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第四章 鏡が映し出す空虚な世界 1

 ルブルは白骨ドラゴンに乗りながら、その場所に訪れた。


 そこは、『渦の牙』と呼ばれる山脈のようなビルの廃墟跡だ。アサイラムの近くにある。

 夜空は絶景で星が無く、三日月だけが輝いている。

 大きなヘリコプターが『渦の牙』の上にやってきた。


 ヘリの中から数名の能力者達が降りてくる。

 ルブルはそれを見ながらとても楽しそうに唇を歪めていた。そう、彼らは、有能な、ドーンの能力者達なのだろう。

 そう、此処は大きな晴れ舞台なのだ。

 空は、暗鬱な黒だった。

 真っ黒なドレスを纏った二人の女が対峙していた。


 一人は魔女ルブル。

 そしてもう一人はドーンを総括する総帥であるメビウス・リングだ。


 一人は死体操作人のネクロマンサー。

 一人は動く人間大の球体関節人形だ。


 どちらも、生者よりも死者の側に近い者だ。

 お互いに付き人を何名か連れていた。


「あら、貴方がメビウス・リング?」

 魔女は訊ねる。

 腰まで捻じ曲がった金色の髪の毛を垂らした女は問うた。

「そういうお前は魔女ルブルか?」

 ルブルは首を縦に振る。

 夜風が吹き抜けていく。

 お互いの背には夜闇から、何名もの付き人達が現われる。


 ルブルは傍らにメアリー、セルジュ、イゾルダ、グリーン・ドレスの四名を従えていた。


 メビウスは隣に、ケルベロス、インソムニアを従えていた。


「ドーンは“人間の可能性を摘む者達”を始末しなければならない。対象は私の独断なのだが、魔女ルブル。お前は私とケルベロスが直々に、始末する事に決めた。それから、お前の部下も消えて貰う」

「あらそう?」

 ルブルは楽しそうに嘲笑っていた。

 それは、もう、とてつもなく愉快そうに。


「ドーンとかいう組織の時代はもうおしまい。私は多次元に渡って、勢力を拡大させていくわ。私の右腕のメアリーがもう行動を起こしている。それから、イゾルダ。彼の能力なら、国くらいなら簡単に壊せる。後ねえ? 貴方達は、とっても不利なのよ」

「ほう、何故だ?」

「たとえば、緑の悪魔、グリーン・ドレスが私達の側に付いた。彼女は、破壊するという事に対して、とてつもなく無慈悲。そして、彼女はとっても強力な能力者。ねえ、メビウス・リング。貴方達、ドーンが狩っている能力者なんて、雑魚ばかりなのよ。自覚はあるのかしら? 幾つかの小さな世界、幾つかのローカルな場所で、弱い能力者達を統率していても仕方無いんじゃないのかしら? どうせ、数百年、もって数千年で貴方の支配なんて終わる。理解しているかしら? 貴方は、ドーンは、脆過ぎるのよ。それはもうどうしようもない程にね」

 メビウスは、彼女の言っている言葉に不快そうな雰囲気を漂わせていた。

 きっと、どうやって始末するべきか考えているのだろう。


「お前達、更生する気は無いか?」

 筋骨逞しい男がヘリから現れて、そう言った。ケルベロスだ。

「お前達の力を人々の役に立てたい。そのような喜びを見い出してもいいんじゃないのか? お前達はきっと、歪んだ人生を歩まざるを得なかったんだろう?」

「ふん」

 ルブルの背後から彼女を押しのけるように、一人の女物のコートを纏った女が前に出る。

「私の名前はメアリー」

 そう言って、青いコートの女は笑う。

「私は人間がみな、憎しみという快楽の海の中で生きる事を望んでいる。貴方は情報によると、確かアサイラムという場所の所長をしているそうじゃあない? そこでは能力者の犯罪者を収容して、人類の幸福に貢献させていると。下らないわね、全部、私が叩き潰してやるわ。そいつらの中で見込みがありそうな奴、私達の仲間になってくれるかもしれないし」

 ケルベロスは両手を広げる。


「分からんな、何で、お前らはそんなに他人の不幸が好きなんだ?」

「簡単な理由よ」

 メアリーは指先を唇に当てる。

「それ自体がどうしようもない快楽を伴うから。支配したい独占したい踏み躙りたい。それはとっても楽しい事なの? お分かりかしら?」

 はっ、と、ケルベロスは鼻で笑う。

「お前らな、やられる連中の気持ちを考えろよ。お前らは自分がやられて嫌な事を他人にやるのかよ」

「面白い事を言うのね? それこそ、やられるのが自分でなければいい。そしてねぇ、私は思うの。やられる方も、とっても気持ちが良いものなのよ、それは甘美な果実みたいなの。憎しみあって、憎しみが膨れ上がって生きていく。楽しい事でしょう?」

 メアリーはくっくっ、と彼を見下すように言った。

 更に、メアリーの隣で長い黒髪の女が腹を抱えて笑っていた。

「俺達は、お前らドーンを破壊してやりたいんだ。正義ぶってんじゃあねぇよ。俺は特にアサイラムってのが嫌いだ。欲望を押さえ付けやがるからなぁ。そんな施設はいらねぇ。全部、ぶっ潰してやるよ。人間の暗黒が蔓延した世界が素晴らしいに決まっている。それがダートの思想なんだ」

 メアリーの背後から、全身にローブを纏った長身の男が現われる。

 どうやら、彼の身に付けているものは、彼自身の作り出す物によって編んだものだろう。


「俺の名はイゾルダ。俺は可能な限り、世界をお前らの国を、街を、食い潰そうと考えている。人間という種は死滅するべきだ。俺は俺の力によって、全てを原始的な世界に変えようと考えている」

 メアリーはルブルの代わりに、みなを代表するように言った。


「というわけで、肉ダルマさん。私達全員は殺戮と破壊を願っている。世界が混沌の坩堝に覆われていく事を願っている。私達は独裁者になる。私達の言葉、理解したかしら? ああ、それから貴方は私が嫌いなタイプ。私って筋肉嫌いだから」

 メアリーの隣にいた黒髪の女は、腹を抱えて大笑いしていた。

 セルジュだ。

「そうかよ」

 ケルベロスは低い声で言う。


「なら、お前らは強制的に収容してやるよ。どいつもこいつも、頭の中、腐りやがって」

 ケルベロスは、本気で憤っているみたいだった。しかし、ルブルは腹を抱えて笑い出す。収容? 収容程度でいいのか? と。全員、殺して始末する、という考えが彼の中には無いのだろうか。それ以外の結論しか在り得ない筈なのにだ。

 メビウスは何気に右腕を掲げた。


「此処で戦うか?」

 ルブルは首を横に振る。

「私はお城で待っていたいの。森の中のお城でね。でも、逆もいいわね。このまま、アサイラムへと、私達が攻め込んでもいいかもしれない。みなを解放して上げるのを夢想するのが、とっても楽しくって」

 ケルベロスは自らの顔を抑えていた。

 今、アサイラムは、ルブルの作り出した空飛ぶアンデッドや、イゾルダの謎の兵器によって覆われている。それから、グリーン・ドレスも、ここぞとばかりに、施設を焼き尽くそうと狙っているみたいだった。

 彼は酷く迷っているようにも思えた。

 イゾルダはそんな彼を見ながら、何かを思案しているみたいだった。


「今回は、あくまで宣戦布告という形だ。ゾンビや生体兵器の動きを止めさせようか?」

 ぴくり、とケルベロスの眉が動く。

 そして、彼は即座にイゾルダの方を向いた。

「止めさせようか? 少なくとも、俺は今日、お前らと戦う事を望まないからな」

 メアリーは少しだけ不機嫌そうな顔をイゾルダに向けた。

 イゾルダは面倒臭そうな表情になる。

「今日は宣戦布告にだけ来た。違うか?」

「そうだけれどもねえ?」

 メアリーは嬉々とした顔をしていた。

「どの道、多くの者達を苦しめる。出来るだけ多くの者達をね。私達はその為に動いているのよ。違うかしら?」

「しかしな」

 イゾルダはフードの中に手を入れて、頭を掻いた。


「あの男、本気で今、俺達全員を倒すつもりでいるみたいぞ?」

 そう言って、彼はケルベロスを指差す。


「お前はいいかもしれないが。今、準備が揃っていない。ルブルは丸腰だ。それに、俺も此処では力を発揮し切れるか分からない。セルジュの事も心配だ。どうかな?」

 メアリーはそう諭されて、ルブルの方を見る。

 そして、思わず自責の念に駆られたみたいだった。


「そうね、ルブルは狙われるわね、いいわ…………」

 メアリーはぼそりぼそりと、ルブルの耳元に囁きかけた。

 ルブルは指先を唇に当てる。

 メアリーはドーン側の者達に告げた。


「分かったわ。街の破壊は止めさせる。更に此処ではゾンビの生産も行わない。そうね、今日は挨拶をしに来ただけ。また使いの者を寄越すわ、じゃあね、私達は城に戻る。せいぜい、戦闘員を沢山、集めておく事ね」

 そうして、宣戦布告の幕は開けた。

 ルブルは、更に探し続けるのだと言った。

 より、暗く、より黒い精神の持ち主達をだ。

 ルブル達は、白骨ドラゴンや生体兵器へと跨り、その場を去っていった。


 グリーン・ドレスは、怒りと恥ずかしさの余りか、結局、渦の牙での宣戦布告には参加せずに、何処かへと飛び去っていってしまった。

 そして、悪夢は始まりを告げた。


 ルブルは森の城の中にて、あらゆる邪悪な思念を探し続けていた。




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