野猿令嬢は婚約破棄される
思いついたので書いてみました。
「将来、お互いに結婚してなかったら私がもらってあげるわ」
小さい頃、そんな約束をしたことがあった。
相手は偶然出会った2歳年下の少年だった。
体が小さく、中性的な見た目だったせいか、同年代の子に虐められていたところを助けたことで懐かれてしまった。
それからよく一緒に遊ぶようになった。
だが、出会いがあれば別れもある。
私は領地に帰ることになり、正直に彼に伝えた。
その話を聞いた瞬間、彼は泣き出してしまった。
慰めるためにそう伝えたのだ。
もちろん、他にも条件をつけてである。
「でも、最低限私を守れるぐらい強くなりなさい。弱虫は私の相手にふさわしくないから」
「・・・・・・わかった。絶対にお姉ちゃんを守れるぐらい強くなる」
「その意気よ」
少年は自信満々に宣言する。
そんな彼を私は素直に応援した。
それから10年の月日が経ち、私は20歳になった。
王都で開かれるとあるパーティーに参加したのだが──
「マキ、お前との婚約は破棄だ」
「は?」
いきなり婚約者から宣言された。
私は思わず口に運ぼうとした料理を止めてしまう。
周囲もざわざわし始める。
「お前は俺の婚約者にふさわしくない」
「どうしてですか?」
思わず聞き返してしまう。
どこがふさわしくないのだろうか?
「俺が知らないとでも思ったのか? 令嬢としての勉強もせず、他の令嬢とも交流をしない」
「ふむふむ」
「しかも、領地では木に登ったり、獣を狩ったりしているそうじゃないか。そんな野蛮な女を我が伯爵家に迎えるわけには──って、食べるのを止めろ」
「あ、つい」
長々と話をされていたので、思わず手に持っていた料理を食べてしまっていた。
あまりにも美味しそうだったので、我慢ができなかった。
やはり都会の料理は美味だった。
「まあ、婚約を破棄するのは構わないわ。でも、勘違いは正しておくわ」
「勘違い、だと?」
婚約者が怪訝そうに聞き返してくる。
まさかそんなことを言われると思っていなかったのだろう。
「私が他の令嬢と交流しないのは、領地で仕事をしていたからよ。領地も遠いから王都に中々来れないし、近くには年頃の令嬢もいなかったしね」
「仕事だと? 令嬢がそんなことをする必要は無いだろ」
「はぁ」
私は大きくため息をつく。
この男のそういう考えが嫌いだった。
「たしかに令嬢が働くのは一般的じゃないわ。でも、自分の住んでいる領地がどのような産業で成り立っているのか知るべきでしょう。だからこそ、私は他の人たちに交じって仕事をしているの。その際、木に登ったり、狩りをしたりしているわ」
「産業について知るのは大事だが、令嬢がすることではないだろう」
やはり受け入れてくれなかった。
こういう前時代的な考え方は私には合わない。
「あと、たしかに私は勉強が嫌いだけど、あなたよりマシよ」
「は?」
「学院時代の成績、私は上位10人に入っていたわ。あなたは?」
「うぐっ」
私の指摘に婚約者は言葉に詰まる。
おそらく大した成績ではなかっただろう。
たしかに私は勉強が嫌いだが、できないわけではない。
そもそも勉強しないと、両親から自由にさせてもらえなかった。
だからこそ、ある程度の成績を残す必要があったのだ。
「というか、その程度の頭で大丈夫なの? 伯爵家の将来が心配だわ」
「うるさいっ! 野猿令嬢のくせに生意気だぞ」
馬鹿にすると、彼は激高した。
そして、近づいてきて右手を振りかぶる。
殴られる──そう思った私は身構えた。
(ガッ)
「そこまでだ」
低い声と共に婚約者の腕が掴まれていた。
屈強な力で止められているせいか、まったく動く様子がない。
彼を止めていたのは一人の屈強な男性だった。
婚約者より頭一つ分ぐらい背が高く、普段から鍛えられているであろう屈強な肉体だった。
そのおかげで身長差よりも差があるように見えた。
「久しぶりですね」
「へ?」
いきなり話しかけられ、呆けた声を出してしまった。
私はこの人と会ったことがあるのだろうか?
こんなイケメン、出会っていたら覚えていると思うけど──
「ウルフェン団長っ⁉」
婚約者が驚いている。
団長ということは騎士団所属なのだろう。
そういえば、今回のパーティーは長らく続いていた戦争が終了し、我が国を勝利に導いた功労者をねぎらう目的だったはずだ。
つまり、彼はその功労者の一人ということだ。
しかし、どこかで聞いた名前だが──
「本当に覚えてないの、マキちゃん?」
「ん? もしかして、ミッちゃん?」
懐かしい呼ばれ方に私は記憶を呼び起こした。
こう呼ぶのはただ一人だけである。
「ようやく思い出してくれた。こっちはすぐにわかったのに」
「いや、わかるわけないよね。10年ぶりの再会だし、あの当時は私より小さかったじゃない」
「まあ、それもそうか。あれから頑張って鍛えたからね」
「騎士団の団長になるぐらいだもんね。というか、あの時の可愛らしい少年がまさか屈強なイケメンになるとは思わなかったわ」
私は思わず感嘆してしまう。
ここまで成長するのは相当苦労しただろう。
元があの可愛らしい姿なのを考えると、生半可な努力ではないはずだ。
「それも全部君を思ってのことだよ」
「どういうこと?」
私は首を傾げる。
一体、何を言っているのだろうか?
「マキちゃんが言ったんだよ。「最低限私を守れるぐらい強くなりなさい。弱虫は私の相手にふさわしくない」って」
「ああ、そんなことを言ったかも」
当時の記憶を思い出す。
たしかに別れ際にそんなことを言った気がする。
だが、別に本気で言ったわけではなかった。
もちろん好みではあるが、彼のためであった。
私がずっと守っていたが、もうこれからはできなくなる。
だからこそ、自分で自分の身を守れるように強くなれというつもりで言ったのだ。
まさか言葉通りの意味に捕えられるとは──
「君にふさわしい男になって戻ってきたよ。僕と結婚してください」
「へ?」
再び呆けた声を出してしまった。
いきなり何を言っているのだろうか?
「ウルフェン団長。この女はあなたにふさわしくないです。考え直してください」
婚約者が慌てた様子で間に入ってくる。
どういう立場で言っているのだろうか?
「そういえば、お前は彼女を殴ろうとしたよな。暴行未遂の現行犯だ」
「え?」
「連れていけ」
「なっ⁉」
ミッちゃんの指示で婚約者──いや、元婚約者は連れていかれた。
屈強な男達に周囲を囲まれている姿を見ると、改めて私の好みじゃないとわかる。
やはり男は強くないとね。
そんなことを考えていると、ミッちゃんに再び話しかけられた。
「答えを聞かせてもらって良いかな?」
「別に良いよ」
私はあっさりと答える。
いろいろと考えるのは性に合わない。
直感で答えた方が案外上手くいくのだ。
これは私の経験則である。
「良いの? 結構、急にいろいろいったと思うんだけど・・・・・・」
「断る理由はないわ。というか、すぐに不安になるところは変わってないわね」
「好きな子に告白するんだから当然でしょ? むしろミッちゃんの方があっさりしすぎだよ」
「私の性分よ」
「そういうところ、変わらないよね」
自信満々に告げると、ミッちゃんは微笑んだ。
その表情は昔の可愛らしいころの面影を感じた。
屈強な姿とのギャップに思わずドキッとしてしまった。
ミッちゃんのくせにやるじゃない。
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