6.戦闘と休息
左右から飛び掛かってきた二匹の狼を、クサヴェルはしゃがんで避けた。空中で思い切り鼻面をぶつけあった二匹は、それぞれ首を掻き切られて息絶える。
正面から攻めあぐねていた一匹は、眉間を一突きした。
黒い血が溢れ、それが地面を焼く。鼻を突き刺す悪臭が辺りに立ち込めた。
死体からじゅうじゅうと血が流れるのに任せ、クサヴェルは振り返る。
「どうした、襲ってこないのか」
ナタリーは囲まれていた。狼たちは斧が届かない位置で彼女を睨んでいる。
彼女の足元には、すでに体が真っ二つにされた狼が二体いた。同じ轍を踏まないよう、襲う機会を伺っているのだろう。
「あー、もったいない」
思わずクサヴェルは呟いていた。
「お腹周りは一番美味しいのに」
ナタリーと狼たちがクサヴェルを見た。それぞれが
「今ここで言うことか?」
といった顔をしている。
だがそれが合図となった。
ナタリーの真後ろにいた狼が飛び掛かる。彼女はそちらを見ずに斧を一閃。狼の体が上下に分かれた。
囲んでいた狼のうち二匹がクサヴェルに向かう。同時に飛び掛かったそれらの鼻にナイフを突き立て、痛みに怯んだ隙に脳天を刺した。
「っ!」
右足に鋭い痛みが走る。見れば、別の個体がクサヴェルに噛み付いていた。
「このっ!」
すぐにナイフを引き抜き、首を切り裂く。狼はなおも離さなかったが、やがて牙から力が抜けていった。
「終わったか」
ナタリーが声をかけてきた。
「なんだ、死んでいないのか」
と残念そうな声音であったが、クサヴェルの顔が明るくなる。
「うん、そっちは?」
「あんな小物程度に後れは取らない」
「そっか。強いなあ」
クサヴェルは感心しながら、リュックの中からロープを取り出す。
「なにをするつもりだ?」
「え? 血抜きだよ」
ナタリーにそう答えて、クサヴェルはロープを狼の後ろ脚に結んだ。
ロープを太い枝に引っかけて狼の死体を吊るすと、幹にロープを結んで落ちないようにする。重力に従って落ちる血が地面を焦がす。八匹もの狼が束になって逆さ吊りにされている様はシュールだった。
「これで、お肉を食べても毛皮に触っても大丈夫。あ、ちゃんと水で洗うよ?」
「そう言う問題ではない」
ナタリーは半眼でクサヴェルを睨んだ。
「先ほどもそうだったが、貴様、魔物の肉を食べるのか?」
「うん。だって普通の動物ってほとんどいないし、誰かの家畜を盗んだって食べきれないじゃないか」
「倫理観はどこに行ったのだと聞いているのだ。……ああいや、常識のない悪魔憑きに倫理を説くものではないな」
本当に度し難い。とぶつぶつ言っているが、クサヴェルは首をかしげるだけ。
「食べて問題ないやつだから、食料として重宝してるよ。お肉ってどこに行っても需要があるからさ。村に持っていくと喜ばれたりするんだよね」
「はあ!?」
ナタリーが初めて大声を出した。これにはクサヴェルも飛び上がる。
「え、なに?」
困惑するクサヴェルの胸ぐらをナタリーが掴んだ。
「貴様、魔物の肉を食わせたのか!? 一般市民に!?」
「え、う、うん」
「うんではない! あんな穢らわしいものを禊もせずに食べさせたというのか!?」
「えー、喜んでたよ?」
「なっ、よっ……! その村はどこだ、案内しろ!」
「覚えてないよ。あっちこっち彷徨ってたんだから」
「いいから! どっちの方角だ!?」
がくがくと揺さぶられながら、クサヴェルは指を彷徨わせる。
「えーっと……。こっち?」
「……貴様。おちょくっているのなら容赦しないぞ」
「いや本当に覚えていないんだよ。基本的に野宿、その日ぐらし。時々村に着けたら、雑用をやったり物々交換で軒下を借りる感じ」
「それで生きていけているあたり、恐ろしいほどの強運だな」
「褒めてる?」
「呆れている」
ナタリーは手を離すと、落としてしまっていた斧を拾った。
返り血の一滴もない斧は、彼女の手の中でみるみるうちに小さくなる。やがて握ったら隠せそうなほど小さくなると、それを外套にブローチとして付けた。
「おおー」
一部始終を見ていたクサヴェルが、感心した声を上げる。
「すごいね。どういう仕組み?」
「悪魔憑きには教えない」
「ちぇー。けちー」
クサヴェルは唇を尖らせながら、ナイフについた血を払って鞘に収める。
「ねえ、血抜きまでもうちょっと時間がかかるから、水を探しに行かない?」
「水まで切らしていたのか、貴様」
「ちょうど君たちに追いつく直前でなくなった。川がなかったら雪を入れておけば、溶けて飲み水にはなるよ」
クサヴェルはそう言って、森の奥へと入っていった。
「不用心だな。また魔物に出くわしたらどうする」
と言いながら、ナタリーもついていく。
「その時はまた倒すよ。俺だってそう簡単にまた死にたくないし」
クサヴェルは時々立ち止まり、耳を澄ませた。
「んー……。こっち?」
「その動物的勘はどこから来る」
「なんとなく?」
「殺すぞ、貴様」
「おお、怖い」
凄むナタリーにクサヴェルは首をすくめた。
(だが、目が笑っていないな)
それきり、会話が途絶える。
辺りには鳥の鳴き声と、静かな森のさえずり、そして二人が地面を踏みしめる音だけが広がっていた。
「ねえ、そういえば君の名前――」
「教えないぞ」
食い気味に答えられる。
「でもさっき、味方の白い人が叫んでたじゃん。ナタリー副団長って」
ちっ、とナタリーの口から舌打ちが出る。
「おれもナタリーって……」
ブローチが斧になった。クサヴェルの眼前に突き付けられる。
「もう一度その名を呼んでみろ。我が聖武具の錆にしてくれるぞ」
「それは嫌だ」
「ならば言うな」
「はーい」
クサヴェルはため息交じりに言って、森を進んだ。ナタリーもブローチに戻して後を追う。
「じゃあ俺の名前も知りたくないの?」
「悪魔憑きの名など知る必要ない」
「寂しいなー。寂しいし悲しい」
「ならば悪魔憑きになるな」
「えー、難しいこと言うなー。……おっ」
背の高い草をかき分けたクサヴェルが声を上げた。
「水発見!」
小川が流れていた。透明な水が静かに流れている。広さも深さも申し分なかった。
クサヴェルは小川の傍に膝をつくと、両手で水をすくって一気に飲んだ。
「っあー、うまい! 生き返る!」
ごくごくと水を飲むクサヴェルの川上へとナタリーも移り、静かに水を飲む。冷たいものが、火照った体を内側から冷やした。
「……ほぅ」
ナタリーが人心地つく横で、クサヴェルはリュックの中から水筒をいくつも取り出す。動物の胃を利用したものに見えた。それを沈めて水を入れる。細かい泡がいくつも吐き出された。
ナタリーはあまり考えないようにして、森を注意深く見渡す。
自然がそのまま残った森は、目を凝らすと小動物や虫が見えた。春の訪れを感じているのか、鳥の歌声が心地いい。
穏やかな空気に身を委ねていたら、ふと思い出した。
「そういえば貴様、魔物に足を噛まれていたな。傷を塞がなくていいのか?」
そう訊ねると、クサヴェルは二個目の水筒を沈めながらパッと顔を上げた。
「えっ、心配してくれているの?」
「貴様がそのまま魔物の毒で死ねばそれでいい。だが、手当をする様子も痛がる様子もなかったのが気になった。……悪魔の加護か?」
「たぶんね」
クサヴェルは水筒を引き上げて、右足首を見せる。そこは自分の血で真っ赤に染まっていた。
「洗え」
「うん」
靴を脱いで小川に足を突っ込む。つめてー、とクサヴェルが悲鳴を上げてもナタリーは無視した。
綺麗になった足首には、牙の後だろうか。等間隔にくぼみができていた。
「牙は食い込んだのか?」
「ばっちり。引き抜いたら勝手に塞がるんだ」
「では、私の聖武具は?」
「あれは攻撃が通る前に弾いた感じ?」
「……なんで首をかしげているんだ。貴様、自分の加護もまともにわかっていないのか?」
「生きていれば、そのうちわかるかなって。とりあえず体が頑丈なのはわかっているから」
楽観的に笑うクサヴェルに、ナタリーはため息しか出なかった。
「……頑丈なんてものじゃないのだがな」
「そうなの?」
クサヴェルは首をかしげたが、答える気にはなれなかった。
(答えたところで、こいつが増長するだけだしな)
不意に、後ろでペキッと枝が折れる音がした。
振り向くと、青ざめた少女がこちらに背を向けて走るところだった。
「待て!」
「えっ、は? なんで?」
ナタリーが即座に追い、慌ててクサヴェルがそれに続く。
日頃の運動量の差か、体力の差か。少女はあっという間にナタリーに追いつかれた。
「貴様、なぜ逃げる!?」
「ご、ごめんなさい!」
少女は泣きながら謝った。ナタリーの眉がわずかに寄る。
「もうないんです! ぜんぶあげたんです! だから連れて行かないで!」
「「は?」」
ナタリーとクサヴェルの口から、変な声が出た。
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