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第五章 破壊と狂気の果てへ 3

 また、負けたのか?


 懐かしい声が語りかけてくる。

 きっと、その声は、自身の心の底にある深淵から聞こえてくるものなのだろう。

 未熟さばかりが、彼には見透かされてしまう。

 いつだって、自分の傲慢さをコントロールする事が出来ない。結果として、油断から負けてしまう事が多かった。今、生きているのは運が良かったせいもあるのだろう。


 強くなりたい。

 果ての無い程にだ。

 自分は何処までも高く飛べるのだと思っていた。

 どんな敵でも、焼き滅ぼす事が出来るのだろうと考えていた。

 とてつもない程に、何処までも何処までも強くなりたい。

 それこそが、ある種の美なのではないのだろうかと。

 彼女は、倒錯的なまでに自分の力に酔い痴れている。

 だからこそ、彼は、彼女に何度も注意を施していたのだろう。


 ……煩いわねえ、私の好きなようにさせてよ。

 それは、記憶の底から、濁流のように湧き上がってきた。


 ……お前は油断慢心が過ぎる。自分の力に酔うのはいいが、戦略で負ける事が多いだろう? それは気を付けるべきだ。いいか、お前は持てる全力の力を使え。

 暴君の声だ。

 彼は、彼女にとっては、とても優しかった。


 ……お前は、油断慢心し過ぎだ。能力者ならば、持てる限りの力を最大限に効果的になるように使え。少なくとも、俺はそうしている。お前もそうするべきだ。

 暴君は一つ、一つ、彼女にアドバイスを施していく。

 きっと、彼は彼女を、彼好みの戦闘マシーンにしたいのだろう。殺戮マシーンなのかもしれない、しかし、それが彼の望みながら、それでも一向に構わないなあと思った。

 彼女の、どうしようもない破壊衝動を認めてくれた男。

 あるいは、宗教的なまでに、彼の言葉を、思想と呼べるものを、彼女は信仰しているのかもしれない。

 何もかもを、破壊していく瞬間は、どうしようもなく強い快楽ばかりが広がっていった。きっと、人はその為に、生きているんじゃないのかとさえ思ってしまっていた。


 彼女は朦朧とした夢から醒めていた。

 ………………。

 どうやら、此処はホテルの一室みたいだった。

 アイーシャは、シーフード・カレーを食べていた。

 貝は苦手らしく、わざわざスプーンで取り出して食べていた。

 グリーン・ドレスの前に、幾つかの缶詰が置かれていた。

 何なら、パスタなんかも買ってこようか? と言われる。

 そして、彼女は、緑の悪魔を気遣うかのように、色々な料理を作ってくれていた。

 料理は主に、精進料理なのか何なのか知らないが、薬草などがふんだんに入れられた魚料理などだった。緑の悪魔が辟易していると、アイーシャは、ただのハーブ料理だ、と告げた。


「そうそう、貴方、とにかく熱くて仕方が無かったから、冷やして傷を手当てするの大変だったのよ」

 緑の悪魔は、自身の肉体を見る。

 すると、丁寧に包帯が巻かれていた。

 何だか、酷く罰が悪い。

 もし、アイーシャがいなければ、あのままケルベロスかインソムニアかのどちらか相手に殺されてしまっていた事だろう。


「…………シャワーでも浴びてくるわ」

「あらそう」

 グリーン・ドレスは、微妙そうな顔をしながらも、シャワー・ルームへと向かうのだった。



「ウォーター・ハウス、私、強くなる。殺人鬼になるっ!」


 緑の悪魔は、切実なまでに、かつて、彼にそう告げた。

 その頃は、純情な部分も、確かにあった。

 暴君は、とても柔和な顔で笑っていた。


「俺は色々と思うんだが、お前の力の行き着く先に関して、考えてみたんだ」

 男は、とても歪んだ笑みを浮かべていた。


「お前は、世界を征服しろ。それこそが、お前という存在の目的にすればいい。何もかもを踏み躙り、燃やし尽くしてしまえ。そこにお前にとっての自由がある筈だ」

 それを聞いて、彼女は、瞬時、呆けたような顔をしていたが、すぐに彼の言っている事だから、きっと凄い事なのだろうと思った。

 辺りは、真っ赤な色彩が広がっていた。


 二人は、そんなものをとてつもなく、美しいと感じてしまっていたのだった。

 窓からは、風が入り込んでくる。

 とてつもなく、神秘的に思えた。

 彼女は、彼から首飾りを貰った。

 それは、彼の牙を加工して作ったものらしい。

 それは、模擬的な、ウェディングの儀式だった。

 辺り一面には、標的の死体が血塗れで転がっていた。

 グリーン・ドレスは、自身の能力によって、この館を焼いていく。

 人間の死体の焼け焦げていく臭いが充満していく。

 暴君は、花でも嗅ぐように、その臭いを楽しんでいた。

 ウォーター・ハウスは、ウェディング・ヴェールとして、血塗れのカーテンを、彼女の頭に飾り付ける。


 それは、とても魅惑的な一夜だった。

 絶頂的なものを強く感じていたい。

 人生とは、きっとこういうものなのだろうと、彼女は思った。



「炎というものは、男性的な暴力の象徴のようなものだな。グリーン・ドレス、お前は、女でありながら、炎の能力者だ。お前は男性的なエネルギーの赴くままに、他者を踏み躙り、略奪し、凌辱しろ。それこそが、お前に与えられた使命のようなものなのだろうからな」

 そう言いながら、男は、彼の上に跨る。


 彼は、殺人ウイルスを使う者だった。

 対する、グリーン・ドレスは、炎を扱う者だ。


「肉体には苦痛を、精神には幻想を。俺達は夢物語で他者を踏み躙る。俺は、観念というウイルスを撒いていきたい。きっと、俺が死んでいった後も、俺の力は残るんじゃないかと思っている。なあ、お前、俺は永遠だと思うか?」

「ええ、私、あなたが永遠なのだと思う。ずっと、……たとえ、あなたが死んだとしても、私の中で、生き続けるんだと思う…………」

 欲望を絡ませながら、お互いの能力で、お互いを殺そうとする。

 それは、どうしようもないくらいに背徳的な行為だった。

 死の耽溺に満ち満ちた夜を、二人でベッドの上で過ごしていた。

 とてつもなく、幸福な時間だったのだと思う。

 どうしようもない程の、破壊衝動と破壊衝動をぶつけ合い、そして、二人は身体を抱き締め合っていた。狂気の先に行ってみたい、そこで見えるものがあるのかもしれない。そんな事も語り合った。


 殺人ウイルスの抱擁と、焦熱の抱擁。

 二人共、全身が崩れ去りながらも、互いを受け入れていた。

 暴君は言う。

 何度でも言う。

 緑の悪魔に対して、征服者になれと。

 この世界の地上の支配者になればいいのだと。

 それは、とてつもなく魅惑的な提案だった。

 決して、汚してはならない思い出だった。


 彼女は、彼の恋人であると同時に、彼の異常なまでの思想の伝承者でもあるのだという自覚があった。彼は学問に通じていた為に、難しい事はよく分からない。しかし、とにかく、感情の赴くままに、欲望の赴くままに行動する事こそが、彼にとっての敬意であり、言うなれば、ある種の信仰のようなものだった。

 かつて。

 かつて、緑の悪魔は、所謂、“普通の人間”をやっていた事もある。

 グリーン・ドレスは、元々は、昼間はカフェのウェイトレスをやって、夜はバーの踊り子をやっていた。普通の人間だった。けれども、いつからおかしくなったのだろう。

 初めて付き合った彼とベッドでの行為の最中に、思い余って、相手を殺害してしまっていた。男の顔は、壁にべっとりと張り付いてしまっていて、彼女は自らは強力な暴力を振るえる存在なのだと、嫌でも自覚せざるを得なくなった。

 自分の破壊衝動、暴力衝動を、どうにかしなければならない。

 それはきっと、この世界で生きていく上ではあってはならない力なのだ。

 だから、封印して生きなければならない。

 顔を潰されて死んだ男が、空ろに笑っているような気がした。


 グリーン・ドレスは、その男の死体を見て、何も感じなかった。しかし、初めての割には余り、何も感じていないなあ、というのが本音だった。


 ……こいつ、下手糞なんじゃないの?

 そんな事を思いながら、彼女はホテルを後にした。


 しばらくの間、自分の中にある破壊衝動、他者への征服欲を押し殺して生きようとした。けれども、どうにもならない時は、ひっそりと殺した。派手な蹂躙を行う事もしばしばあった。いつしか、彼女はドーンから指名手配犯として追われていた。

 そんな時の事だろうか、あの男に出会ったのは。

 彼は、彼女の全てを認めてくれた。

 とてつもなく包容力があり、カリスマ性に満ちていて、一般的に見れば、異常なくらいに、残忍で冷淡な性格の男だった。彼女は、彼の全てに惹かれていった。



 アイーシャは、混乱していた。


 何故なのだろう? グリーン・ドレスといるのは、妙に心地が良いのは。


 分からない。

 何も、分からない。ひょっとすると、考えたくないだけなのかもしれない。

 このまま、深く落下していくかのような気分に陥ってしまっていた。

 自分が何者なのかが分からなかった。

 かつては、正義の為に、戦っていたような気がする。

 しかし、今は完全なまでに、悪しか為していない。

 そもそも、正義って、何だって話だ。

 ケルベロスを見ていると、やはり違うのだろうと思ってしまう。

 しかし、何故なのだろう。緑の悪魔に憧れさえ抱いてしまうのは。

 メアリーも、緑の悪魔も本質的な何も変わらない。

 そう、悪そのものなのだ。


 アイーシャは、自らの都合によって、メアリーと緑の悪魔を切り分けているに過ぎないのだ。あるいは、正義と悪なんてものは、そういった切り分けの集積体によって、積み重ねられて作り上げられていくものなのかもしれないのだろうなあと思った。

 つまり、それは天秤のように、簡単にどちらかへと向かっていくものでしかないのだ。

 緑の悪魔は、何故だかとてつもなく自由そうだった。

 そう、きっとそうなのだろう。そういう部分に、どうしようもなく惹かれてしまうのだった。

 肉体は、いつにも増しておかしい。

 眩暈や頭痛と共に、全身に違和感を覚えてしまっている。

 幻肢症というものなのだろうか……?

 ある筈の無い、手足が動いているかのように思える。

 手足が欲しかったからこそ、彼女は金属で、自らの手足を作り出した。

 切実なまでに、メアリーに対して、復讐してやりたかった。

 彼女によって、アイーシャは、自分の誇りも何もかも、壊されてしまったのだ。


 ずっとずっと、悪夢の中を彷徨っている。

 ダートに加わって、自らが征服者となっている事に対して、まるで理解していない自分がいる。

 だからこそ、だからこそ、自分を取り戻さなければならない。


 失ったのは、四肢なんかじゃなくて、本当に大切だった自分自身なんじゃないのかと思わずにはいられない。

 もし、仮に、自分の新たな四肢になってくれる相手が現れたのならば、その者には喜んで尽くしたいなあとも思った。

 自分を導いてくれる導のような、存在が現れて欲しい。

 彼女は、そんな事を切実に願い始めていた。

 運命は捻じ曲げたい。

 それこそが、自分が誰かの隷属の下で生きているわけではないという事の証明なのだから。それこそが、きっと今の自分の戦いなのだろうから。


「ねえ、グリーン・ドレス」

「あら、何かしら?」

 緑の悪魔は、気だるそうに、缶ビールを開けていた。


「私のお願い、聞いてくれないかなあ?」

 アイーシャは、誠意を込めて、ある提案をする。

 すると、緑の悪魔は、二つ返事で了承してくれたのだった。



「分かった。この私もあの安全圏のドクサレ共は気に入らなくなってきたからな」


 グリーン・ドレスは舌を出すのだった。




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