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呪われし聖剣と悪魔の目  作者: サトム
1章 黒衣の剣士と森の治療師
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第2話

 小さな小屋に朝日が差し込む。小さな窓一つしかないが充分に明るい室内は、まだ静寂に満ちていた。口を小さく開き、金糸の髪を散らしながら寒さに身体を丸めた女性が、自分に注がれる静かな視線でその目を開ける。

 広げられた毛布の上で胡座をかいた姿勢でこちらを見ているのは、黒い獣ではなく、無造作に切られた黒髪と鋭利な刃物のような切れ長の紅い目を持つ浅黒い肌の男性。高い鼻と顎のラインが男らしさを醸しだし、それ以上に首から肩、胸へと続く逞しい筋肉のついた身体が、あの剣の持ち主であることを知らしめた。


「おはようございます」


 紫の目に眠気を漂わせながら起き上がる女性をじっと見つめる男性が、その体躯に似合う低い声で言葉を発する。


「お前は何者だ」


 聞く者を威圧するような迫力と不機嫌そうな言葉に、女性は臆することなく立ち上がった。


「先に朝食にしてもかまいませんか?何か口に入れないと頭が働かないんです」


 そう言って返事も待たずにフラフラと歩いていく。男の目が細められるが、まったくの無視だ。得体の知れない大きな獣を家に入れただけではなく、朝になったら獣が男になっていたというのに動揺すらしない女性が手際よく朝食を用意する。


「昨日の残り物のスープとパン、カリカリに焼いたベーコンです。よろしかったらどうぞ?」


 どこから取りだしたのか、いつの間にか新しい黒衣を纏った男性に朝食を勧めつつ、淡い金髪を揺らして女性は木でできた素朴なテーブルに着くと両手を合わせた。勧められるままに席に着いた男性が、彼を待つことなく食事を始めていた女性をじっと見つめる。


「私の名前はファネリアです。この森で治療師をしています」


 朝食を半分ほど平らげたところで、一見儚げに見える紫の目が男性に向けられた。


「貴方は昨日の狼さんですよね?傷の具合は良さそうです」


 食事の手を止めることなく問うてくるファネリアに、男性は紅い目を細め整った容貌に笑みを浮かべると目の前のパンを手に取る。


「黒色で血の目を持つ獣をなぜ助けた?魔物だとは思わなかったのか」


 この世界の負の存在である魔物は黒色、血色の目を持つモノが多い。その代わり姿形は千差万別だ。空を飛ぶモノ、地を走るモノ、その特殊能力も数えれば種類に際限がないと言われている。それ故に不審な生き物は容赦なく排除されるのがこの世界の常識だった。

 瀕死の魔物など、とどめを刺すことはあれど、助けて治療するなどあり得るはずがないのだが。


「貴方が魔物ではないと私には『見えて』いたので」


「全ての根元を見る『悪魔の目』か」


 食後のお茶を飲んでいた女性の手がピタリと止まる。初めて見せた警戒に男は余裕の笑みを崩さない。

 カップを持った女性の緩やかに流れる金髪とアメジストの瞳が震える。うなじと肌の白さが際だち、手は働く者のそれだが柔らかそうに見えた。大きめのチュニックとエプロンで体型は判らないが華奢なのは想像できる。そして薬草を扱うのか、微かに甘いいい香りが彼女から漂ってきていた。


「私を殺しますか?」


 抑揚のない声が物騒な言葉を吐き、交わる視線に男はつまらなそうに渡されたお茶を飲む。


「『見える』だけでなにが出来る」


 侮辱にも聞こえる言葉だが、ファネリアはその綺麗な顔を綻ばせた。大輪の花が咲くような彼女の笑みに、今度は男の手が止まる。


「そうですね。見えるだけです」


 嬉しそうな様子に男性は何も言うことなくお茶を飲み干して立ち上がった。


「で?外の連中は追い払っていいのか?」


 気が付けば朝の日差しの中をさえずっていた鳥の声が消え、森の中だというのに不自然な静寂に包まれている。壁際に立てかけられた優美な剣を手に取った男が無表情で見下ろし、ファネリアは慌てて立ち上がった。


「もう来ていたんですね。あの・・・昨日の傷、妖精族に付けられた訳じゃないですよね?」


 傷口を見ての確認に男は小さく肯定する。別な獣の爪の痕だとは判っていたが、友好的ではない彼らに説明する前にどうしても確認しておく事であった。


「クオンだ」


 男が名乗った。


「少し不快な思いをさせるかもしれませんが、付き合って下さいますか?」


「攻撃されれば反撃はするぞ」


「私が守ります」


 主を待つように扉の脇にたったクオンを見上げ、ファネリアはエプロンを外してドアを開けた。

 昨夜の嵐が嘘のように晴れ渡った空と、妖精の森と呼ばれるほど緑豊かな木々の間に、耳の尖った痩せた人影が見える。20人はいるだろうか。彼らは柔らかそうな白い布を身体に巻いて首や腰を革の紐で止めており、手には細身の弓を持ち、背には矢筒を背負っているのが見える。もちろん、手の弓は引き絞られ矢がピタリとこちらに向けられていた。


「お前が連れ込んだ魔物を出せ」


 ファネリアの顔を見て挨拶もなしに用件を切り出したのは、装飾を金で飾った年若そうな男だ。


「若長様。おはようございます」


 男の剣幕などどこ吹く風で優雅に頭を垂れるファネリアの足下に飛来した矢が突き刺さる。同時に背後から身も凍るような気配が吹き付けてきて、彼らの肩に留まっていた様々な鳥が一斉に飛び立った。


「ここには魔物などおりません。お疑いでしたらどうぞ、家の中をお調べ下さい」


 黒衣の男性の殺気を無視して神と見紛うほど整った容貌の妖精族を見回す。


「クオンさんも止めて下さい。お互いの誤解で悪意をぶつけ合うほど無意味なことはありませんから」


「ふん。どこの馬の骨ともつかない男を連れ込んで・・・あの方の養い子とはいえ、お前はやはり人族なのだな。だがお前が昨夜、黒い魔物を家に入れたのは知っている。どこに隠した」


 家の中を調べた仲間の視線に若長と呼ばれた青年が苛ついて一歩踏み出した。すでに百年以上生きているというのに、相変わらず人の話を聞かない人だとため息を吐いたファネリアは小さく首を振る。

 自分を嫌っている彼は、嘘を言っても、真実を話しても信じはしないだろう。何を言っても無駄なことを悟って、その場で一番小柄な身体で前を見据える。


「事情は長老様にお話しします」


「私が今、裁定を下しても構わないんだぞ」


 脅すような言葉にファネリアはまったく動じない。柔らかな風が周囲を巡り、金糸の髪が穏やかに揺れた。極度の緊張感の中、それまで静観していたクオンが視線を遮るようにファネリアを背に庇う。


「持ってろ」


 渡されたのは聖なる気配を纏った長剣。見上げると短い黒髪が気持ちよさそうに風に揺れ、逞しい背中からこちらを気遣う気配が感じられた。

 久遠は先程までは持っていなかった腰に下げた剣を抜き放ち、妖精族と対峙する。


「説明すれば判ってくれますから・・・」


「昨夜、俺を傷つけた魔物が来る」


 前に出ようとしたファネリアを左手で止め、森の更に奥を睨むクオン。視線を向けたファネリアの目には、憎悪と殺意、破壊の衝動をどす黒くまき散らしながらこちらに向かってくる魔物の影が映った。


「みんな逃げて!強大な魔物が来る!」


 森の管理者であるはずの妖精族がまったく気付く様子がないのを訝しく思いながらも注意を喚起すると同時に、ファネリアは目の前の彼の感覚の鋭さに驚いていた。自分たちにはこの森に魔物は入り込めないという先入観があったからこその油断もあるかもしれないが、見ることにかけては大陸一の能力を持つ自分より先に魔物を感知する彼の能力の高さを思い知る。

 驚いて陣形が崩れた妖精族の間をクオンが走り抜け、森の木々の間に見えなくなった。


「なんで・・・こんな所に高位の魔物が!!」


 ようやく気が付いた若長が狼狽え、妖精族の戦士数人が彼を追って森の中へと入り込むと、遠くで戦いの剣戟が聞こえてきた。


「逃げるぞ!」


「どうぞ、ご自由に」


 大股で近づいてきた若長に腕を取られながらファネリアは腕の中の優美な剣を抱きしめると、無言の抵抗だと理解した彼は忌々しげに眉を寄せる。


「死ぬつもりか」


「クオンが戦ってくれています」


 ここが家ではない彼には逃げる選択肢もあったはずなのに、何も言わずに守ってくれている。そんな彼を置いて自分が逃げるわけにはいかなかった。


「どうぞ、村の守護者としてのお立場をお忘れなきよう。私はお義父様との家を守ります」


 一歩下がり頭を下げたところで地面が震える。木々の間から黒い固まりが勢い良く飛び出し、クオンは地に降り立つと小さく舌打ちした。

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