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グレイブ&グレイブ:21  作者: 秋田
【第二章】人間御用達虚飾
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第二章:1 孤独の男

 未だ冬の寒さの名残を感じる、肌寒い五月。俺は四時間目に使った教材を片付けながら、微かに身震いしました。二年生に進級して新たなクラスで、気持ちも新たにする季節というのに、俺の心象は永遠に冷え切っています。

「桜久ー、弁当一緒に食べようぜ」

「相変わらず今日も眠そうだね」

 弁当片手に話しかけてきたのは昨年も同じクラスであった男二人です。俺はバックから弁当箱が入った巾着を取り出してから、顔に悔しそうな笑みを貼り付けました。

「悪い俺、他のクラスの友達と食べる予定あってさ、行かなくちゃいけないんだよ。代わりに明日は絶対一緒に食べよう」

「うわ出たー」

「なんとなくそんなんじゃないかと思ってたぜ、ったく。それならしゃーねーなー。じゃあ明日な」

 二人は不機嫌げに口を尖らしましたが、渋々承諾してくれました。

「悪いな、じゃあもう行くから」

 俺は誰よりも得手な笑顔を作って、その場を去りました。


×××


 高身長で短髪黒髪で鷹のような目をした男はハンジ、低身長で黒髪マッシュで大人しめな性格の男はシュウと言います。彼らとは一年生の頃同じクラスで仲良くなりました(実際クラスメイト全員と仲良くありました)。その(よし)みで二年生に上がった現在も交友関係が継続しています。

 俺は巾着片手に人気のない廊下を歩いて、文学同好会室にやってきました。言うまでもなく、昼食を共にする約束をした人物なぞ、居るはずがありません。

 何故嘘をついてまで彼らとの昼食を拒んだのか、それはただ単に俺の感情が原因でした。

 俺は彼ら二人に限らず、友達とも恋人とも家族とも、色んな人と何度も飯を囲みましたが、人生で一度たりとも、それを愉快に思いませんでした。苦痛にすら、感じていました。

 俺は誰もいないであろうと決めつけて、ノックもせず部屋の扉を開けてしまいました。


「――――」


 その瞬間、今まで感じたことのない感覚に身を包まれました。空気が清々しかったです、大抵この部屋の窓は開けられないので空気がずっと澱んでいる筈です、なのでこんなことはあり得ないのです。

 そしてその理由は考えるまでもなく明白でした。普通に窓は開けられていて、少し冷たい風が吹き込んで、換気されていました。さらにその窓を開けた人物は一目見て明らか、俺の墓場に入り浸る墓荒らし、先日同好会メンバーになった後輩、長与(ながよ)七命(なな)でした。彼女は何故かここで一人、コンビニのパンを頬張っていました。

「……! ん、ん……。孤独飯(ぼっちめし)ですか先輩。孤独は悪なのに」

 七命は俺の顔を見て、急いで口に含んでいたものを飲み込むと、澄んだ顔して煽ってきました。開口一番に上からものを言われ腹に来ますが、その怒りを表層に出すことはしません。また金属バットで脅される気がしたからです。

 しかし彼女の周りをよくよく見ると、現在バットは装備していないようでした。てっきり、あれは髪飾りとかカチューシャとかヘッドホンとか、そんな『キャラ付け』の為に常備していると思っていたのですが、そうでもないようです。

「七命後輩こそ、今は悪行の最中みたいだけど?」

 俺は適当に言い返しながら七命の正面の椅子に腰を下ろし、弁当を取り出しました。七命は綺麗な黒髪の前髪に少し触れつつ視線を逸らしたあと、手を下げ、顔を強張らせました。

「私はあなたがここに来ることを見越して待ち伏せしてたんです」

「は、なんで君に待たれなきゃいけないんだ俺は。いただきます。……一緒に食べようとか、そういう約束もしてないだろうに」

 俺は弁当を一口食べながら首を傾げました。

「先輩のことだからクラスで友達も作らずに孤独を決め込んでると分かってたので。そんなの許されません。先輩を『正常』にすると誓った以上、まず『友達作り』から始めるべきです」

「だから手始めに『昼ごはんは誰かと食べろ』って? はぁ……余計なお世話だよ七命後輩」

 ため息を吐いたあと、冷めた冷凍食品を一口食べて、米を一塊食べました。彼女も再びチョコクリームの入った細長いパンを食べて、部屋は一瞬咀嚼音だけが蟠りしまた。

「というかまず、先輩、過去に『友達』って作れたことあります?」

「ないね」

 即答しました。

 すると七命は『だろうな』みたいな顔してジト目を向けてきました。

「けど別に、昼を共にする人間がいないってわけじゃないよ。ただ俺の中には、友情なんてもの無いってだけさ」

 肩を浮かして微笑むと、七命は視線を手元に逸らして嫌悪感をあらわにしました。

「……孤高を気取るのも中学生までですね先輩、それ以上やると捻くれ者にしか見えません」

「おいおい、孤高を気取ってどうなる? 孤高なんて不幸自慢にもならないくらい不恰好で下等なものだよ。俺はそんなのにはなりたくないね」

 七命は俺に眉間の皺を見せて、卓上にある左手を少し握りました。

「じゃあ先輩の友情が無いっていう台詞は、孤高を気取ってるわけじゃないって言うんですか?」

 語気を強めて言ってくるので、俺はヘラと微笑んで首肯してやりました。

「当然ね。そもそも人間関係なんて、まぁ他人は違うと思うけど、俺に限ればただの『演劇』、全部嘘だよ」

 作り笑顔も作り話も、社会一般的に変に見られないようにする為の処世術でしかありません、そこに愉悦は一寸も割り込みません。

「俺に友情は無いけれど、あいつらはあると思ってる。なら単純に俺がそれを持っているフリをして良い顔してれば『トモダチ』ってやつは余裕で演じられるよ。人間関係なんて全部嘘の上塗りで構成されてんだよ七命後輩」

 そう教えてやると、七命は心底軽蔑した冷たい瞳を返してきました。

「なんて、侘しい人」

 その一言は、俺を表すのに充分すぎる意味を含んでいました。そう、俺は俺以外の全部に警戒して、臆病で、常に偽装しているのです。

「別にそんな嘘付かなくていいですよ」

 七命はパンを丸ごと口に放り込みながら、呆れ口調に言いました。はて、今嘘なんて一言もついてませんが、なんの誤解でしょうか。

「……? 嘘?」


「だって先輩にお昼を共にする人なんている訳ないじゃないですか」


 当然のように真顔で告げられました。「私を騙そうったってそうはいきませんよ」と続けられ、自分の偽装スキルを甘く見られたようで少しプライドに反応しました。俺は徐にスマホを取り出しました。

「ん、ほら、これなら証明になるよね」

「ん? なんですか? ありもしない証拠をでっち上げ――」

 俺のスマホ画面を見た瞬間、七命は眉を顰めて固まりました。見せたものはインスタグラムのフォロワー、フォローの人数です、決して多いとは言えないくらいですが、七命が誤解している人物像ではあり得ない数字とは確信していました。

 予見通り、七命は鳩が豆鉄砲を食ったような間抜けな表情で目を瞬かせていました。それからハッと我に返ったのか首を振って、澄ました顔をしました。

「アイコラですかそれ」

「疑い深いなぁ君」

 俺はスマホを置いて弁当を一口食べました。もちろん七命のは強がりで、あの画面が事実であることは痛感しているようでした。

「それが、『演技(うそ)』の功績ですか……」

 その譫言のように呟いた小言は、無論俺を礼賛するものではありません。まるで朝刊で猟奇殺人鬼の犯行を見た時に嘆くものに近い、信じられない現実に言葉も無いというニュアンスの言葉でした。

 つまり、俺を肯定する気は全く無いということです。

「あなたはその数百人を……全員、鬱陶しいと思いながら渋々付き合ってあげていると、そういうことですか?」

「まぁ」

「…………外道過ぎます」

 そんなことはありません。むしろだいぶ良心的でしょう。何故なら、俺はわざわざ与えているからです、愉快を。いやいや受け取っているからです、欲望を。

 俺が演じて不幸にした人は一人たりとも居ません。どいつもこいつもニーズを満たして円満に円滑に友好な関係を保っています。それもかなり高水準に。

 俺がいなければあいつらに俺から生まれた分の幸福はありませんでした、それは渇望の隙間を生み出すことになります、それはあいつらにとってマイナスだったことでしょう。

 はてさて、一体俺の何処が、悪と罵れるのでしょうか。


「――人の気持ちをなんだと、思ってるんですか」


「『あいつと友達になれて良かった』……なんて思ってるんじゃない? 知らないけど」


 俺は片手を上げて答えました。そもそも何故俺が悪役のように言われているのでしょうか、誰よりも苦痛と痛苦の最中にあるというのに。誰も俺の最低に気が付かないのに、いつも俺だけが誰かの理解して、『接待(サービス)』を施しているというのに。

「というか、君だって誰だって、誰かと会話する時全部馬鹿正直に本心で身勝手に会話してるやつなんて居ないだろ? みんな妥協に遠慮に身の程を弁えて関係を築いていくんだ。君だってそうだろう?」

 箸の先を向けて問うと、七命は細長いパンで向けられた箸を下げながら言い返してきました。

「そんなことありません、私は正直に心から会話していますし……本音で語らえないなんて空虚です、それは――」

「はいはいそれは『(だめ)』って言うんだよね。……うーん、まぁ確かに七命後輩の言ってることも一理あると思うけどね?」

 俺は頭をぽりぽりかきながら口を尖らせました。

「なんですか」

 七命は俺の反論を聞く為に、口を固く結んで耳を傾けました。俺はフッと微笑って、


「そんなわけねーじゃん、一理も百理もないよ」


 俺が嘲笑った瞬間、七命のこめかみに青筋が浮き上がりました。そんな怒るなら諦めて立ち去って忘れればいいのに、彼女は一向に俺から視線を外しません。本当、諦めが悪いのは煩わしくて滑稽です。

「そもそも七命後輩の言ってるのは全部極論なんだよ、そりゃ確かに、虚構も怨恨も、悪そのものがない、そんな理想郷あったら世界は平和でハッピーだろうけど……理想郷は所詮、理想だよ」

「えぇその通りでしょう、ですがそれが何か問題ありますか? 現状に納得していないから理想(ハッピー)を抱く、それに向かって行動を起こす。この活動に何か不善点がありますか?」

 七命は身を乗り出す勢いで立ち上がると、威圧的に質問を投げかけてきました。もはや投げつけてきた、と形容した方が正確な気がします。俺は体を背もたれまでのけ反って距離を取りつつ、手を向けて宥めました。

「理想の追及にも限度があるってことさ。誰も彼も自分の理想郷の住人にするのは、横柄で傲慢で高飛車……要は『何様のつもりだよ』ってこと」

「…………」

「この際だからついでに言わせてもらうけどね。中学時代君が救ったって言ってた奴ら? 多分もう全員君のことなんて忘れてるし、当時は感謝してたかも知れないけどもう尊敬してる人なんて居ないよ。君のことは更生するきっかけになった一つの現象くらいにしか覚えてないさ。もはや、嫌われてるまであるね」

 不意に風が止みました。静止した視界で七命の表情を見ました。

「――――」

 七命は下唇を噛んで、哀しそうな淋しそうな、どこか諦観の沈黙を溢して、やがて力無く椅子に腰を戻しました。……さて、と俺は一息つきました。これで彼女の心が折れて今すぐに俺の目の前から立ち去ってくれないかと、淡い希望を抱いてみますか。



「……()()()――()()()()……」



 七命は最後にそう呟くと、黙々とパンを食べ始めました。なにやら声にもならない声量で何か溢してましたが聞き取れませんでした、しかしまぁ消沈してくれたのなら構いません。これで俺もゆっくりご飯にありつけますから。

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