さっちゃんは失敗すると私の頬を叩く。『罰ゲーム』をするのは私ばっかりだ……
——パチン
「ぷひょぇっ!」
「あは、あはは! メイちゃん、反応がおもしろーい!『ぷひょぇっ!』って……あはは!」
「あは、あはは……」
『罰ゲーム』に失敗すると、右の頬を引っ叩かれる。
私とさっちゃんが小学校の頃から続けている遊びだ——
「——じゃんけんポンっ!」
そう言って、さっちゃんはいつもいきなり『じゃんけん』を始める。
「あ……」
「メイちゃんの負けだねっ! じゃ、罰ゲーム!」
そして、私は驚いて『グー』を出す。さっちゃんは決まって『パー』だ。
「今回もメイちゃんの負けだねっ! 罰ゲームはどうしよっか……」
「え、あぁ、うん」
「そうだ! 次の理科の時間にさ、『ハゲの歌』流そうよっ! メイちゃんのケータイでアラームセットしてさ!」
「えぇ……檜山、また学校来なくなっちゃうよぉ?」
「いいじゃん! あのハゲ、マジでムカつくし……ありえなくない!? 今の時代! 普通に中学生のおしり叩くとか!」
「あ、あれは、セクハラだよね」
「そのくせ、鷹村の親が文句言いにきたら、『檜山先生はメンタルを崩していま休職中で……』って、どないやねん!」
「わ、わかった。私も昨日おしり触られたし……キモいよね」
「あ゛あ゛あ゛ー! 思い出すだけでイラついてきた! やったれ! メイちゃん!」
「任せてよっ。さっちゃんの仇を討ってやるからねっ! ついでに鷹村のお母さんの仇も!」
「あはは、あはははは」
「よしっ! 今度こそ『罰ゲーム』を完璧に遂行して、さっちゃんに褒めてもらうんだっ!」
……さて、どうしたものかな。
◇
——カッカッカッ
「えー、植物、動物……共に生物は、細胞と呼ばれる小さな部屋のような——」
引き戸の立て付けが悪く、隙間風が差し込む理科室の黒板に、背伸びをしながら細胞の図を描いている檜山のハゲ頭は今日も脂でテカってる。
「おしべとめしべが……ぐふっ。 あー、これはセクハラじゃないぞーっ! お母さんを呼んできたりするんじゃないぞーっ」
いつものように、下ネタなのかセクハラなのかもよくわからないような、気持ち悪いギャグを挟むハゲ。
そして、誰も笑わないと少し不機嫌になる。
鷹村さんは、バツが悪そうに下を向いている。
いつも通りの理科の授業だ。
「えー、それじゃぁ、鷹村ー。ここの空白を埋めてみろー」
「……はい。お、おしべとめしべが——」
「声が小さいなぁ。もっと大きな声は出ないのか? お前のお母さんの声はデカかったと聞いたぞ?」
「……」
鷹村さんは、完全に下を向いてしまった。このセクハラハゲは最悪だ。
……。
そろそろかな?
「ったく。モンペってのはこれだから——」
——ジャンジャカジャンジャカ♪
来た! 『罰ゲーム用』に作ったハゲの歌が流れ始めた!
——ハーゲハゲハゲ♪ なんでハゲ〜♪
——前から来るのはM字ハゲ〜♪ 頭頂部には〜バーコード♪
——テカる脂が反射して〜♪ 地球の温度がやや上がる〜♪
んん〜! さっちゃんが『ハゲの歌』って言ってたけど、よくわかんなかったから自分で作った名曲が流れ始めたぞ。
…… 昼休みの間に作ったにしては、上出来じゃない?
「な、なんだこれ。おい、誰だ! こんな悪ふざけを——」
——ドッ
「ぷっ。あは、あははは!」
「やっば! 何この歌! 地球温暖化をハゲのせいにしやがった!」
「あは、あははは、意味わかんない。何これっ」
さっちゃんが声を上げて笑うと、理科室に笑い声が響きわたる。
……。
四十人の中学生の笑い声は、『ハゲの歌』渾身の二番を簡単にかき消してしまった。
……ん〜。南極の氷が解けるところまで、聞いてもらえなかったなぁ。
ちょっと悔しかったけど、おかげで蛍光灯の上に隠した私のスマホは見つからずに済んだ。
「誰だー! くだらないイタズラをしたのはっ!」
「先生ー。どうでもいいんで授業を続けてくださーい」
お調子者のタカシが声を上げると、檜山は黙って黒板に文字を書き始めた。
……。
アハ、アハハ、ハゲ頭が赤くなってるっ! タコだっ! タコがいる!
三番……三番も考えようっ! 海水の温度が上がって、タコが茹であがっちゃうなんていいんじゃない?
そんなことを考えていたら、さっちゃんと目があった。
ニコニコ笑ってこっちを見てる。
さっちゃんと目があうと、私も笑ってしまう。
さっちゃんが鷹村さんの方に視線をやった。
鷹村さんも笑ってる。
ふふ。
檜山のハゲ頭は真っ赤だし、鷹村さんも笑ってる。
私のスマホも没収されなかったし……今回の『罰ゲーム』は、だいぶうまくいったんじゃないかな?
◇
——パチン
「ぶるぁあああ!?」
「あは、あはは! メイちゃん、『ぶるぁあああ!?』って……あはは! 女子中学生が出す声じゃないよぉ?」
「あは、あはは……。さっちゃん。今回は割とうまくやったと思うんだけど……」
解せぬ。解せぬなあ?
さて、今日のさっちゃんはどんな言いがかりをつけてくるのだろうか。
「メイちゃん! 今回の罰ゲームは『ハゲの歌』だよっ! あれ、二番はハゲの歌というよりも、地球温暖化の歌じゃなかった?」
「あ……あぁ、さっちゃん、聞こえてたんだね。私、みんなの笑い声で聞こえなかったよ」
さっちゃん……二番……聞いてくれてたんだ……。
確かに、言われてみれば二番は『ハゲの歌』というより、『地球温暖化で南極の氷が溶け始めて、世界が少しずつ沈んでいく』そんなテーマだった——
「——じゃんけんポンっ!」
そう言って、さっちゃんはいつもいきなり『じゃんけん』を始める。
「あ……」
「メイちゃんの負けだねっ! じゃ、罰ゲーム!」
そして、私はワザと『グー』を出す。さっちゃんは決まって『パー』だ。
「今回もメイちゃんの負けだねっ! 罰ゲームはどうしよっか……」
「え、ああ、うん。今度こそ、お題ミスには気をつけなきゃ」
「それじゃあ——」
あぁ、今日もさっちゃんは可愛いなあ……。
ちっちゃい体、ちっちゃい顔、ぱっちり二重のおっきい目。
初めて会った時から、大好きなさっちゃん。
私が変な声をだすと、甲高い声で笑うさっちゃんの声が聞きたくて——
私が『罰ゲーム』に失敗すると、頬を叩くちっちゃい手が可愛くて——
叩いた後、少しだけ見せる「大丈夫かな?」って心配する顔が見たくて——
私は今日も、偽物の……アホな私を魅せつける——
「——ねえ、メイちゃん! 聞いてる?」
「え、ああ、うん。校長室の椅子を……なんだっけ?」
「もー! メイちゃんはちゃんと人の話を聞かないんだからー! 校長室の椅子を赤から黄色に塗り替えるってのはどう?」
「赤から黄色かー。なかなか大掛かりな仕事になりそうだね」
「ふんっ! あの校長、仕事もろくにしないで朝礼が長いのよ! おかげで足が疲れちゃったわ! そのくせ一人で立派な椅子に座って、ずるいと思わない?」
「え、あ、そうだね。それは許せないね!」
「そうでしょー! ふふ。そしたら、『罰ゲーム』開始ね♪」
「困ったなー。どうしようかなー」
ふふ。あの赤い立派な椅子を、黄色にするのかー。さて、どうしたものか。
話の長い校長め。よくもさっちゃんの細くて可愛い足を棒にしたな?
……。
それは許せないね。
ん〜。よし、オレンジの絵の具……ペンキ……フェルト素材……ンンン〜どれがいいかなぁ。
そういえば、パパの靴磨きがオレンジだった気がする。赤いレザーにオレンジの靴磨きで……変色させれば……。
ふふふ。
完璧——
「メイちゃん」
「ん? どうしたの? 鷹村さん」
「さっき、ありがと」
「え? 何が?」
「あの、理科室で……」
「え、あたしじゃないよ?」
「でも、あの歌……メイちゃんの声だったよね」
「……あはっ」
「いつもありがと」
「あ、あは、ふふ」
「今日も、お願いしていい?」
「……」
——パシン
少し赤くなった頬を押さえながら、涙目で私を見つめる鷹村さん。
まったく……鷹村さんも可愛いなあ。
ふふふ。
あはは。
えへへ。
おほほ。
……。
——了




