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第一章 幸せの意味も、不幸の意味も分からずに 2

 何が幸福なのか、何が不幸なのか分からない。

 その意味さえも知らない。

 きっと、この城の中にいる者達は、みなそうなのだろう。


 ………………。

 ルブルという黒尽くめのドレスを纏った女が、この城の主だった。

 彼女は、死体を集めるのが好きだった。

 動物も、昆虫も、人間も。彼女はとにかく、色々な死体を集めるのが大好きだった。

 そして、ルブルは、所謂、魔女だった。


“ネクロマンサー”とでも言うのだろうか。

 ルブルは、死体を操作して動かす事が出来た。彼女の意のままに、死体達はゾンビとして動き出す事が出来るのだった。


 城は十数階建てで、部屋や別館が幾つもあった。

 ルブルと、彼女が集めてきた住民達には、有り余る程の広さだった。

 そして、この城の全てが、ルブルの集めてきた死体を変形させて作り出されたものだった。テーブルや椅子、戸棚、キッチン、調理器具、ソファー、カーペット、花瓶、壁に掛けられている絵画、それらの殆どが、ルブルが集めてきた死体を変形させて創り出したものだった。


 広間や客室、テラスや礼拝堂、果ては厨房や浴場まで、人や動物の死体で作り上げているのだというと不気味で仕方が無いのだが、普段は、死体達は眠りに付いているらしい。つまり、ルブルが意識的に動かさないと、死体は死体のままで、ただの物質としてしか機能していないみたいだった。

 しかし、やはり、ソファーやベッドに寝そべったり、椅子やテーブル、皿やナイフを使ったり、浴場のバスルームやシャワーノズルなどなどが、全て人の死体で作られているのかと思うと、怖気がするものがある。ずっと住んでいても、中々、慣れないものだ。


 例外はセルジュ達が、城の中に持ち込んだものだった。

 部屋を覆う鏡は、特注で作らせたものだったし、映画を見る為のスクリーンも、彼が個人的に持ち込んだものだ。

 それから、食料品や水などは、流石に、死体ではなく、ちゃんとした市販で売られているものだった。


 メアリーは、城のメイドというものをしていた。

 彼女は、よく城を出て、城の周辺の森を抜け出して、街へと買い物に出掛けていった。そして、城の住民の為の生活用品を購入してくるのだった。

 住民達は、一日を各々の好きな事をして過ごしている。

 セルジュもそれに従って、自分の鏡の部屋の中に引き篭もって、ずっと思索を続けている。


 晩餐の時間になると、メンバーが揃う。

 ルブル、メアリー。そして、セルジュ、イゾルダが主に、食卓を取り囲んでいる。

 燭台の炎が燃え盛る中、ルブルが何処のものとも思えない、何かの宗教の祈りを述べた後、メアリーの作った食事をみな口にしていく。

 ルブルは、隣に小さな男の子の人形を置いて、その人形の口に、料理を乗せたスプーンを運んでいく。人形の口元に孔でも開いているのか、料理は少しずつ無くなっていく。


 その人形が何者なのか訊ねると、ルブルは悪戯っぽく、実の弟、と答えた。

 名前は、クルーエルと言うらしい。


 兎にも角にも、この城の住民達の全員が、狂っていた。

 人として、間違っていた。


 それでも。

 そんなこんなで、日々の生活が、倦怠を伴いながら続いていく。

 魔女ルブルに、メイドをしているメアリー。

 それから、謎の巨漢であるイゾルダという男。

ルブルの弟とかいうクルーエルという謎の人形。

 そして、今やダリアの肉体の中に脳移植を使って入り込んだセルジュ。

 少なくとも、五名の者達が、この広大な城の中に住んでいる事になる。


 他にも、住民がいるらしいのだが、セルジュは詳しくは分からない。

 今、セルジュが考える事はと言えば、ダリアの肉体を手にした自分は、一体、何なのか? というその事ばかりだった。

 自分自身の観念の世界の中から、どうしても抜け出せそうにない。

 そして、こんな状況を与えてくれたメアリーの方は、そんなセルジュをとても喜ばしく思っているみたいだった。


 …………。

 少し前の事だった。

 セルジュは、晩餐の時、城の主であるルブルから楽しそうな顔で告げられる。

 その頃の彼は、この城に来てから、驚く事ばかりに出会っていた。

 頭の中を整理するのが大変だった。

 そんな彼に対して、ルブルはとても楽しそうな笑みを浮かべていた。


「ねえ、セルジュ。もう、そろそろ、この生活には慣れたかしら?」

「…………分からないな。俺は、その、ダリアの事ばかり考え続けている」

「あらそう。ねえ、貴方はメアリーに気に入られているの。なら、私も貴方を信用するしかない。ねえ、セルジュ。単刀直入に言うと、私達は“世界を破壊する為の組織”を結成しようと考えているの。組織の名前は『ダート』と言う。魔術における、セフィロトの樹木を結ぶ十の円環の裏側にあると言われている、もう一つの隠された“深淵”だとか、“知識”だとかを意味する円の事だとか、あるいは“汚さ”を意味する言葉だとか。色々と、名前の下地となったものはあるけれども、ダートはそれ自体を意味にしたい。このダートというのは、私達の組織の名前、という意味。貴方も、そんな理想の虜になればいい。ねえ、私達みんなで、この世界を破壊しましょう? それはきっと、とっても素敵な事なのだから」


 そして、ルブルは、メアリーを呼ぶ。

 そして、彼女は指を弾いて、何かの合図をした。

 メアリーの右手の指先から、ゆらゆらと炎が生まれて、それがこの空間一帯を回転していく。炎は床のカーペットを走るが、カーペットは燃えずに、焦げずに、炎が床を走り続けていた。


「私達は、これらの力を、“能力”と呼んでいる。魔法だとか、力だとか、どんな呼び名でもいい。貴方にも、その才能があるのだと見込んで、メアリーは貴方に眼を付けたの。でも、そんな特殊な力の持ち主だけじゃ駄目。私達が欲しいのは、“もっとも邪悪な精神の持ち主”。それを探している。つまり、狂人だとか異常者だとか、そういった概念を与えられる者達を更に超え出た者が人材として欲しいの。おめでとう、セルジュ。貴方は、それに選ばれたっていうわけ」

 ルブルの言葉を耳にしながら、メアリーはくすくすと笑っていた。


「はあ…………?」

 何が何だか、分からなかった。

 けれども、何故だか、ルブルの言葉や目的は、心地の良いもののように思えた。

 どうしようもない程に、魅惑的なもののように思えた。


「忌み数として、ちょうどメンバーは“十三名”集めたい。とにかく、破壊的で狂気の先へと向かっていった者達がいいわ」


 ルブルは、悦に入りながら、そんな事を話し続けていた。

 セルジュは、此処が居場所なんだと思った。

 ずっと、彼には居場所らしい居場所なんて、存在しなかったからだ。

 集めたいもの。


 それは。

 邪悪なる精神。

 そんな言葉に、どうしようもない程に、惹かれていった。

 けれども、だからといって、自らが積極的に行動するのは、とてつもない程の倦怠を伴ってしまう。

 彼は、ルブルから与えられた『鏡の間』という部屋に、ひきこもり続けていた。

 元々は、普通の部屋だったのだが、メアリーに頼んで、部屋の四方に張り付ける鏡を買ってきて貰ったのだった。


 そして、彼は、自らの自我の密室の中に、ずっと閉じ篭っていた。

 だから、ルブルやメアリーが、ダートを結成した後、人間世界の侵略を始めようと言っている中、なおも、彼は夢現の世界の中で生きていた。

 ずっと、考える事と言えば、ダリアの事ばかりだった。

 それだけが、彼にとっての世界の全てだった。



 イゾルダとは妙に気があった。

 彼は畑で、植物を植えていた。

 彼の植える植物は、軟体動物のような部品を有していた。


「俺の力の名前は『イーティング・スター』という。俺はこの星を食い潰したい。人という生命に復讐する為にな」

 そう言いながら、彼は彼が育ててある植物に、水や餌として使っている魚などを与えたりしていた。

「なあ、イゾルダ。お前って人とかって作れるの?」

「人は嫌いだ」

「マンドラゴラってあるだろ。あれは、人の形を模している草だよな。あれって魔術とかに使う薬草らしいんだけれども、引き抜いた奴は死ぬんだっけ。何でなんだろう。やっぱさあ、恨みとか苦痛が強いからなのかな。呪詛だけで、人を殺せるのかな」

「俺は人型の植物は作らん」

「そうかよ」

 そう言いながら、イゾルダは、透明な翼の生えたネズミを、セルジュに渡した。

 セルジュは思わず喜ぶ。

 可愛らしいなあ、と思ってしまったからだ。


「なあ、イゾルダ。俺は思うんだけれども、お前は征服がしたいんだろう? じゃあ、乗り物作らないか? ヘリコプターがいい。プロペラが大きな奴が俺は好きだな。なあ、人間の歴史って奴は、最初、馬やラクダから始まって。馬車とか機関車とか船とか、飛行機とか作るだろ。そして、戦車だとか、軍艦だとかさ。それって、征服の歴史っても言い換えられるんじゃないのかって俺は思ったりするんだ。だから、お前さ、征服がしたければ、乗り物作ってくれよ」

「成る程。…………考えておく」


 イゾルダは自らが作ったネズミを丁寧に撫でていた。

 畑では、メアリーもハーブなどの植物に水をやっていた。

 果物や野菜も植えてある。気候には関係の無いものばかりだった。それらは、土壌に埋まった死体を養分にして育っているのだ。

 セルジュは感覚が麻痺してしまっているが、やはり、きっとおぞましい事をしているんだろうなあ、とは思ったのだった。


 ただ、此処はとてつもなく居心地が良い。

 みんな一人、一人の世界観のようなものを持っていて、自分の中にある醜悪な部分も、此処では至極、普通なのだ。


 だからこそ、居心地が良いのだろう。

 居場所というものを、初めて見つけたような気がする。

 それくらいに、自分はずっと孤独だったのだろうから。




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