして、首を横に振る。
彼女達には、結局の処、敗北に追い込まれた。だからとても苦渋を飲んでいる。
「お陰様で、俺達は窮地に追い込まれているというわけだ。お前は何の用だ?」
装甲機械は、翼をばたばたとはためかせる。
まるで、何か滑稽な動きをしている。
《まあ、貴方達にとって、とっても良い知らせなんだけれども。単刀直入に言うとね、私とグリーン・ドレスはダートを裏切った。つまり、貴方達の敵は大幅に減ったというわけ》
ケルベロスは、はあ? と裏返ったような声を出す。
「裏切った……?」
《ついでに、ルブルとメアリーも結構、重症かも。あの城、破壊しまくったし。そうそう、グリーン・ドレスは、しばらくは破壊行為を止めるってさ。遊びに飽きてきたんだって、だから、私達はドーンとの対立を止める。それでいいかな? じゃあ、そういう事で》
それだけ言うと、アイーシャの装甲機械は、ばしゅばしゅ、ばしゅばしゅっ、と機械内部での破壊音が鳴って、地面へと落下していき、それきり動かなくなっていく。
しゅうしゅうっ、と煙が上がっていき。しばらくの間、沈黙が訪れる。
ケルベロスは頭を抱えて項垂れていた。
好き勝手に、振り回されてしまった気分だ。
どうしようもない程の、倦怠感というか虚脱感に襲われる。
後ろでは、インソムニアが、ぽんぽんと彼の肩を叩いて大笑いをしているのだった。
To be continued