ヴィンセントとの出会い
ティムは十二歳になった。
「ティム、これも持ってお行き。一個しかないから、すぐに食べちゃいな」
紙袋を手渡され、ティムは「おばちゃん、ありがとう!」と礼を言って駆け出す。
今日は小遣い稼ぎにパン屋の配達の仕事をしていた。
普段配達をしている見習い職人が休みの日に、ティムが代わりに仕事に入る。気のいいパン屋夫婦は、報酬の他に毎回余ったパンを持たせてくれた。
広場に行けばベンチがあるが、孤児院の誰に会うかわからない。分け合うほどの量はないため、ティムは人のいない路地に入った。
さっそく紙袋を開けると、中身はサンドイッチだった。蒸し鶏が挟まっているものは、店の商品にはない。わざわざティムのために作ってくれたものだった。
「女神アンジェリーナの恵みに感謝を」
祈りの詞も早口にサンドイッチにかぶりつく。
「んー、うまっ!」
あっさりした蒸し鶏はマヨネーズソースで味付けされていて、マスタードがピリッとアクセントになっている。厚めに切られたパンも食べごたえがあった。
ティムがサンドイッチを食べ終える寸前、通りから路地に人が駆け込んできた。ぶつかりそうになってティムは飛びのいて避けた。
相手はティムより少し年上の少年だった。
「うぉっ! なんだよ、お前」
ティムの声に向こうも驚いて顔を上げる。
知らない顔だが、すいぶん整った顔立ちだった。モナオの街の住人ではなさそうだ。
ティムと彼が無言で見合ったのはわずかな時間だ。
通りで怒声が聞こえ、彼は振り返ってから、また走り出そうとした。
「追われてんのか?」
ティムが短く尋ねると、彼はうなずいた。ティムは残りのサンドイッチを口に押し込み、少年の手を引く。
「こっち」
一瞬迷ったようだが、少年はティムの手を振り払うことなく後をついてきた。
ティムは反対側に路地を抜けると、一ブロック先の路地にまた飛び込んだ。
すぐ手前の建物の一階はドアがなく、表の店の備品や荷車などが置いてある。ティムはそこに勝手に入ると、壁の棚に手を突っ込んでノブを回した。棚に擬態したドアが手前に開き、中には階段があった。
これは隠し扉でもなんでもなく、木材をけちった家主が壊れたドアを直すのに不要な棚を使いまわした結果だ。棚を打ち付けてドアに空いた穴を塞いでいるため、路地側から見ただけではドアだとわからなくなっている。
少年を中に入れ、ティムはそっとドアを閉めた。
「階段を上ってくれ。屋上に出られる」
ささやくと少年はうなずいて、先立って上っていく。
ドアの向こうは静かで、追手がこの路地に入った様子はなく、ほっとする。
狭く薄暗い階段を上り切ってドアを開くと、青空が広がっていた。そして、長屋の住人の洗濯物もはためいている。
見慣れないのか、少年は辺りを見渡して目を瞠っていた。
「もう少し離れよう」
ティムは彼を促して、洗濯物の波をかきわけた。
この辺りは建物が密集していて、屋上には橋のように鉄板が渡されて行き来できるようになっていた。
どこも洗濯物があるから、下から見上げてもティムたちの姿は見えないだろう。
ティムと少年は二つ隣の建物まで移動して、下から見えない場所に腰を下ろした。
少年はどさりと座ると、膝を抱えて深く息を吐いた。
「水、飲むか?」
ティムが聞くが反応がない。
「おい、大丈夫か?」
伏せている少年の腕を揺らすと、彼はうめいた。ティムの手が濡れる。
「血? 怪我してるのか?」
少年の二の腕には切り付けられたような傷があった。切れた服も赤く染まっていて、かなりの深手に見えた。
(このままじゃ、やばいな)
自問するまでもない。ティムはすぐに力を使うことを選んだ。
傷に手をかざすと、光の粉が現れる。
治癒の力を使うと温かく感じるらしい。少年も気づいたのか、顔を上げた。彼の表情が驚きに染まる。
ものの数秒で傷は塞がった。跡も残っていない。
ティムは十歳で力に目覚めてから今まで、孤児院や砦の医務室で治癒の力を使っていた。街の診療所で使うと隠せなくなりそうなので、重傷者は砦の医務室に搬送してもらい、そちらで治療した。
使えば使うほど力が強くなるようで、だんだんと治癒にかかる時間も短縮されていった。それに、怪我だけでなく、風邪や病気、肩こりや疲労にまで効果があることがわかった。
今のところティムの力は公になっていない。
街中で力を使ったのはこれが初めてだった。
「他に怪我はあるか?」
ティムが聞くと、少年ははっとした顔で首を振る。
「今のは治癒の力か?」
「なあ、俺が女に見えるか?」
「いや、見えないが……」
繋がりのない質問返しに、怪訝な顔で少年は否定した。
「だろ。男の俺は聖女じゃない。だからさっきのは治癒の力じゃないのさ」
そう言って、目で訴えると少年は「わかった」とうなずいてくれた。
「逃げるのに手を貸してもらったしな。見なかったことにする」
「ありがとな」
「礼を言うのはこちらだ。感謝する」
硬い言葉遣いに、よく見ると質のいい服。貴族かな、と思ったが、ティムは突っ込むことなく、鞄から水筒を取り出して一口飲んでから彼に差し出した。
「水だ。飲むか?」
「ありがたい」
彼はティムが渡した水筒からためらいなく水を飲む。
知らない人からもらったものを口にしたらいけない、なんてことは、孤児院でも耳にタコができるほど聞かされている。貴族ならなおさらだろう。
ティムは彼から信頼されたようでうれしくなった。
「俺はティム」
「俺のことはヴィーノと呼んでくれ」
「じゃあ、ヴィーノ。お前がここに隠れてる間に、俺がお前の味方のとこに連絡してきてやるよ。旅行者だろ? どこに泊まってんだ?」
まさか一人旅ってことはないだろう。
しかし、ヴィーノは首を振った。
「泊まっているのは領都だ。この街には日帰りの予定で来ていた」
「あー」
領都はモナオから馬車で二時間ほどだ。そちらの方が栄えており、貴族や羽振りのいい商人はたいてい領都に泊まる。
「そんじゃ、砦でいいか。国境軍に保護してもらって、軍から領都に連絡してもらえよ」
「そうしてもらえると助かるが、門前払いされないか?」
「大丈夫。兵士見習いの見習いみたいな感じで、よく出入りさせてもらってっから」
ティムは笑顔で請け負ってから、
「そういや、さっきのやつらって何? 盗賊? 誘拐犯?」
「誘拐犯だな」
護衛の中に手引きした者がいるかもしれない、とヴィーノは顔を歪ませる。
ティムは立ち上がるついでに、ヴィーノの髪をかき混ぜ、疲労回復できるように治癒の力を振りかけた。
(あ、やべ)
ありふれた茶髪はカツラだったようで、下から青みがかった銀髪が覗いている。
この国は、平民は茶色や黒い髪。貴族は金髪や銀髪など明るい色の髪が多く、青や赤などの色が混ざっている人もいる。
ティムの表情で気づいたのか、ヴィーノは頭に手をやった。
「もういいか」
と、さっとカツラを取ってしまう。
「いいのか?」
「防犯目的だからな。お前の前では隠さなくていいだろう」
あっさりそう言うヴィーノにティムは笑う。今度は銀髪をかき混ぜて、治癒の力を振りかけた。
振ってくる光の粉にまぶしそうに目を細めて、ヴィーノは、
「お前も貴族の血なんじゃないのか?」
「だから、男の聖女はありえないって」
「いや、そうじゃなくて、その髪だ。色混じりじゃないか。瞳の色も珍しい」
ヴィーノが指さすのに、ティムは「あー」と納得する。しかし、ティムに貴族の血は流れていない。
「こんな色だけど平民だ」
もともと黒髪だったティムだが、治癒の力を使うようになってから緑がかってきたのだ。今では、緑がかった黒を通り越して濃い緑だ。
(目が金色になったことと関係あるんだろうな)
神父が言うには、普通の聖女でも髪や瞳の色が変わることはないそうだ。
ティムは、何もかも特殊だった。
治癒の力に比べたら髪の色なんて些細なことだと流している。それよりも気になるのは、恩人の魔女も緑髪に金目だったことだ。
関所で魔女に会ったことがある兵士の話だと、色の濃淡や明暗の違いはあれど、魔女は皆、緑髪に金目らしい。
(命を救ってもらったときの薬の影響かもしれない。もしかしたら、俺の治癒の力もその影響なのかも)
ただ、緑の色合いは貴族にも現れるため、ティムの髪色を見て貴族を連想する人はいても魔女を連想する人はいなかった。
案の定、ヴィーノも貴族の血筋を疑った。
「バーズキア王国の貴族は緑系の髪が多いらしい。そちらの血が混じっているのではないか?」
「バーズキア王国って?」
「大陸道で北に二つ先の国だ」
「へー」
「そちらから移住してきた貴族では?」
「うーん、平民だと思うけど? どっちにしても、もう両親とも亡くなってるから確かめられないんだ」
そう言うと、ヴィーノは口を閉じた。なんて言ったらいいのかわからない顔をしている彼に笑って、ティムは片手を振る。
「じゃあ、砦までひとっ走り行ってくるわ」
「待ってくれ」
身を翻そうとしたティムは、ヴィーノに引き留められて止まる。
「治癒の力を使ってもらったおかげで疲れが取れた。一緒に行ってもいいか? その方が早いだろう?」
「ああ、いいぜ」
こうしてティムはヴィーノと共に、街の子どもしか通らないような道とも言えない道ばかりを使って砦まで行くことになった。
街中も兵士の巡回が多かったけれど、砦はそれ以上にバタバタしていた。
門前に立っていたのは顔見知りの兵士だったため、ティムは気軽に話しかける。
「ずいぶん忙しそうですけど、もしかして魔物が出たんですか?」
「いいや、魔物じゃない。盗賊が街に入って来たんだ」
「え? 本当に?」
「街道で襲われて逃げてきたって人が駆け込んで来たんだよ」
「その人、怪我してるんですか?」
ティムが聞くと、治癒の力を知っている兵士はちらりと茶髪のカツラを被りなおしたヴィーノに目をやる。ヴィーノが初見だったからか、兵士は言葉を選んだ。
「お前は気にしなくていいぞ。怪我はないみたいだ。面会室で事情を聞いているところだと思う」
(ヴィーノの連れかな。裏切者がいるみたいなことを言ってたから、連れて行かないほうがいいんだろうなぁ)
「盗賊はまだ捕まってないんですか?」
「ああ。でも、すぐに捕まるさ。子どもらは家に帰って大人しくしているように触れまわってるんだが、誰にも会わなかったのか?」
「あ、はい。遊びながら来たんで」
ティムはあいまいに笑ってごまかして、
「今日、俺、軍医のトルコフ先生に呼ばれてるんですけど、通っていいですか? こいつは孤児院に新しく来たやつなんですけど、兵士よりも医師に興味があるから紹介したくて一緒に来たんです」
「なるほどなー。がんばれよー」
気のいい兵士はヴィーノの肩を叩いて門を通してくれた。
ティムは医務室に急ぎながら、ヴィーノを振り返った。
「軍医の先生から砦の指揮官の少佐に伝えてもらうつもりだけど、それでいいか? 下っ端の兵士に話して話が広まると危ないんだよな?」
「そうだな……」
ヴィーノの表情は暗い。
「裏切者がいるってのは憶測だろ。偶然、流しの盗賊に見つかって、貴族っぽいから狙われただけかもしれないじゃないか」
ティムの言葉に、ヴィーノはぎこちなくうなずいた。
医務室に行くと、ちょうど部屋にはトルコフ医師だけだった。
「先生、こんちはー」
治癒に目覚めてから、ティムは砦の誰よりもトルコフと過ごす時間が長い。ティムが気軽な口調で話すのはトルコフの意向でもあった。
「おい、ティム。外に出るなって聞いてないのか?」
「それが、ちょっと相談あってさ」
「相談? んん? ちょっと待て、そいつはまさか……」
ティムが後ろにいたヴィーノを前に押しやると、トルコフは目を瞠ってから禿頭を撫でた。歳は四十半ば。髪は加齢ではなく、好きで剃っているそうだ。
「はぁー。全くティムは女神の加護でもあるんじゃないか」
どうやら彼はヴィーノを見ただけで事情を察したようだ。大きなため息を吐いている。
「街で偶然、こいつが追われてるところに出会ったんだ。撒いて逃げたんだけど、泊まってるのは領都だっていうから砦に来たわけ。そしたら事件になってるだろ? 少佐にだけ知らせたくて、まず医務室に来たとこ」
ティムはざっと経緯を説明すると、続けてヴィーノが口を開いた。
「身内に内通者がいるかもしれないんだ。砦に駆け込んだのは誰かわかるだろうか」
「近衛騎士のアンディ・ルシール殿です」
「アンディか!」
信頼できる者だったのか、ヴィーノの顔に喜色が浮かぶ。
「彼は無事だろうか」
「打ち身や擦り傷くらいでしたよ。殿下はお怪我は?」
トルコフの言葉にティムは「殿下?」と固まった。
聞かれたヴィーノはティムを見た。ティムの力をトルコフに話していいのかわからなかったのだろう。
だからティムは代わりに、
「腕に切り傷。剣かな。けっこうざっくりいってたけど、俺が治した」
「そうか、お前が……」
トルコフは眉間に皺を寄せる。
「ヴィーノは黙っていてくれるってさ」
ティムがそう言うとヴィーノは「約束する」と請け負ってくれた。トルコフはまだ難しい顔をしているが、それよりティムには気になることがある。
「ていうか、ヴィーノって殿下? 殿下ってあれだろ、王子殿下とか王女殿下とか」
「俺が女に見えるか?」
ティムがヴィーノに向けたセリフを返される。
「女には見えねぇよ! わかってるよ、王子様だろ! えっと、確か、ヴィンセント王太子殿下だ」
「ヴィーノと呼んでくれ。話し方もこのままでいてほしい」
この国に王子は一人だ。一般常識として習った名前を言い当てると、ヴィーノもといヴィンセントはすぐに言い直した。
「わかった。そうするわ」
ティムがそう言うと、ヴィンセントは肩の力が抜けたように笑った。
(王子様のくせに友だちいないのか?)
ティムは失礼なことを考えていた。
トルコフから砦の責任者であるセーブン少佐に連絡してもらい、役目が終わったティムは帰ろうとしたのだが、少佐に引き留められてしまった。
「お前からも話を聞かねばならん。それに、今お前を一人で帰すのは危ない。誰かに送らせるから、兵士の手が空くまで砦にいなさい」
そんなこんなで、トルコフにしたのよりもっと詳細で丁寧な状況説明をしたあと、ティムは医務室に居残りになった。ヴィンセントから話を聞くのはティムを外して別室で行うそうだ。
「どうせだから、臨時の授業でもするか」
トルコフに言われて、ティムは「えー」と顔をしかめる。
「教えてもらえるのはうれしいんだけれど、いきなり勉強って言われるとなぁ」
兵士を目指していたティムだが、治癒の力を役立てるには医療に携わるのが一番だ。衛生兵が妥当だろうが、トルコフやセーブン少佐は軍医も目指せるように教えてくれていた。――どちらかの養子になることも示唆されている。
自分は恵まれているとティムはしみじみ実感する。
搾取されるだけの人生だってあったはずなのに、実際はいろいろなものをもらっている。
医務室の定位置で課題の本を読み始めたティムに、トルコフが話しかけてきた。
「殿下と仲良くなったみたいだな」
「うーん? そうか? 普通じゃねぇ? 逃げてたから、大した話もしてないし」
どうせもう会うこともないだろう、とティムは思っていた。
ところが、ヴィンセントは年に数回モナオにやってきた。ティムは彼が来ている間、砦で一緒に寝泊りし、変装したヴィンセントと街に出かけたり、森に散策に行ったり。二人の友人関係はそのあとも長く続くことになるのだった。
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王太子ヴィンセントの誘拐未遂の後日、王城。
ヴィンセントの近衛騎士アンディ・ルシールは仕事終わりに、同じくヴィンセントの側近クリフトン・エネッタの部屋の扉を叩いた。
「今、いいか?」
アンディが尋ねると、クリフトンは無言で招き入れてくれた。
二人の主であるヴィンセントは十四歳。彼が成長してからも仕えられることを見越して付けられたから、アンディは二十四、クリフトンも二十六とまだ若い。今は年長の者も付いているが、いずれはアンディやクリフトンが筆頭になる。
今回のことはありえない失態だった。
(殿下の初めての遠方での公務とあって、皆、力を注いでいたのに……)
関所のある街モナオを含めた一帯は、北国境伯が治めている。領都にある領主館に宿泊し、関所を見学に行く途中で襲撃にあったのだ。現れた賊を撃退している最中にヴィンセントの乗った馬車が暴走した。暴走に見せかけた逃走だったのだが、その結果、アンディたちはヴィンセントと離れ離れになってしまった。
モナオの砦でヴィンセントの無事な姿を見るまで生きた心地がしなかった。
ハーゲン王国の国王の子どもはヴィンセントだけ。早々に立太子され、継承権争いなどはない。どういう理由でヴィンセントが襲われたのか。いろいろと考えていたのだが、真相はずいぶんくだらないものだった。
「バーリン伯爵は領地と爵位の没収が決まった」
勧められた椅子に座ると、向かいに座ったクリフトンが先に切り出した。
「殿下を巻き込むなど、馬鹿なことをしたものだな」
「ああ、全くだ」
バーリン伯爵は、北国境伯領の隣に領地を持つ。彼は北国境伯に対抗意識を持っていたらしく――詳細は知らないが、年も近いから幼いころから比較されて育ったのかもしれない――、北国境伯の失脚を狙ってヴィンセントの誘拐を企てた。自領で事件が起きれば北国境伯が責任を追及されると思ったらしい。
馬車の御者はバーリン伯爵に脅されていたそうだ。
馬車に同乗していた近衛騎士の機転と技量で、監禁場所まで行く途中でヴィンセントは逃れて、モナオの街までたどり着けた。そこでティム・ガリガに出会ったのが幸運だった。
「バーリン伯爵は殿下を傷つけるつもりはなかったと主張しているらしいな」
「まあ、殿下は負傷していないことになっているから、仕方ない」
ティムが治癒したことは、砦のセーブン少佐から聞いた。
「あの件か……」
ティムの治癒力はヴィンセントとアンディとクリフトンしか知らない。あとは、砦の者などティムの関係者のみ。
「本当なのか?」
「信じられないが、本当だった」
実際に見ていないクリフトンは半信半疑のようだが、アンディは彼の力を見せてもらった。
「軍の上層部も把握しているのか? 砦だけか?」
「少佐と繋がりが深い幹部には話してあるそうだ」
砦では、セーブン少佐と軍医のトルコフが中心になってティムを匿っている。ティムの暮らす孤児院の院長は、教会に所属する立場だが、隠匿に協力していた。
「男だから聖女じゃない。聖女じゃないなら教会に報告する必要はない。――そういう論法だ」
アンディが聞いたままを告げると、クリフトンは「暴論だ」と笑った。
「正論だろ」
言い直してやると、クリフトンは片眉を上げた。
「アンディ、何を考えている?」
「お前と同じことだ」
「ティム・ガリガをこちらに引き込めないか……?」
「そうだ」
アンディもティムと話をしたが、性格にも問題がなさそうだった。
もともと砦の兵士を目指していたらしく、鍛えればものになりそうだと思った。
「文官よりは近衛向きだと思う。治癒力を隠して殿下の側に置けるなら、これ以上ない人材だ」
なにより、ヴィンセントがティムを気に入っている。
ティムはヴィンセントより二歳年下。うまくすれば学友にもできる。
「バーリン伯爵は処罰されたが、北国境伯は罰金だけだっただろう? 交換条件ではないが、ティムを引き受けさせられないだろうか」
アンディはそう提案する。
クリフトンは、唇をゆがめて笑った。
「何か掴んできたのか?」
「とっかかりだけだな」
アンディも笑う。
「モナオの街では知られていないようだが、ティムの生まれた村は北国境伯の私有地なんだ」
「荘園か?」
「言ってしまえばそうだが……いわゆる『隠れ里』だな。先代の道楽で、世俗に飽きた者が集まって住む村を山奥に作ったんだそうだ。先代も隠居後はそこで暮らしていたんだが、そのときに雇った街との連絡役の夫婦の孫がティムらしい。今でも居住者を受け入れているらしくて、希望者は北国境伯に金を払って引っ越してくるんだと」
「ということは、ティムの親は北国境伯家の使用人だったってことか?」
「そうなるな」
アンディはうなずく。このあたりのことは、どうやらティムも知らないらしい。
「親が亡くなって一人になった子どもを放り出したんだな。使用人の子どもだからって面倒を見る義務はないが、外聞は良くないだろう。それも取引材料にできそうだ」
「なるほど、おもしろい……」
クリフトンもほくそ笑む。
「それに、ティムの髪と瞳の色が少し珍しいんだ。暗い緑の髪と金目だ」
「へえ、それは……。北国境伯の先代の血筋と言い張っても通せるか……」
――こうしてティムの養子縁組は画策されたのだが、それに待ったをかけたのはヴィンセントだった。
「北国境伯に話を持っていくのは、ティムが俺の側を選んでくれてからだ」
ティムは軍と王太子から勧誘を受けながら、決めきれずに二年と少しが流れる。