2.帰還
ぱち、と音を立ててクサヴェルは目を開けた。
冷たい地面。生暖かい空気。鼻から息を吸ったら、喉の奥で引っかかって咳き込んだ。
体が痛い。死ぬ前にあちこち折れる音と痛みがあったから、かなり痛いはず。……なのに、今痛むのは背中と胸だけ。
「……あれ?」
咳の隙間で声が出る。目の前まで手を持ってきて、握ったり開いたりする。
「……生き返った」
そう呟くと、じわじわとお腹の底から熱いものがこみ上げてきた。
ああ、本当に生き返ったんだ。
夜だから周りは真っ暗だし、崩れた壁はこっちを覗き込んでいるようで怖いし、空には星が一つも浮かんじゃいない。
けれど。
(生きなきゃ)
生きて、幸せになる。それしか、あの場所では言えなかった。
体はもうどこも痛くなかった。腕と足を動かして、クサヴェルはよろよろと立ち上がる。
「幸せになるんだ……」
祈りのように、あるいは呪いのように呟いて。
誰にも気付かれないまま、少年は歩き出した。
◆ ◆ ◆
足が、前に出なくなってきた。
水が欲しい。食べ物が欲しい。
喉が張り付いて嫌な気持ちだ。
靴の先がなにかを踏む。柔らかくて平べったい感触のそれをおそるおそる拾ってみる。
皮の袋だった。少し夜目に慣れてきて覗き込む。
なにも入っていなかった。
(……そう簡単な話じゃないか)
それでも革袋を捨てられなくて、ぎゅっと握りしめる。
すぐ後ろでがたんっ、と音がした。
飛び上がりつつ後ろを見たが、暗闇が広がるだけ。
(……誰か、いる)
心臓の音がドッドッドッと大きくなる。
人がいる。自分以外の誰か。
それは――怖い。
血が冷たくなっていく。
クサヴェルは音と逆方向へ走り出した。
疲れたとか関係ない。とにかく、遠くへ逃げなければ。
「あっ」
角を曲がろうとして、壁に肩をぶつける。
脆くなっていた壁が音を立てて崩れ落ちた。
「……う」
土埃が舞う中、クサヴェルは咳き込む。
「……痛く、ない」
おかしい。壁は石でできていて、たしかに重かったし衝撃もあった。
なのに、どうして無傷でいられるのだろう。
呆然とするクサヴェルの耳に、足音が近づいてきていた。
――一人分ではなかった。
「あ? ガキか」
声が降ってきた。腕を乱暴に掴まれる。
「わっ」
「さっき、そこでドカンとやったの、お前だろ?」
「あーあー、よくも俺たちの家を壊してくれたなあ?」
「ベンショーしてもらわないとな」
二人の男がニタニタと笑う。
「とりあえず、これはボッシューな」
有無を言わさず、革袋を取り上げられた。すぐに相方に投げられ、袋の中を見られる。
男の顔が歪んだ。
「……おい、なんもねえぞ」
「はあ?」
もう一人の顔も歪んだ。
「てめえ、金持ちなふりしてんじゃねーぞっ!!」
ゴッ、と衝撃が顔の左側に広がった。目がチカチカする。殴られたと気付いたのは、瓦礫の上に叩きつけられた後だった。
「カネ持ってねえなら生きてんじゃねえよ、ゴミがっ!!」
二人がかりで蹴られる。体重の乗った蹴りで息が詰まる。せめて頭とお腹は守らないとと、両手で頭を抱えて丸くなった。
何度も何度も蹴られて、頭を踏みつけられる。
「これに懲りたら、二度と変な真似すんじゃねー……ぞっ!」
頭を守っている手に、強烈な衝撃が走った。
――鈍い音がした。
男が舌打ちする。
「……ちっ、なんだ今の」
「どうした?」
「なんでもねえ。行くぞ」
男たちはなにか話しながら去っていく。
その話し声が聞こえなくなってさらにしばらく経ってから、クサヴェルは体を起こした。
「…………」
さっきまで確かにあった痛みが、いつの間にか消えていた。
生き返ってから変なことが、自分の体に起こっている。
でも、それよりも。
「生きなきゃ」
生きなきゃ、幸せになれない。
まずは、生き延びなきゃ。
どんな手を使ってでも。




