第5話『天上での嘲笑、地上での旅立ち』
「傲慢な破壊神」と「苦労人の聖女」が、腐った世界をぶっ壊して救う話です。
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今日は18時.22時配信です
ぜひ、見ていって下さい
そこは、塵一つない白亜の世界だった。
空には太陽も月もなく、ただ永遠の「聖なる光」が満ちている。
地上を見下ろす遥か高み、雲海の上に浮かぶ水晶の宮殿――『至高天』
かつて十二天使が集い、今は七大天使が世界を管理する最高意思決定機関である。
その円卓の間で、重苦しい沈黙が支配していた。
「……報告は以上だ」
絞り出すような声でそう告げたのは、右翼を失い、紅蓮の鎧が半壊した無惨な姿のカマエルだった。
彼は円卓の中央で片膝をつき、屈辱に震えながら頭を垂れていた。
「ふむ。つまり、こう言いたいわけですね」
鈴を転がすような涼やかな声が響く。
優雅に脚を組み、書類をめくっていたのは、長い金髪を緩く編んだ美女――『神の言葉』を司る大天使、ガブリエルだ。
「貴方は、6000年前に封印された『破壊神』の復活を感知し、勇んで討伐に向かった。
しかし、あろうことか返り討ちに遭い、配下の能天使部隊を全滅させられ、自身も無様に逃げ帰ってきた……と?」
ガブリエルの言葉は丁寧だが、そこには隠しきれない侮蔑が含まれていた。
「……言い訳はせぬ」
「言い訳も何も、事実が全てでしょうに」
クスクス、と嘲笑う声が重なる。
ガブリエルの隣で、分厚い書物を読んでいた知的な眼鏡の男――『神の癒し』を司るラファエルが、口元を手の甲で隠して肩を震わせていた。
「いやはや、傑作だねカマエル。君は常々、『武力こそが秩序』だと豪語していたじゃないか。それがどうだい? 6000年のブランクがあり、しかも魔力が枯渇していた『寝起きの死に損ない』に負けるなんて」
「全くだ。我ら七大天使の面汚しにも程がある」
ラファエルの嘲笑に続き、反対側の席に座る炎のような赤髪の男――『神の炎』ウリエルが、テーブルをドンと叩いた。
「おいカマエル。貴様、まさか人間ごときに情けをかけたんじゃあるまいな? 貴様の『断罪の剣』が錆びついているなら、その席を俺に寄越せ。俺なら大陸ごと焼き尽くしてやったぞ」
「黙れウリエル、ラファエル……!」
カマエルが顔を上げ、血走った目で同胞たちを睨みつける。
「奴は……フェルトノートは、異常だ! 魔力が底をついているはずなのに、あの出力はなんだ! 人間の娘を媒介にしたとはいえ、あの一撃は……かつての『神殺し』そのものだった!」
「それが負け惜しみに聞こえると言っているのだ」
冷ややかな視線が一斉にカマエルに刺さる。
その中で唯一、無関心を貫いている者がいた。
中性的な美貌を持ち、窓の外を眺めている『神の獅子』アリエルだ。
「……騒がしい。勝敗などどうでもいいことだ。問題なのは、封印が破られたという事実。そして、世界の均衡が崩れ始めたこと。……ミカエル兄様、如何なされますか?」
アリエルの言葉で、全員の視線が一点に集中する。
円卓の最上座。
そこに座る、最も美しく、最も威厳に満ちた存在。
六枚の輝く翼を背負う、天界の最高指導者――『神ごとき者』ミカエル。
彼は、目を閉じたまま微動だにしない。
その沈黙は、雄弁な言葉よりも重く、部屋の空気を圧死させるほどの威圧感を放っていた。
「…………」
ミカエルは何も答えない。
ただ、その指先がわずかに動き、円卓に小さな亀裂が走っただけだった。
それだけで、傲慢な大天使たちが一瞬で萎縮し、息を呑む。
『失敗は許されない』――無言の圧力が、カマエルの心臓を鷲掴みにした。
「……くっ、くそぉぉぉッ!」
その静寂を破ったのは、末席に座っていた漆黒の翼を持つ少年――『死を司る天使』アズライールだった。
彼は立ち上がり、狂気じみた笑みを浮かべて鎌を振り回した。
「いいじゃん、いいじゃん! 面白くなってきた! ねぇミカエル様、次は僕が行っていい? ねぇ?
カマエル兄さんは負けちゃったけど、僕なら油断しないよ? あの破壊神の魂、僕の鎌で刈り取ってコレクションにしたいなぁ!」
「待て、アズライール。抜け駆けは許さんぞ」
ウリエルが立ち上がる。
ラファエルも眼鏡の位置を直しながら、冷酷な光を瞳に宿した。
天界の秩序を守るためではない。
「誰が破壊神を仕留めるか」という功名争い。
彼らにとって、マークの復活は脅威であると同時に、自らの力を誇示するためのイベントに過ぎないのだ。
その醜い争いを前に、カマエルのプライドは限界を迎えた。
ドンッ!!
「――黙れ、貴様らァッ!!」
カマエルが拳を叩きつけ、円卓を粉砕した。
驚く大天使たちを尻目に、負傷した身体を引きずって出口へと歩き出す。
「フェルトノートは……俺の獲物だ。他の誰にも譲らん」
背中越しに、殺意の塊のような言葉を吐き捨てる。
「俺は天界には戻らん。次にこの門をくぐる時は、必ずやあの破壊神の首を掲げて戻る。
……笑いたければ笑え。だが、邪魔をする者は同胞とて殺す!」
カマエルは翼を広げ、再び下界へと飛び去っていった。
残された円卓の間には、白けた空気と、ミカエルの放つ重圧だけが漂っていた。
「……やれやれ。野蛮なことですね」
ガブリエルがため息をつき、ミカエルへと恭しく一礼する。
「ミカエル様。事態は動き出しました。我々も『計画』を早める必要があるかもしれません」
ミカエルはゆっくりと目を開けた。
その瞳は黄金色に輝き、しかしそこには慈悲など欠片も存在しなかった。
「……全ては、神のシナリオ通りに」
厳かな声が、無人の玉座に吸い込まれていった。
一方、地上。
半壊した王都の大聖堂。
瓦礫の撤去作業が進む中、マークとリシアは教会の裏庭にある墓地にいた。
「……何をされてるですか? マーク様」
リシアが呆れた声を出した。
マークは墓石の上に胡座をかき、どこからか調達してきた地図を広げ、ペンで乱暴にバツ印をつけていたからだ。
「何って、作戦会議だろ。
いいか、リシア、今の俺は魔力がすっからかんだ。
さっきのカマエル戦で分かっただろうが、テメェから吸ったとしても、全盛期の十分の一も出せねぇ。燃費が悪すぎる」
マークは不満げに鼻を鳴らす。
確かに、カマエルを撃退した一撃は凄まじかったが、その代償としてリシアは気絶寸前まで追い込まれ、マーク自身もその後半日は動けなかった。
このまま次々と七大天使が襲来すれば、いずれジリ貧になるのは目に見えている。
「だから、回収しに行くぞ」
「回収? 何をですか?」
「俺の『力』だ」
マークは地図上の数カ所を指差した。
北の極寒の地、西の砂漠、東の火山列島……いずれも人が寄り付かない魔境ばかりだ。
「6000年前、俺が封印される直前、俺は自分の力の一部と、愛用していた『神造兵装』を世界各地にばら撒いた。
連中に奪われるくらいなら、隠した方がマシだからな」
「そ、そんな場所に……」
「あいつらも探しただろうが、俺の隠蔽魔法は完璧だ。まだ残ってるはずだ。
これを回収すれば、俺は完全な状態に戻る。そうなりゃ、あんな鳥人間ども、デコピン一発で全滅だ」
マークは地図を丸め、リシアに放り投げた。
「行くぞ、リシア、旅の支度をしろ」
「えっ!? 私もですか!?」
リシアは目を丸くした。
「当たり前だろ。テメェを置いていく持ち主がどこにいる」
マークはさも当然のように言った。
「それに、俺の『魔力』がなくてどうやって戦うんだ。
テメェは教会にいられねぇだろ。司教のジジイ、泡吹いて倒れてたが、目が覚めたら『悪魔憑きの聖女』として火あぶりにするのは確実だぞ。
俺が持ち主として、有効活用してやるって言ってるんだ。感謝しろ」
「う……」
リシアは言葉に詰まった。
確かに、教会の象徴である大聖堂を破壊し(原因は天使だが)、禁忌の破壊神と共闘したリシアを、教会組織が許すはずがない。彼女は既に、居場所を失っているのだ。
リシアは、荒れ果てた王都の空を見上げた。
カマエルが去った後の空は、不気味なほど青く澄んでいる。
だが、彼女は知っている。この平穏がかりそめのものであり、世界が緩やかに、しかし確実に終わりに向かっていることを。
(神様は、助けてくれなかった。でも……)
リシアの視線が、目の前の傲慢な男に向く。
破壊神マーク・フェルトノート。
神に背き、自分をモノ扱いする最悪の悪魔。
けれど、彼が放ったあの黒い雷だけが、絶望的な状況を打破した。
彼だけが、この腐敗した空気を吹き飛ばす力を持っていた。
「……分かりました」
リシアは拳を握りしめ、顔を上げた。
その瞳には、強い意志が宿っていた。
「ついて行きます。でも、勘違いしないでくださいね!
私はあなたの所有物じゃありません!
あなたが世界を無茶苦茶に壊さないように、私が監視するんです!」
「はん。所有物が飼い主に口答えとは、いい度胸だ」
マークは愉快そうに喉を鳴らし、立ち上がった。
黒衣が風にたなびく。
「いいだろう。精々、俺の役に立てよ、ポンコツ電池。
俺の旅は、荒れるぜ?」
「望むところです……!」
リシアはマークの隣に並び立った。
かつての聖女と、かつての破壊神。
世界で最もちぐはぐな主従の、世界再生の旅が、今ここから始まろうとしていた。
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