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呪われし聖剣と悪魔の目  作者: サトム
1章 黒衣の剣士と森の治療師
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第3話

 凶悪な咆吼が辺りに響き渡り、森から真っ黒い魔物が現れる。片手を着きながら吹き飛ばされた身体を両足で踏ん張って止めたクオンは、土埃を上げながら地面を蹴って魔物へと飛んだ。白銀の刃が魔物の身体を滑り、黒い影が交差すると魔物はギロリとファネリアを視界に入れる。

 同じ黒い狼だというのに、昨夜のクオンとは似ても似つかない姿を見返す。体色は黒なのにどこかべたつく印象を与え、まったく違うのはその目の色だろう。クオンの透き通った紅とは対照的な濁ったどす黒い赤に、どこをどう間違えたら昨夜の獣が魔物に見えるのだろうと妖精族の先入観にファネリアは頭を抱えた。


「手強いな」


 クオンが小さく呟く。口調から彼が昨夜の怪我を恐れていない事が窺えるが、何かが足りないような気がしてファネリアは腕の中の剣を見下ろした。

 魔物の足が止まったことで妖精族の矢が一斉に飛来する。急所を隠す魔物の体質のため、突き刺さってもさほどダメージを与えてはいないようだが、魔物の足を引き続き止める効果はあるようだ。


「この剣は使えないのですか?」


 低級の魔物なら一発で消し飛ぶほどの聖なる力を持つ剣を腕に抱いたまま問うと、呼吸を整えるために立ち止まっていたクオンがこちらを見ながら小さく呟く。


「俺では抜けない」


 その一言でファネリアは呪いの効力を理解した。強烈な聖なる気を閉じこめるには膨大な魔力と技術が必要だが、蔦を模した穴の空いた鞘は聖の気を逃がしながら、剣としての能力を封じているのだろう。気配だけで魔物を寄せ付けないからこそ、クオンはファネリアにこれを渡したのだ。

 戦いが再開され、クオンの剣は魔物に届くもののあまり効いている様子がない。悪意も憎悪も今まで見た魔物とは桁違いの強さに、ファネリアの視界が揺れ始める。


「ちっ」


 クオンを掠めた爪が彼の左腕の肉を薄くはぎ取り、血臭に魔物の目が輝き始めた。


「クオンさん!」


「動くな!」


 飛ばされた声はまだ戦う意志を失ってはいないものの、攻撃が効かなければ時間の問題だ。だがクオンの戦う者特有の強さを秘めた紅い目が魔物を睨み、唇が楽しそうに笑みを浮かべた。


「久しぶりに骨のある魔物と出会ったな」


 そう言って小さく呟きながらロングソードに指を這わせると、刀身が透き通った紅い炎に包まれた。そのまま威嚇ついでに軽く振り下ろして間合いを取る。軽く触れたのか、今まで変化のなかった魔物の身体が焦げた匂いを辺りに漂わせた。


「グゥゥゥゥ」


 それまでとは違った動きを見せる魔物。頭を低くし音を立てず足を運ぶ様子は、まるで獲物を狙う肉食獣だ。気配すら希薄なその動きに、これがこの魔物の特殊能力なのだと理解する。

 魔物は生き物を殺すだけで強くなる。ある程度強くなると魔物ハンターや騎士団が討伐するのだが、目の前の魔物はこの特殊能力を使ってうまく逃れていたのだろう。

 飛び込むクオンが縦切りから身体を回転させてフェイントをつくと焦げた匂いがきつくなった。

 ファネリアは震える足をなんとか動かして少しずつクオンに近付く。目にはクオンの腕に絡みつく紫の霧が見え、毒が彼の身体を蝕んでいるのが判っていた。

 魔物の傷が増え弱ってはきているのだが、同じように毒に犯されているクオンの動きも鈍くなっていく。このままでは先に体力の尽きた方が死に至る。そしてクオンは昨夜のダメージが抜けきっていないのだ。


「どうすれば・・・」


 抱きしめていた剣をもう一度見つめる。緻密に編み上げられた呪いは絡みついて取れそうもないが、ファネリアはそこに小さな綻びを見つけた。

 ここから剣を抜いて代わりのものを差し入れれば、剣を使えるかもしれない。


『お前は動く前は慎重すぎるほど熟考するのに、動き出すと脇目も振らなくなるな』


 義父親の言葉が脳裏を過ぎ、まさしくその通りだと笑いながらファネリアが剣を掲げた。小さな綻びからスルリと剣を抜く。外から見るとファネリアの抜いた鞘が生き物のように腕に絡みつき、茨の棘が身体に向かった生え、まるで拘束された罪人のようだ。


「クオンさん!」


 彼に向けて抜けた紅い聖剣を投げると、左腕から肩、首にかけて絡んでいた茨の棘が容赦なく突き刺さりファネリアは小さく呻く。


「!」


 クオンは驚いたものの即座に右手の剣を捨て、投げ渡されたソレを手にとって魔物に斬りつけた。


「ガァァァァ!」


 苦悶に震える巨体がのたうち回る。軽やかな身のこなしを取り戻したクオンは、まるで踊るように魔物の周囲を巡り斬りつけた。

 今までの苦戦が嘘のようにダメージを与えていく黒衣の剣士を見ながら、ファネリアは『悪魔の目』の能力が封じられていることに気が付く。腕に絡みつく封じの力が強すぎるのだろう。クオンの腕の毒も、魔物から発せられていた魔の気配もまったく見えなくなっていた。

 一際大きく振りかぶられた剣が紅い軌跡を残して振り下ろされると獣の首を断ち切る。転がる頭部が止まる頃、魔物の身体が黒い塵となって静かに消えていった。

 大きく息をついたクオンがゆっくり歩み寄ると、鍛え上げられた腕が長剣を地面に突き刺して座り込む。


「戻せるか?」


 低い声の問いかけに小さく肯き、突き刺した剣に茨の絡みついた左手で触れると綻びに剣を戻した。同時にファネリアの身体から紅き長剣へと茨が巻き変わる。


『水の精霊、彼の身体から忌まわしきものを取り除いて』


「俺の前に自分の手当をしたらどうだ?」


 戦闘直後の鋭さを含んだ視線に緩く首を振る。左の袖は所々血に染まってはいるが、出血は続いていない。今一刻を争うのはファネリアの腕ではなく、毒を受けたクオンなのは一目瞭然だ。


「お互い、この程度でしたら魔導を使うまでもありませんね。包帯を巻きますから腕を出して下さい」


 小屋から持ち出した医療用具で逞しい筋肉のついた腕に包帯を巻いていく。


「アイツらは?」


 クオンの問うアイツらとは、恐らく妖精族のことだろう。魔物の消滅と共に監視を残して消えた彼らの行き先など一つしかない。


「多分長老を呼びに行ったのでしょう」


 いつものことだと言うように確信を持って告げられたファネリアの言葉に、額の汗を拭った彼は面倒くさそうに唇を歪める。


「昨夜の借りは返した」


 面倒事を感じとって先手を打つクオンは今朝とは別人だ。剣士にしては大人しいと思っていたのだが、やはり助けられた手前、猫を被っていたのだろう。怪我の手当を終えたファネリアは小さく笑いながら肯く。


「ええ、充分です。私たちでは手強い相手でしたから、貴方がいてくれて助かりました」


 倒せないことはないだろうが、確実に何かしらの被害が出ただろう。医療用具を片付けるついでに、あり合わせのパンと具でサンドウィッチを作り紙に包んでクオンに渡す。


「後のことは私の問題です。どうぞ、このまま旅をお続け下さい」


 言外に彼らが戻ってくる前にここから抜け出せと助言すると、細めの眉を引き上げた黒衣の剣士が整った美貌に愉快そうな笑みを浮かべる。戦闘中のソレとも違う人間らしい反応に目を奪われたファネリアは、赤くなりながら慌てて視線を逸らした。


「そんなに急がなくてもいいだろう。森を守ってくれたのだ。私たちも彼に何か礼をしなければ」


 齢を重ねた巨木のような、芽吹いたばかりの小さな芽のような澄んだテノールがクオンの背後から聞こえたのはその時だ。腰の剣に手をかけて俊敏に振り向いたクオンと、見知った人物を見つけて顔を綻ばせるファネリア。

 そこに立っていたのは長い金の髪と若草色の双眸を持つ、目を疑うような美貌の男性だった。


「シヴィード様」


 頭を下げたファネリアに近づき、彼は傷付いた左腕を取って立ち上がらせる。


「妖精族の戦士達が手こずる魔物だったと聞いている。怪我はこれだけかな?」


 穏やかな気配に安堵しながらファネリアは小さく笑ってクオンを見た。


「彼が守ってくれました」


「そうか」


 肯いてクオンに向き直ったシヴィードと呼ばれた男性が、柔らかな春のような眼差しで黒衣の剣士に笑いかける。警戒するように腰を浮かしていた彼は、完全に立ち上がると鋭さを含んだ視線でそれを受けた。


「我が養い子を助けれくれて感謝する。私はこの森の妖精族の長老、シヴィードだ」


「借りを返しただけだ。俺はクオン。魔物ハンターをしている」


 両者の視線がぶつかり合い、長老と言うには若すぎる美貌を持ったシヴィードがクオンに近付くと何かを耳元で囁く。途端、警戒の表情から驚愕へと変えた彼に、妖精族の長老は小さく肯いた。


「これは森を守ってくれた事への礼だ。そして私はその続きも知っている」


「・・・何と引き替えればいい?」


 苦々しい口調のクオンはその圧倒的な存在感に引くことなくシヴィードを見つめた。


「ファネリアを従者にしてやってくれ」


「シヴィード様?」


 話の内容がまったく判らずにこちらを見ていたファネリアを2人が同時に見下ろす。


「彼女は元々ここを出ていくつもりだったのだ。行方しれずになっているバカ男を捜すためにね。それに・・・剣士殿にしても彼女が必要なんじゃないか?」


 チラリと視線を向けたのは、彼に背負われた意匠を凝らした抜けない聖剣。大きく息を吸って切れ長の目を瞑ったクオンがしばし沈黙する。


「扱いは従者だ。それでもいいんだな?」


 確認は同行するファネリアではなくて妖精族の長老に。自分の事であるのに完全に蚊帳の外に置かれたファネリアが首を傾げる中、人外の美貌を艶やかに咲かせて、シヴィードは承諾の意を示した。

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