銀狼は月夜に愛を請う
ファリア王国シリーズの中では糖度は低めだと思います
『いつかどこかの国の王子様が、私の前に跪いて私の手を取り優しい声でおっしゃるのよ。
【フィアナ姫、どうか私の妃になってくださいませんか?】
とっても素敵でしょ?』
私がそんな夢を見ていたのは、一体何年前のことでしょうか。
物語の姫君たちのように、恋をして、求婚されて、結婚して幸せになる。
そう信じていたのは、いくつまでだったでしょうか?
年を重ねるごとに現実を知り、妹たちが生まれる度に私の儚い恋物語の夢は遠ざかって行きました。
美貌で知られるお母様譲りの顔立ちと黒髪、お父様と同じ青紫の瞳。
この国一の美姫と褒め称える方達も、私の立場の難しさから遠巻きにするばかり・・・
大陸の中では小国とはいえ、それでも数百年続いているこの国での王位継承は直系男子にしかなく、お父様の兄弟は早世した為既におらず、甥もいないという現状。
私以外も全て姫ばかり6人という状況の中、私が15になった年に元老院が出した答えが【第一王女に王家筋の血を持つ貴族より、子息を婿入りさせて国王とし、王女との間に男子を必ず設けることとする。】というものでした。
誰が次期国王に相応しいか、宰相達が議論を重ねること数年。
私が19になった年に、弟の第一王子が産まれました。
そして、私は『嫁き遅れ姫』となったのでした。
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嫁き遅れの私の嫁ぎ先を巡って、宰相達が私に相応しい相手選びの議論を重ねることさらに数年、嫁き遅れの私はさらに嫁き遅れてしまって、もう今年で22歳。
立派に嫁き遅れてしまって、自分の花嫁姿など夢見ることもなく、夢見ていた王子様からの求婚などもはやあるはずもなく。
もうこのまま神殿に入り巫女にでもなればいいのだろうと、心穏やかに読書や刺繍をして過ごしていたのです。
さすがに社交の場には出ていますが、殿方も自分とそう年も変わらない、もしくは年上の私に求愛したとして、扱いにも困るというものでしょう。
それくらいならば、まだ未婚で瑞々しく若い第5王女や第6王女である妹達に求愛する方が健全というものです。
申し訳程度にダンスを誘ってくださる友好国の王子や、貴族の子息もいらっしゃいますが、気を遣ってくださらなくてもいいのにと思ってしまう私は、少し冷たい人間なのかもしれません。
そんな私にお父様が突然のようにおっしゃったのは、昨日のこと。
あの言葉は本当のことなのでしょうか・・・
私に、求婚する方がいらっしゃるなどと・・・
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「お父様・・・あまりの心労で幻聴とか幻覚とか・・・ないかしら?」
私が読んでいた本を机に置いて、そう呟いたのを侍女のニーナが聞いていたようです。
「フィアナ様、陛下は幻聴をお聞きになられたわけでも、幻覚を見られたわけでもありませんわ。
ファリア王国からの使者は確かに王宮に滞在しておりますし、宰相他大臣の方々も使者のお言葉に慌てふためいて現在対応に迫られております。」
「では本当のことなのね・・・」
お父様が昨日おっしゃられた、
『ファリア王国国王、ギルフォード陛下がそなたを妃に欲しいとおっしゃっている。
現在陛下には妃は誰もおらぬし、寵愛を受けている令嬢もおらぬらしい。
戦乱が続いていた数年前まで前線に前国王と共に立たれていたため、妃を娶る暇もなかったそうだ。
前国王が倒れられてからは、若くして即位されたために政務に忙しく、やっと落ち着かれて家臣達がそろそろご成婚をとせっつきだしたらしい。
そうは言っても陛下は御年19になられるまだまだ若い青年王だ。
武人らしく精悍なお姿をしていると聞き及んでいる。
そんな陛下がなぜそなたを妃にと望んでおるのか、私には皆目見当もつかぬのだが・・・大国の申し出に、わが国程度の小国が断れるわけもないのだが・・・
実はルーミアかファラシアの間違いであろうか??
しかし、使者殿は第一王女をとおっしゃっておるし、聞き間違いとも思えぬが・・・』
ギルフォード陛下のことは、大陸の東端にあるこの国にまで噂は聞こえてきています。
『武神に愛された王』
『大陸の支配者』
『血を好む冷酷な銀狼王』
どれもこれも戦乱のさなかに飛び交っていたからでしょうか、とても血生臭い噂ばかり。
でも噂は噂・・・私は実際に見聞きしたことしか信じないようにしています。
噂に踊らされるのは、幻想を見るのはもう・・・嫌だから。
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ロウグロア王国の西側国境近く、そこはかつてファリア王国に占領された小国があった。
今では自治を認められ、自治区として成り立っている。
ファリア王国にはそうした自治区が多数存在していた。
その自治区の領主館に、ファリア王国第19代国王ギルフォードは滞在していた。
理由は、ロウグロア王国の王女を娶るためである。
「あちらの返事はまだ来ないのか?」
「どうやら、我が国の申し出にひどく驚かれているようです。
それも、陛下と年の釣り合う第5王女や第6王女ではなく、なぜ第1王女なのかということで、情報の間違いではないかと混乱しているようですね。」
「親書にはちゃんと第1王女フィアナ・ララエル・ロウグロア姫を、正妃としてもらい受けたいと書かせたはずだが?」
側近であるレオンの言葉に、ギルフォードは苛立ちを隠すことなくそう告げた。
レオンにしてもギルフォードとは長い付き合いであるため、ギルフォードの苛立ちを難なく受け流し、淡々と応えていく。
「焦らすようなら滅ぼすぞと言ってやるか・・・」
「そんな脅しをされなくとも、すぐ近くまで来ているのですから、そのまま王女に陛下自ら求婚されればよろしいではないですか。
文書で求婚など遠まわしなことをされるから、誤解が生じるのではないですか?」
「この俺に跪いて求婚しろというのか・・・」
射殺さんばかりの目を向けられても、レオンは全く動じないどころか、少しばかり楽しそうに応える。
「それくらいいいではないですか。
この大陸に於いて今や誰一人逆らう者のいないであろう陛下が、ただ一人手にいれたいと思われた王女でしょう?
一人くらい陛下が跪いて頭を垂れる相手がいてもいいのではないですか?
それが愛しい王女なら、何も問題ありますまい。」
「だからお前は好かん!」
「今すぐ処刑でもされますか?」
「お前以外に誰が俺の相手を出来るというんだ!!
お前の性格は嫌いだが、お前の仕事ぶりは誰にも真似出来んから困るんだろうが!」
「お褒めの言葉として、受け取っておきましょう。」
「まぁいい・・・行くぞ!」
そういって、マントを翻してギルフォードは領主館を出て行った。
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「何かあったのかしら?」
私の自室は王宮の西棟の一番奥にあります。
そこまで聞こえて来るほど、なにやら王宮がざわついているらしいです。
そのざわつきはどうやらこちらへと、近づいているように思われました。
「見てまいりますわ。」
ニーナがそう言って扉を開けて出て行ったが、すぐさま取って返したのか慌てた様子で戻ってきた。
「ひ・・・姫さま!ファリア国王陛下がお越しです!?」
「なんですって??」
聞き間違えたのでしょうか・・・
ファリア国王その人が、私の部屋にわざわざやってくるというのです。
このような小国の姫の部屋に、大国の国王自ら足を運んでくるというのです。
そんな話は聞いたことがございません。
「もう一度言ってもらってもいいかしら?
私の聞き間違いでなければ、ファリア国王が私の部屋まで来ると聞こえたのだけど・・・」
「間違いではありません!!
ファリア国王ギルフォード陛下が、姫さまにお会いになりたいともうそこまで・・・」
ニーナがそう言うのと、扉のすぐ外で慌てふためく侍女や侍従達の声が聞こえてきました。
そして、扉を叩く音と共に入室の許可を求める声がしたのです。
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俺が自ら足を運んだことが、ロウグロア王宮では青天の霹靂だったようだ。
天地をひっくり返したような騒ぎになり、大慌てで国王に取り次ぎに走る者がいたが、俺はそれよりも第一王女に直に会いたい旨を伝えて案内させた。
これにまた侍女達が大慌てで王女の下へと走り去ったが、その後ろを案内役の侍従と共に俺とレオンも歩いていく。
突然の来訪に、城中大騒ぎだったが俺には関係ない話だ。
さっさと返事をよこさないほうが悪いのだ。
「陛下が脅すから、城中大変な騒ぎですねこれは。」
「知るか!
俺は結婚の申し出の返事を貰い受けに来ただけだ。」
「それはそうですけどね。
前触れもなくいきなり訪問すれば、そりゃ驚くでしょうよ。」
「自分で行けと言ったのはお前だろうが!」
淡々というレオンにイライラとして言い返すが、シレッと受け流されて余計に腹が立つ。
そんなことを言いながら歩いていたら、どうやら目的の部屋に着いたようだ。
「フィアナ様、ファリア国王ギルフォード陛下がお越しでございます。」
侍従の取次ぎの声に、少し間を置いてから中から扉が開かれた。
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間近で見たファリア国王は、輝く銀の髪を短く刈り上げ、精悍な顔つきで武人らしくとても逞しい体つきをされたお方でした。
そして鋭く光り輝く朱金の瞳に見つめられたまま、私はゆったりと淑女の礼を取りました。
「着替えが間に合わず、このような様相でのご対面ご無礼いたします。
ロウグロア王国第一王女、フィアナ・ララエル・ロウグロアにございます。
ギルフォード陛下にはご機嫌麗しく。」
「顔を上げて構わん。」
陛下の言葉に私はゆっくりを顔を上げました。
そして再び、燃えるような朱金の瞳に見つめられていることに、いたたまれなくなってしまいます。
「私の自室ですので至らぬこともありましょうが、お掛けくださいませ。
ニーナ、陛下にお茶を。」
「はい。」
気が利くニーナは、陛下が部屋に来ることがわかった時点で既にお茶の準備は済んでいたようで、すぐさまソファに座った陛下の目の前に温かなお茶をお出しできました。
「こちらからの申し出について、返事を貰い受けにきた。」
一口お茶を啜ってから、陛下はそうおっしゃいました。
わかっていたことではございますが、驚きは隠しきれません。
「失礼ながら申し上げますが・・・親書の内容には、間違いがないということでございましょうか?」
「内容を書き間違えた覚えはない。
そちらの文官が我が国の言語に明るくなく、読み間違いでもしていない限り【第一王女フィアナ・ララエル・ロウグロア姫】で間違いはない。」
「私自身の目で確かめましたが、確かに私の名前が書かれておりました。
なぜ私なのかとお聞きしてもよろしいでしょうか?」
なぜ陛下よりも年上の嫁き遅れの王女なのか・・・と心の中で呟きました。
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俺を目の前にしても、彼女はやはりまったく動じる素振りを見せない。
世間では【銀狼王】と呼ばれ恐れられてるであろうはずの俺なのに・・・だ。
それは、5年前と全く変わらない毅然とした姿だ。
俺が一目惚れした、5年前と変わらないその姿がすぐ目の前にあった。
俺は思わず頬が緩むのを隠し切れなかったようだ。
レオンが呆れたような目を向けている。
「一目惚れ・・・と言えば信じるか?」
「一目惚れ・・・でございますか?
陛下とお会いしたことがございましたでしょうか?」
俺の言葉が信じられないのか、首を傾げてそう言い返してくる。
どうやら彼女は5年前のことは覚えていないらしい。
まぁ仕方ないことだろう。
あの混乱の最中、ほんの一瞬目が合っただけに過ぎないのだから・・・
それでも俺は彼女が欲しいと思った。
その一瞬で彼女は俺の心を奪い去ったのだ。
「覚えていないなら別にそれで構わん。
だが俺が妃に欲しいと思うのは、後にも先にもあなただけだ。
返事をいただけるか?」
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陛下は私に一目惚れしたというのです。
でも私には陛下と会った記憶がありません。
こんなに印象深い方と会っていたなら、忘れられるわけがないと思うのに・・・こんなにきれいな銀の髪と燃えるような朱金の瞳の方に。
ですが、私を妃にと望まれるのでしたら、私にも一つ願いがありました。
幼い頃に夢見た願いです。
きっともう適わないと思っていた願いですが、口に出してしまって適わなかったとしても、所詮幼い頃の夢です。
「お答えする前に一つお願いがあるのですが、お聞きいただけますか?」
「内容によるが、聞こう。」
「ありがとうございます。
私の願いを適えて下さるかどうかは、陛下のお心次第で結構です。」
「それで願いとは?」
私を真っ直ぐに見つめて陛下はそう問い返しました。
そんな陛下の燃える瞳を見つめ返し、私は自分の願いを口にしました。
「親書ではなく、陛下自身のお声で私に求婚してくださいますか?」
と・・・
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彼女の願いならなんだって適えてやろうと思った自分がいたことに、俺は驚きが隠せない。
だがそんな様子を微塵も表に出さず、彼女の願いを聞き返した。
金でも服でも宝石でも、国さえ欲しいというなら適えてやろう。
俺は内心でそう思っていた。
そんな俺に彼女が言った願いは、俺の口から直接の求婚だそうだ。
「適えてくださいますか?」
微笑みを浮かべたまま首を傾げる彼女に、俺は笑いが抑えきれなかった。
「くくっ・・・ハッハッハッ・・・この俺に跪いて求婚しろと、面と向かって言えるその度胸。
さすがは俺が惚れた女だけはある。
そして他には何も望まないのか?
金でも服でも宝石でも、国さえそなたのためになら手に入れてみせるものを!」
「他には何も望みは致しません。
私が望むものは、私を本心から欲してくださる陛下のお言葉だけでございます。
それとも、陛下にとっては私に求婚の言葉を下さるほうが、国を手に入れることよりも難しいことでしょうか?」
他の者が口にしたならば、その場で命さえも落としかねない言葉だっただろう。
それほど、普段の俺からすれば気に食わない言葉の数々だ。
それでも彼女の口から出てきたならば、全て許してしまえるとは・・・俺も随分と堕ちたものだ。
「そなただけだ。この世で俺を跪かせることが出来るのも、懇願させることが出来るのも。」
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私の言葉に陛下は気分を害されることもなく、どこか楽しそうに笑っていらっしゃいました。
周りに控えていた侍女や側近の方は、私の言葉に青褪めておいででしたが、私は願いがかなわずとも別に構わなかったのです。
私はただ、求婚されてみたかっただけ・・・
私を本心から妃にと望んでくださる方から、心からの言葉を欲しいと願っただけ・・・
それが幼い頃に私が夢見ていたこと。
女王になってこの国のために政略結婚するのだろうと思った日から、適うはずがないと思っていた願い。
弟王子が産まれてからは、嫁ぎ先を探すことのほうが難しい状況の中で、適うことがありえなくなってしまった願い。
それを適えてくださるというのなら、私はこの方の妃となってこの方を支えて参りましょう。
陛下はひとしきり笑ったあと、私だけが陛下に対して全てが許されるとおっしゃいました。
そしておもむろにソファから立ち上がると、向かい側に座る私の手を取って立ち上がらせました。
そのまま、テーブルの脇に私を移動させて私の前に跪かれます。
左手を胸にあて、右手で私の左手を恭しく持ち上げて懇願するように口付けられます。
そして・・・
「我が愛しのフィアナ・ララエル・ロウグロア姫よ。
この私、ギルフォード・ヴィルマイル・ファリアと結婚していただけますか?」
とおっしゃられました。
その瞳は優しい炎のように朱金に輝き、私を見つめておられます。
「はい、喜んでお受け致します。」
私はその言葉に満足して、微笑んで応えました。
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彼女は俺の求婚にすぐさま応えてくれたが、この一瞬がとてつもなく長く感じられた。
そして彼女の答えに歓喜する心を抑えきれず、俺はそのまま彼女を自分の胸に抱きしめていた。
「あの・・・陛下。」
「やっと手に入れた。
あなたは俺のものだ。」
「はい・・・ですが、あの・・・少し離していただけると・・・」
「なぜ?」
俺の胸から必死に顔を上に向かせている姿は、全く年上に見えない。
とても愛らしい顔を羞恥に赤く染めている姿は、とてもそそられる。
今すぐ全てを俺のものにしたい衝動に駆られるが、さすがにそれは少し気が引けた。
「皆が見ておりますし・・・このお話をお受けすることをまずは父にも伝えませんと・・・」
彼女の言葉に仕方ないとばかりにレオンに声を掛ける。
レオンは心得たとばかりに、周りにいた侍女達も伴って外へと出て行った。
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陛下の言葉で、部屋に控えていた侍女達まで全て出て行ってしまいました。
どうしましょう・・・二人っきりになるなどとは考えてもいませんでした。
いえ、夫婦となるのですから婚儀の後はもちろん契りも交わすのは理解しています。
理解していますが・・・それと心の準備が出来ていない今の状況とは話が違うのです。
好意を向けられるのはとてもうれしいことですが、私自身まだ陛下に対して嫁ぐ相手としての思いしかありません。
それが突然二人きりなど、どうすればいいのでしょうか・・・
「やっと手に入れたんだから、少しくらいは二人きりの時間を貰ってもいいだろう。」
「あの・・・やっと、とは?」
「覚えていないようだが、俺が一目惚れしたのは5年前の国境の街でのことだ。
争乱の最中、同盟国のあなたは王族として街に慰問にきていた。
俺は国境での戦闘で一軍の指揮を取っていて、負傷兵の様子を見に来ていた。」
「あっ・・・左腕を負傷しているのに、手当てもしないで兵士に指示をしていた少年指揮官?
でも、あの時の彼の髪は銀色では・・・」
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5年前、国境戦の負傷兵を手当てするために街に救護施設を作らせて、そこに慰問という形で私が訪れていた。
戦闘には加われなくても、手当ての手伝いくらいはしたかったのだ。
ファリア王国の同盟国として、敵対国との戦争に加わり傷つく兵士達。
そんな彼らにせめて手厚い看護をと思い訪れていた。
その慰問中に負傷兵の様子を見ながら指示を出していた少年指揮官に気づいた。
彼の左腕から血が滲んでいたからだ。
「あなたも怪我しているではありませんか!
すぐに手当てを!!」
そう言って右腕を掴んだ私に振り返った彼の瞳は、燃えるような朱金で、髪の色は青灰色でした。
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「あの頃の俺の髪はまだ青灰色で、成長と共に銀色になった。
おかげで今では俺は【銀狼王】と敗戦国では恐れられている。
その時だ、俺があなたに一目惚れしたのは。」
「でも、目が合ったのはほんの一瞬で、すぐにあなたは医師に手当てをされるために天幕を出て行かれたではありませんか。」
「そう、その一瞬で俺はあなたに心を奪われたんだ。
誰も気づかなかった俺の傷に気づき、誰もが恐れた俺の瞳を真正面から見ても動揺さえせずにいた。」
「とてもきれいな瞳だと思いました。」
まだ胸に抱きしめられてはいるが、腕の力は緩めてくださったので楽に顔を伺えます。
あのときも、今もこの方の瞳はとてもきれいな色だと思います。
「炎と同じ、優しい色であり、激しい色であり、人を惹きつけてやまぬきれいな輝きだと思います。」
「俺の瞳を見てそういうのはあなたくらいだろう。
だからこそ、俺はあなたが欲しかったのかもしれん。
あの一瞬で俺の心を掴みとり、今また俺の心を奪い去る。
そんなあなたの心はどうやったら奪えるのか教えて欲しいものだ。」
「あなたに嫁ぐことは決まったのです。
どうぞいくらでも、私の心は奪ってくださいませ。」
微笑んで私がそういうと、陛下は口角を上げて笑った。
「そうだな、いくらでも時間がある。
あなたの全てを奪ってみせよう。
まずは、今目の前にあるモノからだな。」
そう言って、私の顎を持ち上げて口付けされました。
「ん・・・はっ・・・ぁん・・・」
何度も角度を変えて落ちてくる口付けは、どんどん深いものになり、私を翻弄してしまいます。
息苦しくて、陛下の胸を両腕で押してみますが、鍛え抜かれた陛下の身体はびくともしません。
そのうち私の意識は朦朧としてしまいました。
「今日はこのくらいにしておこう。
これ以上は我慢できなくなりそうなんでな。
婚儀の日を楽しみにしている。」
そうして、私は2ヵ月後正式にファリア王家へと嫁ぎました。
盛大な婚儀の後、陛下が私を寝室から1週間あまりだしてくれなかったのは、内緒のお話でございます。
読んでいただきありがとうございます。
もっとギルフォード陛下には砂吐くセリフとか言わせる予定が、なんか性格違っちゃいました。
お話はやっぱり生き物なので、書き出してみると違うものに出来上がりますね。
でもまぁ、ギルフォード陛下はフィアナを溺愛しまくりです。