第7話『砂塵の行軍と、叛逆の土人形』
「傲慢な破壊神」と「苦労人の聖女」が、腐った世界をぶっ壊して救う話です。
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「いやぁぁぁぁぁッ!!」
リシアの悲鳴が、夕暮れの荒野に響き渡った。
背後から迫る巨大な岩の塊――祠の番人たるゴーレムが、侵入者を排除すべく、その丸太のような腕を振り上げたのだ。
影が落ちる。
リシアは反射的に身を竦ませ、死を覚悟して目を瞑った。
ドォォォォンッ!!
重たい衝撃音が空気を震わせ、砂煙が舞い上がる。
だが、待てど暮らせど、リシアの体に痛みは走らなかった。
「……え?」
恐る恐る目を開ける。
そこには、信じられない光景があった。
「おい、木偶の坊。6000年経って挨拶の仕方も忘れたか?」
マーク・フェルトノートが、リシアとゴーレムの間に割り込んでいた。
そして、振り下ろされた岩石の巨腕を、片手で受け止めていたのだ。
魔法障壁ではない。純粋な腕力だ。
マークの足元の地面が蜘蛛の巣状にひび割れ、陥没しているが、本人は涼しい顔で立っている。
「マ、マーク様……!?」
「あぁ? いちいち叫ぶなリシア、耳障りだ」
マークは面倒くさそうに言うと、ゴーレムの赤い単眼を睨みつけた。
「ギ……ギギ……」
ゴーレムがさらに力を込めようと軋む音を立てる。
だが、マークの腕は微動だにしない。
「俺が作った防衛機構だ。泥棒除けとしちゃあ優秀だが……」
ミシッ、ミシシッ……!
マークが掴んでいるゴーレムの腕に、亀裂が走り始めた。
「俺様に拳を向けるなんざ、不良品にも程があるぞ」
ドガァァァンッ!!
マークが腕を振り抜く。
ただそれだけの動作で、ゴーレムの巨体は紙屑のように吹き飛び、祠の壁を突き破って荒野へ転がっていった。
岩の身体がバラバラに砕け散り、動かなくなる。
一撃必殺。魔力など一滴も使っていない。
「……は、はい?」
リシアは口をパクパクさせたまま、へたり込んだ。
この男、魔力が空っぽだと言っていたはずだ。なのに、このデタラメな強さは何なのか。
「ふん。脆いな。経年劣化か」
マークは掌の砂をパンパンと払い、何事もなかったかのように歩き出した。
「行くぞ、リシア。馬車を出せ」
「えっ、あ、はい! ……って、いやいや、ちょっと待ってください!」
リシアは慌てて立ち上がり、マークの背中に追いすがった。
「指輪! 『起動の指輪』が粉々になっちゃったんですよ!?
この先の遺跡には、さっきみたいなゴーレムが沢山いるんですよね? 鍵がないのに、どうやって入るんですか!」
先ほどのゴーレム一体でさえ、リシアにとっては脅威だった。あんなものが軍団で襲ってきたら、ひとたまりもない。
だが、マークは馬車の御者台に足をかけ、振り返ってニヤリと笑った。
「鍵がないなら、破壊して通る。それが近道だ」
「……は?」
「そもそも、俺の家に俺が入るのになんで鍵がいるんだ?
扉が開かねぇなら、扉ごと壊せばいいだろ」
そのあまりに乱暴で、しかし彼の中では一本筋の通った暴論に、リシアは言葉を失った。
この男に「常識」や「慎重」という言葉は存在しない。
あるのは、己の道を阻むものは全てねじ伏せるという、圧倒的な「我」だけだ。
「さっさと乗れ。日が暮れるぞ」
「うぅ……もう、どうにでもなれ……!」
リシアは半泣きになりながら、再び馬車へと乗り込んだ。
目指すは砂漠の遺跡。
鍵なき侵入者と化した家主による、正面突破が始まろうとしていた。
馬車に揺られること数時間。
日が完全に落ち、砂漠の冷気が肌を刺すようになった頃、二人は砂海の入り口に位置する宿場町『ガルド』へと到着した。
そこは、遺跡に挑む冒険者や、砂漠を越える商人たちが集まる、喧騒と欲望の街だった。
「……チッ。随分としけた街になっちまったな」
マークは御者台から街を見下ろし、つまらなそうに鼻を鳴らした。
「6000年前は、この辺りも緑豊かな楽園だったんだがな。人間どもの管理不足にも呆れたもんだ」
「そ、そうなんですか? 今はもう、砂と岩しかありませんけど……」
リシアは疲れ切った顔で相槌を打った。
マークに振り回され、強奪した馬車を運転させられ(マークは寝ていた)、心身ともに限界だったのだ。
「とりあえず、今日はここで一泊するぞ。
砂漠の夜は冷える。人間なんぞすぐに風邪を引いて死ぬからな」
「……はいはい。お気遣いどうも」
リシアは半眼で答えた。
言葉は乱暴だが、要するに休ませてくれるということだ。その点だけは素直に感謝したい。
二人は馬車を預け、街で一番大きな酒場兼宿屋へと足を運んだ。
ギイィ……と重い扉を開ける。
ムッとした熱気と共に、酒と汗、そして脂っこい料理の匂いが押し寄せてきた。
店内は荒くれ者たちで満席だ。
大声で笑う者、賭け事に興じる者、殴り合いの喧嘩をしている者。
聖職者であるリシアにとっては、最も縁遠い場所である。
「うぅ……空気が悪いです……」
「そうか? 俺は嫌いじゃねぇぞ、この頽廃的な雰囲気は」
マークはズカズカと店内を進み、一番奥のテーブル席を占領していた男たちを「退け」の一言と視線だけで追い払い、ドカッと腰を下ろした。
「店員! この店で一番高い酒と、肉を持ってこい!」
マークの尊大な注文に、店中の視線が一瞬だけ集まるが、すぐにそれぞれの会話へと戻っていく。
だが、その視線のいくつかは、マークの向かいに座るリシアに粘着質に張り付いていた。
泥だらけとはいえ、リシアの容姿は際立っている。
透き通るような銀髪に、宝石のような瞳。そして、聖職者のローブが隠しきれない清楚な美貌。
このむさ苦しい酒場には、あまりに不釣り合いな「獲物」だった。
「……なぁ、お嬢ちゃん」
案の定、酔っ払った冒険者風の男たちが、ニヤニヤしながら近づいてきた。
三人組だ。
「こんな場所でシスターのコスプレかい? 随分と熱心なこった」
「あ、あの……私は……」
「連れの男は陰気臭い奴だな。なぁ、俺たちと飲まないか? イイものを教えてやるよ」
男の一人が、嫌らしい手つきでリシアの肩に手を伸ばす。
リシアは青ざめて身を引いた。
「や、やめてください!」
「つれないなぁ。神様に祈るより、俺たちと遊んだ方が気持ちいいぜ?」
下卑た笑い声。
リシアは助けを求めてマークを見た。
しかし、マークは運ばれてきたワインボトルをそのまま口に加え飲み続け、我関せずといった態度だ。
(そ、そんな……マーク様……!)
リシアが絶望しかけた、その時だった。
「……おい」
ドンッ!
マークが空になったワインボトルをテーブルに叩きつけた。
分厚い木のテーブルが、悲鳴を上げてヒビ割れる。
「あぁ? なんだよ兄ちゃん。今、いいところなんだよ」
男たちが不機嫌そうに振り返る。
マークは口元の酒を手の甲で拭い、深紅の瞳だけで男たちを射抜いた。
「酒が不味くなる。……消えろ」
低い声。
だが、酔いの回った男たちには、その警告の意味が理解できなかったようだ。
「ハッ! 何カッコつけてんだ?
おい、やっちまえ! このモヤシ野郎を――」
男が剣に手をかけた、瞬間。
ガシャンッ!!
マークが座ったまま、テーブルの上の皿を投擲した。
皿は男の顔面に直撃し、粉々に砕け散る。
「ぐぎゃあっ!?」
「テメェらの汚い手で、俺のモノに触れようとしてんじゃねぇよ」
マークはゆらりと立ち上がった。
その全身から、どす黒い威圧感が溢れ出す。
「そいつは俺が拾った。
壊していいのも、こき使っていいのも、拾い主である俺の特権だ。
雑魚が勝手なマネすんな」
「な、なんだコイツ……! や、やれッ!」
残りの二人がナイフを抜いて襲いかかる。
だが、マークにとっては止まって見えるような速度だ。
「遅ぇ」
マークは一人の手首を掴んでへし折り、その悲鳴を上げる男を盾にして、もう一人の突進を受け止めた。
「ぎゃあああッ!?」
「邪魔だ」
マークは二人まとめて蹴り飛ばす。
男たちはピンボールのように店内のテーブルや椅子をなぎ倒しながら吹き飛び、壁に激突して動かなくなった。
静寂。
酒場中の客が、呆気にとられて口を開けている。
魔法も使わず、ただの暴力だけで荒くれ者たちを制圧したのだ。
「ふん。興が削がれた」
マークはマントを翻し、破壊したテーブルや気絶した男たちに見向きもせず、出口へと歩き出した。
「おいリシア、行くぞ。ここは空気が臭くてかなわん」
そのまま出て行こうとするマークに、リシアは慌てた。
「あ、ちょっ、マーク様!? お支払いは!?」
マークは答えない。破壊神に弁償などという概念はないのだ。
リシアは青ざめて、カウンターの奥で震えているマスターに駆け寄った。
「ここの壊れた家具の代金です。迷惑料も入れてますので、お釣りは大丈夫です」
リシアはそっと金貨1枚を袋から取り出しカウンターに置いた。
この金貨は、王都を出る時にこっそり持ち出したなけなしの路銀だ。それが一瞬で消えていくことに涙が出そうになるが、聖職者として食い逃げと器物損壊を見過ごすわけにはいかない。
「お……おぃ……」
マスターが呆気にとられた声を出すのと同時に、入り口の扉からマークの怒声が響いた。
「何をしてるリシア! 置いて行くぞ」
「もぉ、マーク様、待って下さい~」
リシアは慌てて荷物を持ち、マークの後を追った。
店の外に出ると、夜風が火照った頬に心地よかった。
前を歩くマークに追いつき、リシアは肩で息をする。
「はぁ、はぁ……もう、乱暴すぎますよ……」
「あぁ?」
マークは不思議そうに振り返った。
「何がだ? 邪魔者を排除しただけだ」
「だからって、お店を壊さなくても……。
……でも、その」
リシアは少しだけ俯き、小さな声で言った。
「……助けてくれて、ありがとうございました」
「勘違いするな」
マークはリシアの顎をクイッと持ち上げ、至近距離で覗き込んだ。
「俺は、俺のモノに虫がたかってるのが不愉快だっただけだ。
テメェのためじゃねぇ。俺の気分の問題だ」
「……」
それはあまりに自己中心的で、傲慢な言い分だった。
けれど、リシアは知っている。
この不器用な破壊神が、決して自分を見捨てないことを。
「……はい。そういうことにしておきます」
「ふん。さっさと宿で寝るぞ。明日は遺跡を破壊しなきゃならねぇからな」
マークは夜の街を歩き出した。
その背中を見つめながら、リシアは小さく苦笑して、その後を追うのだった。
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