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ヒロインはもういない   ~転生して五年、マンガの世界だと気づいたけど詰んでるかもしれない~

作者: くま
掲載日:2026/04/04

まず言い訳をさせてくれ。

 前世の記憶が戻ったのは十歳のときだ。


「ここ、もしかして原作ありの世界じゃね?」


そう思ったことは、一度や二度じゃない。

 だが、この世界には“決定的な要素”がなかった。


トラックに跳ねられた後に神様に会った記憶もなけりゃ、チート能力を選んだ覚えもない。魔法陣で召喚されたわけでもなく、ただ「気づいたらスラムのガキに記憶が混ざっていた」だけの、ドラマ性のかけらもない乗り移り転生。


数多の転生モノを読んできた俺にとって、それは可能性の一つに過ぎなかった。


街並みはそれっぽい剣と魔法のファンタジーだが、決定的な要素がない。

 偉大なる航路(グランドライン)や悪魔の実、あるいは「グルメ時代」と聞けば、あの世界だと分かる。だが、ここにはそういう固有の象徴がなかった。


要するに、判断材料が少なすぎたんだ。


俺はスラムのガキだ。知識なんてほぼゼロ。

 名前はルーク。黒髪に白メッシュ、緑の目。


……だが、そんな見た目の奴はこの街に何人かいたし、鏡なんて高級品、このスラムにゃほとんどねぇ。

 国名? 地名? 知るわけねぇだろ。

 魔術の専門用語? 貴族様に教えを乞うなんて、機嫌次第で首が飛ぶロシアンルーレットだ。そんな命懸けのギャンブル、やりたくねぇ。

 

 転生特典も、チートもない。

 前世一般人だった俺には、今日を生きるだけで精一杯だった。


だから――俺はここを「よくある底辺転生モノ」だと思い込んでいたんだ。


あの()()()だなんて、思うわけねぇだろ。







転生して五年。ルーク、十五歳。


「……ちっ、今日も少ねぇな」

「文句言うなら食うなよ」

「言ってねぇよ」


乾いた笑いが漏れる。

 砂と埃の味がする固いパンを齧る。いつもの日常。

 魔術? そんなもん見たこともない。貴族が使う遠い世界のお伽話。

 それが、ただのスラムのガキである俺の現実だった。


――変化は、唐突に訪れた。


「おい、聞いたか?」


飯の最中、年上のガキが話しかけてきた。

「この前、王都で罪人の公開処刑があったってよ。しかもよ、あの逃げ出した旧王家の血筋らしいぜ。名前なんつったっけな……確か――」


その瞬間、なぜだか心臓が嫌な音を立てて跳ねた。


「ソフィア……なんとかファング……」

「……ソフィア・フォン・アンファング」

「そうそれ。何だ、知ってたのか?」


思考が、止まる。


忘れるわけがない。前世で、何度も何度も叫んだ名前だ。

 最推しで、呼ぶたびにフルネームを口にしていた、あのキャラ。


「……嘘だろ」


ソフィア・フォン・アンファング。

 それは、あの漫画で――ルークのヒロイン、だろ……。







ありえない。

 裏切られ、人間不信に陥った彼女を、ルークがその圧倒的な力で奪い去り、そこから物語は動き出す。一度は離れ離れになり、再会してからも様々な困難を乗り越え――そして最後は結ばれる。物語の“メインヒロイン”なんだぞ。


確信がある。あの独特な名前、王家の生き残りという設定。

 この五年で肌に感じてきた世界観のピースが、一気に噛み合っていく。


そこまで考えて――ようやく気づいた。

 もっと致命的で、最悪な事実に。


「……待て。俺、ルークじゃねぇか」


黒髪に白メッシュ、緑の目。スラム育ち。名前も同じ。

 だが――俺は、弟子入りしてねぇ。


原作のルークは五歳のとき、ある事件で二流魔術師に拾われる。

 そこで才能を開花させ、一流の証である固有魔術に覚醒する。


その固有魔術は、【魔術喰らい】(コード・リーディング)


自身が受けた魔術を取り込み、その場で術式を知覚する能力。そこから独力で術式を理解し、同じ魔術を使うことも、打ち消すこともできる。

 固有魔術としては決して強力ではない。むしろ弱い部類だ。なぜなら、この能力の強度はルーク本人の「知能」と「精神」に完全に依存しているからだ。

 

 だが、彼は後に最強へ至る。


物語のインフレに飲み込まれ、一度目のラスボス戦で数百億年前――星すら生まれる前の時間へと飛ばされる。

 ただ一人で。

 不老となり、見た目も変わらないまま存在し続ける。

 

 やがて彼の固有魔術は、「万物は魔術である」と認識する領域にまで至る。

 その境地において、彼は森羅万象を自在に創り出し、消し去る術を得たのだ。

 

 原作者公認、最強の男。


なのに今の俺はなんだ。

 魔術の「ま」の字も知らねぇ、ただの十五歳のガキだ。


笑えない。いや、笑うしかない。


「はは……」


将来、世界最強。現段階ですら本来なら一流の魔術師であるはずの存在。

 なのに今の俺は、ただのスラムのガキだ。

 

 ――頭を抱える。現状を整理しろ。


詰み要素は三つだ。


メインヒロインが既に死亡している。

 (一応、蘇生方法はいくつか存在するが。……どれも物語終盤に登場する伝説級の手段ばかりだ)


魔術が一切使えない。

 (修行イベントを逃したせいで、固有魔術の発現すらしていない。魂が違う俺に、そもそも同じ力が宿るのか? ……いや、薄い望みではあるが、俺の固有魔術が代替として効く可能性を信じるしかないが……)


魂そのものが、本物のルークではない。


これが、決定的な絶望だ。


ルークは、あの異常な精神力で最強にまで登りつめた。

 確かに魔術の才能は、百年に一人と言われるレベルだった。

 だが、数百億年という時間の中では、そんな存在は数億人はいたはずだ。


それでもあいつが“最強”になれた理由は――才能じゃない。

 あの、狂気じみた精神力があったからだ。


脳裏に、原作の光景が浮かぶ。

 何回も世界を救った原作のルーク。


中身がただの前世一般人である俺に、あいつと同じ道が歩めるわけがない。





「……いや俺、完全に詰んでね?」



誰にも聞こえない声で、俺はそう呟いた。

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