婚約披露
今日はヴィンセントとヘンリエッタの婚約披露の夜会がある。
ティムは招待されて、シェリルと一緒にハーゲン王国に来ていた。
半年後にバーズキア王国の即位式があるため、二人の結婚式は一年後に決まった。ヘンリエッタはこのままハーゲン王国で暮らすため、先に婚約披露をすることになったらしい。
広域治癒や薬草栽培の指導のため、定期的にハーゲン王国を訪れているが、そのときはティムはルビィに乗って来ている。――ハーゲン王国の王宮の端にルビィが降りられる場所をヴィンセントが作ってくれたのだ。
今日はシェリルが一緒だから、転移の魔道具でやってきた。
ティムはヴィンセントの希望で、一日近衛騎士だ。
「殿下はティムに近くにいて欲しいだけだろうが、お祝いだと思って耐えてくれ」
アンディにはそう言われたが、ティムからすれば願ってもないことだ。
近衛騎士の制服を貸してもらい、腰にはリオネルの剣を差す。
シェリルはヘンリエッタの様子を見に行っていて、一緒にはいない。
「午前と午後に一度ずつ、バルコニーに立って国民に姿を見せることになっている。あとは夜会だな。その間、殿下の後ろに控えるのが仕事だ」
「わかりました」
「ティム以外に規定の人数の近衛がついているから、気楽にしていてくれ」
念のため、アンディからいざというときの立ち位置を教わって、ティムはヴィンセントの元に行った。
「ヴィンセント殿下、本日はおめでとうございます」
ティムがかしこまって挨拶すると、ヴィンセントも偉そうに「うむ」と答えたから、おかしくなって二人で顔を見合わせて笑った。
ヴィンセントは白い軍服だ。
「似合ってるぞ、王子様」
「お前もな」
しばらく雑談をして、頃合いを見てヘンリエッタを迎えに行き、そのままバルコニーへ向かう。
ティムは一番後ろを歩きながら、シェリルと合流した。シェリルは大人姿になっていた。
「あれ? その格好なのか?」
「子どもは目立つんですって」
「大人のほうが目立つと思うけど……。それに魔力は大丈夫なのか?」
過剰な魔力を常時消費するために姿変えの魔法をかけていると、以前にシェリルは言っていた。
「印象操作の魔法をかけたわ。私のことを知らない人には目につかないようになっているから大丈夫よ」
バルコニーがある部屋が近づくと、外の声がこちらまで聞こえてくる。
いつもは一般公開していない王宮の前庭を解放していて、皆、王太子と婚約者が出てくるのを今か今かと待っている。
熱気がこちらにも届くようだった。
建国記念日など年に何度か王族が顔を見せる日があるが、ティムは一般市民としても参加したことはない。初めての今回がまさかの特等席だった。
「では、ヘンリエッタ」
「はい」
少し緊張した顔のヘンリエッタの手をとって、ヴィンセントがバルコニーに出ていくと、わぁっと歓声が上がった。
アンディたち正規の近衛騎士に続いて、ティムも端に並ぶ。シェリルは侍女たちと一緒に室内に残った。
ヴィンセントとヘンリエッタが手を振ると、皆が祝福の声を上げた。
それを少し離れた位置でティムは見守る。
ふと、下から何か小さなものが飛んで来た。
次に、それを追いかけて、鳥が下から飛んで来た。
鳥は小さな何かを食べたように見えたが、次の瞬間、ぶわりと大きくなった。
「きゃぁ!」
ヘンリエッタが悲鳴を上げた。
ヴィンセントが彼女をかばい、さらに二人をかばってアンディたちが前に出る。
近衛騎士の一人が鳥を切ったが、鳥は傾いだだけで落ちることなく上空に逃げた。
「魔物!?」
ティムはとっさに上に向かって治癒をかけた。すると、上空の鳥は蒸発して消えた。
ティムはバルコニーの手すりに飛び乗り、庭を見下ろした。
驚く群衆の中に、何人か表情の違う者が混じっている。
「右後ろ! 左後ろから五列目! 右最前列!」
ティムの隣から下を見た近衛騎士が広場の警備の兵士に指示を出した。
「あ、あいつ!」
最前列にいる者が懐に手を入れたのを見て、ティムは手すりを蹴って飛び降りた。
剣の防御結界を発動させると地面に着くときに跳ねるが、その反動を利用して不審者に蹴りを入れる。不審者は人のいないほうの柵にぶつかった。
(ドロシーと遊びながら練習した甲斐があったな)
倒れた不審者の懐から、小さな鳥の魔物が出てきたのを見て、ティムは広場全体に治癒をかけた。
(他の奴が魔物を連れていたとしても、これで消えるだろ)
ティムが倒した不審者を兵士が捕えた。他の不審者も捕えたようで、確保完了の声が聞こえる。
「鳥の魔物を隠し持っていました」
「何だと!?」
ティムが報告すると兵士は目を吊り上げた。不審者は、どこにでもいる市民の服装だが、裏稼業の者だろうか。――国境の街にいたころ、森で捕えた魔物を慣らして暗殺などを請け負う『魔物使い』の存在を耳にしたことがある。
そこで、ティムは後ろから声をかけられた。
「ティム様じゃないですかい!」
「本当だ。ティム様!」
振り返ると、施療院によく来ていた患者たちだ。
「ティム様、ありがとうございます。あの薬のおかげで俺たちは元気に過ごせています」
「私も感謝しています」
いつのまにかティムは囲まれている。聞きつけた遠くの者からも声がかかった。
広場の市民は、魔物や不審者を怖がっている者、何が起こったのかよくわかっていない者、ティムを見ようと押し寄せる者で混沌としてしまっている。
「ちょっ、ちょっと。落ち着いて! わかったから落ち着いてくれ!」
ティムが両手を上げると、それを引き上げる手があった。
「ティム、乗りなさい」
シェリルだった。長椅子に乗ってバルコニーから降りてきたようだ。
ティムは魔法で持ち上げられて、空中停止した長椅子に座った。
「わぁ、魔女!」
「すげー、飛んでる!」
また新たな喧噪が生まれる中、ティムはシェリルに連れられてバルコニーに戻った。
シェリルは降りずに宙に留まる。
「ヴィーノ、ヘンリエッタ殿下も、無事だったか」
「それはこっちのセリフだ。飛び降りるなんて、肝が冷えたぞ」
ヴィンセントもヘンリエッタも気を取り直したようで、もう一度前に出た。市民に向けて言葉をかける。
「落ち着いてくれ! 不審者は捕えた。安心してほしい」
ヴィンセントの言葉で段々と静かになる。
「私の婚約者ヘンリエッタは聖女だ。怪我した者がいれば治癒をかけよう」
そして、ヘンリエッタが広域の治癒をかける。彼女は上から金の粉を降らせたため、幻想的な光景が広がった。再び歓声が上がる。
「それから、我が国に多大なる貢献をしてくれた二人を紹介しよう。ヘンリエッタと私を繋いでくれ、国の結界や市民の健康を守ってくれていた聖女ティム・ガリガ。新しい結界の魔道具などで力になってくれた魔女シェリルだ。二人に感謝を」
わっと群衆が沸いた。
手を振るヴィンセントたちに合わせて、ティムも手を振る。先ほどの患者など見知った顔が目に入る。
皆が笑顔だから、ティムも自然に笑顔になった。
知ってる顔を見つけては手を振るティムは、シェリルがいつものように目を細めて自分を見ていたのにも気づかなかった。
――後日、魔物を放った罪で捕縛されたのは、ガートルード・リッシュだった。
聖女をやめさせられたガードルードは領地に帰っていたのだけれど、裏稼業の者を雇って婚約披露をぶち壊そうとしたらしい。
ケチをつけられれば何でもよかったそうだ。
捕えられたのはやはり『魔物使い』で、魔物は共食いで大きくなるため、小さい魔物を持ち込んで強い魔石を与えて瞬間的に大きくしたという。
ヘンリエッタが魔物に遭遇したのは今回が初めてだそうだ。鳥の魔物は彼女に向かっていた。
「魔物は普通の聖女は避けないのかもしれないわね」
シェリルはあごに人差し指をあてて、ティムを見上げた。
「俺が特殊なのは、もう今さらだな」
魔女と同じく魔物に避けられるティムは、からりと笑ったのだった。




