第1話『沈黙する神と、哄笑する破壊神』(修正)
初投稿です。
「傲慢な破壊神」と「苦労人の聖女」が、腐った世界をぶっ壊して救う話です。
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空は、死人の肌のような鉛色だった。
かつて「聖地」と呼ばれたその場所は、今や見る影もない。
崩れ落ちた白亜の回廊は黒い苔に覆われ、神聖な空気の代わりに、喉を焼くような瘴気が満ちている。
「ハァ……ハァ……ッ!」
聖女リシアは、折れた錫杖を支えに、瓦礫の山を駆けずり回っていた。
純白だった聖衣は泥と血で汚れ、美しい銀髪も見るも無惨に乱れている。
「リシア様、逃げてください……! ここはもう……!」
断末魔と共に、最後の護衛騎士が異形の爪に貫かれた。
襲撃してきたのは、人の形を歪にねじ曲げ、背中から腐った翼を生やした魔物の群れだ。
かつて天使の末端とされた「使い魔」の成れの果て――今では地上を食い荒らすだけの害獣。
「神よ……! どうか、どうかお答えください!」
リシアは祭壇の跡地とおぼしき石畳に膝をつき、必死に祈りを捧げた。
世界は荒廃の一途を辿っている。
人々は飢え、魔物に怯え、教会に救いを求めた。
だが、どれだけ祈っても、天上の七大天使たちは沈黙したままだ。
(なぜ、答えてくださらないのですか……私たちは、見捨てられたのですか?)
祈りは届かない。
代わりに届いたのは、魔物の嘲笑うような咆哮だった。
逃げ場はない。
リシアの瞳から、絶望の涙が溢れ落ちる。
その涙と、傷口から滴り落ちた鮮血が、地面に埋もれていた一枚の「黒い石板」に染み込んだ――その時だった。
ズズズズズ……ッ!
大気が、震えた。
魔物の咆哮ではない。
もっと根源的な、世界そのものが恐怖するような振動。
足元の石板が赤黒い光を放ち、幾重にも刻まれた複雑怪奇な魔法陣が、ガラス細工のように砕け散る。
「……あぁ? 随分と騒がしい目覚ましだ」
噴き上がる黒い霧の中から、不機嫌そうな声が響いた。
霧が晴れると、そこには一人の男が立っていた。
漆黒の長衣を纏い、背中には引きちぎられたような翼の痕跡。
男は首をコキリと鳴らし、あくびを噛み殺しながら、周囲の惨状を見回した。
「6000年寝てた俺への嫌がらせにしちゃ、趣味が悪いな。……おい、そこのシスター」
男の視線が、腰を抜かしているリシアに向けられる。
その瞳は、血のような深紅だった。
「こ、こここ、こは……神聖な、巡礼地で……」
「神聖? このゴミ溜めが?」
男――かつて世界を滅ぼしかけた破壊神、マーク・フェルトノートは鼻で笑った。
その直後、餌を横取りされたと憤る魔物の群れが、一斉にマークへと飛びかかった。
「グルアアアアッ!」
鋭い爪がマークの喉元に迫る。
リシアが悲鳴を上げようとした瞬間、マークの口元が三日月型に歪んだ。
「おやおや。見れば低級天使の成れの果てか」
マークは一歩も動かない。
ただ、哀れむような、それでいて相手を最大限に侮辱するような穏やかな口調で言った。
「かつては『神の愛』だのを説いて回ってた高潔な連中が、随分と落ちぶれたもんだねぇ。今の主人は餌も与えてくれないのか? 哀れで涙が出てくるよ」
言葉の意味を理解したのか、魔物がさらに激昂し、速度を上げる。
その瞬間、マークの雰囲気が一変した。
皮肉な笑みは消え、絶対的な強者だけが持つ、冷酷で傲慢な「王」の顔になる。
「――おい、誰が動いていいと言った?」
ドンッ、と見えない重圧が叩きつけられ、魔物たちの動きが空中で静止した。
いいや、違う。恐怖で体が動かないのだ。
「俺の視界を汚すな、雑魚が」
マークが、億劫そうに指をパチンと鳴らす。
詠唱はない。魔力を練る予備動作すらない。
ただ、その意思一つが、世界への命令だった。
「消えろ。『暗黒爆撃』」
音はなかった。
視界が、黒く塗りつぶされた。
爆炎ではない。
空間そのものを削り取るような漆黒のエネルギーが、魔物の群れを、瓦礫を、そして汚染された大気ごと飲み込んだ。
断末魔を上げる暇もない。
黒が晴れた時、そこには何もなかった。
魔物も、汚れた遺跡も消滅し、ただ更地になった大地だけが広がっていた。
「……ふん。少し寝すぎたか、威力が鈍ってるな」
マークは黒い煤を払う仕草をして、呆然とするリシアを見下ろした。
「……あ……あぁ……」
リシアは言葉を失っていた。
神に救いを求めたはずだった。
だが、現れたのは救済者ではない。
もっと恐ろしく、もっと強大な、とてつもないナニカ。
「おい、小娘!」
マークがリシアの顎をくい、と持ち上げる。
至近距離で覗き込まれた深紅の瞳に、リシアの怯えた顔が映っていた。
「テメェが俺の封印を解いたのか?」
リシアは静かに頷いた
「……まぁ、いい」
破壊神は、獰猛に笑った。
「今の天界の王様は誰だ? ミカエルか? ガブリエルか?
どいつもこいつも、俺が寝てる間に随分と好き勝手やってくれたじゃねぇか。
――久しぶりに、喧嘩の時間だ」
6000年の沈黙が破られた。
神に見捨てられた世界で、最悪の破壊神が目を覚ました瞬間だった。
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