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異の中の蛙、大界を知らず

作者: 彩灯

現代――これを読んでいるあなたにとっての現代は、恐らく平成とか呼ばれていた時代なのだろうが。そんな昔のことは、まぁどうでもいい――人類はある意味では進化を極めていると言ってもいいのかもしれない。


昔の人が考えていた未来の姿とはどんなものだったのだろう。

『現代っ子』であるところの私にとってはそれは想像もできない。創造はされているだろうけど。

車が空を飛び、タイムマシンができている。

そんな世界を誰もが願ったかもしれない。

でもそれは、私にとっては100年とか200年とか昔の、有り体に言ってひいじいちゃんから聞かされた昔話でしかない。


この文章も大学で課題として出されたただのレポートでしかなく、あなたたちが言うタイムマシンとやらで、平成という時代に送ってみた一学生の駄文だ。

だからまぁ、そういう意味ではあなた達の未来は実現している。


だけどそれはあくまで『あなたたちの未来』でしかない。

地球の歴史はそこから遥かに進み、人類の栄華も止まるところを知らなかった。

簡単にまとめると、あなたたちのひいひいひいひいひい孫くらいの頃には未だに空飛ぶ車に乗ってるなんてどこの貧乏人なんだって話。


話を戻そう。

人類は確かにこの時代で、進化を極めた。

なんたって、母親のお腹から産み落とされたその瞬間、産声を上げるのではなくて言葉を喋るようになったのだから。


「ウェーイwwwwゆーてワンチャンあるっしょwwwwwwww」


――error 401 映像ファイルが破損しています――


恥ずかしながら、20年前の私の姿だ。

平成では確か、ドラエモンとかいうマンガが大衆娯楽として盛んに扱われていたようだが、それに出てくるタイムテレビが近いだろうか。

私達の時代には、自分の過去を映像化して閲覧することができる機械がある。

併せて、そちらの時代で使われていたgifという形式のファイルで転送しているのだが、エラーなど吐いていたら申し訳ない。

いくら技術が進歩したとはいえ、さすがにこうも昔の技術に合わせるのは難しい。


とにかく、赤子の頃の私が病院で分娩される様子が映っている。


「3.14159265359」

「静けさや 巖に染み入る 蝉の声」

「Nice to meet you.Have a nice day!」


――error 401 映像ファイルが破損しています――


同じ部屋に置かれている、隣や正面の分娩器から聞こえる声だ。

誰も彼も皆当たり前に言葉を発している。


「それなwwww」


この映像は久しぶりに見るが、やはりどう見ても私だけ低能っぷりが露呈している。

これでは山に捨てられるのも当然か。

いや、ただ一つだけ不満を口にさせてもらえるのなら、親が低能だったのだろう。

今時こんな”産声”を上げるのは10万人に1人もいない。

私の両親はこの頭の悪さで一体どうやって一人の子を作るまで生きていけたのだろう。この時代に。


私は生まれて二週間ほどで両親に捨てられた。

退院し、これから暖かい家庭を築くであろうその家に帰る道すがら、山に捨てられた。

当然記憶はない。あるのは記録だけだ。


いくら未来と言えど、発展するのはやはり東京とその周辺。

私が産まれた田舎のような場所には、未開拓の土地は少なくなかった。

長距離瞬間移動装置カタパルトすら設置されてない山の奥。

一歩間違えれば、私を捨てに来たこの両親が遭難しかねない山奥に、私は毛布ひとつにくるまれて置いていかれてしまったのだ。


ああ、見えるだろうか。

望まぬ命を産み落とし、その姿に一瞥もくれず姿を消すあの外道どもが。


「マジすかwwww放置プレイっすかwwwwwwww退院初日からキツイっすわーwwwww」


――error 401 映像ファイルが破損しています――


ついに私は一人になってしまった。


いくら言葉を発せるとは言っても、よちよち歩きもできない0歳児。

それはもう死を待つしかなかった。

死を待てなかったから、待ちたくなかったから、私は力の限り声を出した。


「ワンチャンあるってwwwwwwww俺がこんな運わりぃ訳ないっしょwwww」

「まだトータルで勝ってるからwwwwwwww二週間病院で飯食えたって実績あっからwwww」

「いやいやマジでwwwwwwwwこれ遠隔っしょwwww」

「ここで赤保留引けば勝てるべwwwwwwww」


――error 401 映像ファイルが破損しています――


この映像、初めて見たときは自分の発している言葉の意味が全く分からなかった。

今ようやく理解した。

パチンコだ。

私の両親はどうやらパチンカスだったようだ。


「っべー……まじっべーわこれ……」

「え?いや、全然焦ってねぇから。病院での生活に比べたらめっちゃぬるいから」

「いやいや、全然寒くねぇよ?でも虫刺されとか気にするタイプだから、毛布しっかり巻いとくわ」

「あーつれーわー昨日二時間しか寝てねーからなー。ねみーわー」


――error 401 映像ファイルが破損しています――


それゃそうだ。

こんな赤ん坊が外に放り出されて何時間も経てば、体温は下がるしどうしようもない眠気も襲ってくる。

エベレストにでも登ってるようなものだ。

我ながら、よく死ななかったと思う。

やっぱワンチャンあったんだろうなぁ。


「今どきそっだな言葉ば喋るやづ、おらぁ見だこどねぇっちゃ」

「ぱねえwwwwwwww俺マジ本田圭佑なんだけどwwwwwwww持ってるwwww」

「かーぁっ!やんだちゃやんだちゃ!わげなもんの言葉あで、さっぱりわからねなさげ」「日本人なら日本語喋れよばあさんwwwwwwwwマジウケるんだけどwwww」


――error 401 映像ファイルが破損しています――


一応断っておくが、音声ファイルが壊れている訳でもないし、ここは日本だ。

今の時代、この二人の会話は通訳がいないと一般には伝わらないだろう。


なにはともあれ、この老婆が俺を助けてくれた張本人。命の恩人だ。


-----------------------------------------------------------------------------------------


「ほれ、おどなすぐしてろず」

「うっせえばばあwwwwww」


「いうごと聞がねど、メシかせでやらねがらな」

「ウェーイwwサーセンwwwwww」


「ほーれ、どさ行ったなやー?」

「ウサギ狩ってきたぜー!食おうぜ!」


「いやぁ、冬は毎年寒いちゃぁ」

「ほら、これ着とけよ……」


「今日メシ食ったっけがー?」

「さっき食べたよばあちゃん」


「……………………」

「ありがとう、ばあちゃん」


――error 401 映像ファイルが破損しています――


私はいつしかこの人を自分の祖母として慕うようになっていた。

正確な長さはわからない。16年だか17年だか18年だかわからない。

とにかくそのくらいの年月、私はこの人と共に生きてきた。


私はばあちゃんのおかげで”真人間”になることができた。

両親のような人間にならずに済んだ。


山奥の生活で教育とか躾なんてらしいものは、恐らく他の同年代の普通の生活を享受してきた人達に比べればされていないだろう。

ただ毎日必死に生きていた。


ばあちゃんの骸を根城にしていた横穴へ埋め、生まれて初めて下山を試みた。

なんてことは無い。

私が山に捨てられてから少なくとも15年は経っている。

毎日水を汲みに行っていた小川を越えて、三日に一度薪を拾いに出向いていた広場を抜けて、一週間に一度熊や兎の死体がないかと漁りに行った枯れ葉の積もる丘を脇目に少しだけ進むと、カタパルトが設置されていた。


ただ、カタパルトに乗った瞬間に激しく後悔した。

過疎地域に設置されているカタパルトなら、その繋がっている先は十中八九市街だろう。

ボロ布一枚だけを纏った私の姿は、周りの人から見ればそれはもう不審者とか変質者って言葉が相応しいものだったろう。


「うわ……見てあれ………………」

「なんか匂わない……?」

「近づいちゃダメよ!」


「初めて行くところは図書館って決めてたけど、これは参ったな」


――error 401 映像ファイルが破損しています――


ばあちゃんから聞いて世の中の様子はある程度わかっていたつもりだった。

それに我々には生まれながらにしてある程度の知識や知能が備わっている。

だからこれは私の見通しが甘かったと言うしかない。

こんなに小奇麗な服を着て、髭を剃って、堂々と街を歩くのが人間という種族なのだと知らなかった。


-----------------------------------------------------------------------------------------


さて、ここまでが私の出生の過程である。

いかがなものだろう。こんな話はあなたがたの言うテレビドラマの中でしかありえない物語だろうか。


不幸中の幸いだろうかこの時代にはホームレスというものがいない。

質素なものではあるが、政府の管理の下に住むべき場所が与えられている。


そのことに気づくのに図書館で何冊かの本を読むことにはなったが。


とにかく、住むところを得た私は、目標としていた大学入学のための試験勉強を始めたのであった。


およそ二年と半年かけて、決して有名所ではないがこのこの片田舎の大学に入学することができた。

そして、今このレポートをあなた方に向けて転送しているというわけだ。


大学に入りたいと思ったのも、こういったタイムマシンやタイムテレビなんかを自由に使える場であるからである。

このタイムテレビ――正直このダサい名称を使うのにも抵抗があるのだが――自分の過去以外の過去を見ることも可能である。


私が見たかったのは自分の血を遡った者の過去。

そしてそれに該当する者をようやく見つけた。

その者はどうやら平成の世にいるらしい。


はじめまして、ご先祖様。


タイムパラドックスというものが存在するようですが、今の私は幾分冷静さを失っているのでそれを考慮に入れずに行動に移します。

私は低脳な――ばあちゃんのおかげでマシになった部分もありますが――自分も自分を産んだ親も、そのまた親も……自分の血が全て憎いのです。

あなたが死ねば、私が生まれることもなくなるでしょう。

私が生まれない世界が存在するのであれば、ばあちゃんが老いたからといって家族に捨てられることのない世界になるかもしれません。


だから俺とばあちゃんの為に死んでください。


急にこんなことを言ってごめんなさい。

でも、もう逃げるのには遅いです。


このレポートには爆弾が仕組まれていて、既にタイマーが起動しています。


ゆーてワンチャンあるっしょとか思ってんすか?

ねーよ。バーカ。

お前みたいな努力も善行もしてこなかった奴にはワンチャンなんてやってこないんだよ。

やっぱり自分の血はどれだけ薄めても性根が腐ってるんだな。


今日も既存の論文からレポートをパクろうとしやがって……

さようなら。

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― 新着の感想 ―
[良い点] ぶっとんだ発想で書ききったところ。この後、爆弾なんて過去に送れないようにされているのは当然だと笑われてとっつかまる様子を想像しました。 [一言] 円周率って何桁言えてもバカはバカなんですよ…
2014/10/05 16:23 退会済み
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