ヴィンセントとの再会
王太子妃が決定した『泉の間』。
ティムは静かにこの場の行方を見守っている。
倒れたガートルードを神官が運び出したあと、ヴィンセントはその場に残った聖女たちに告げた。
「先に言っておくが、王太子妃が決まったからという理由での退任は認めない」
ざわつく聖女たちに、
「繰り返すが、君たちの役職は何だ? 公爵令嬢の取り巻きか? 違うだろう?」
グラディスが最初に「かしこまりました」と答えたため、他の聖女も従った。
それから、ヴィンセントは、さも今届きましたといった風に最新型の結界の魔道具を『聖なる泉』に設置させる。
「新しい結界の魔道具が魔女国から届いた。ティム・ガリガが魔女国との間を取り持ってくれたおかげだ」
ヴィンセントが後ろに立っていたティムを示すと、皆振り返った。幽霊を見たみたいに驚く聖女もいて、ティムは心外だ。
「新しい結界の魔道具は聖女の補修が不要になる。今後の聖女の仕事内容については司祭とも相談して見直すつもりだ」
そこで解散となった。
司祭たちや聖女たちはしずしずと退室していく。
ティムはヴィンセントに近づいた。
「よう! ヴィーノ! 久しぶりだな」
「ティム! 会いたかったよ」
ティムとヴィンセントは拳をぶつけ合う。
ティムはいつものようにヴィンセントに治癒をかける。
「お疲れさま」
「ああ。……どうかな? これで君の三年間を精算できただろうか?」
ヴィンセントは少し眉を下げて、ティムに聞いた。
「それはお前が気に病むことじゃねぇよ。でも、まあ、そうだな。この国のためにも、ヴィーノのためにも、リッシュ公爵令嬢が選ばれなくて本当に良かったと思う」
王太子妃になるためだけに聖女をやっていたなら、ガートルードは十年近くの時を無駄にしたことになる。
「ヴィーノが納得のいく結果になったなら、俺はそれで問題ない」
「そうか……」
肩にもたれかかってくる頭をぐしゃぐしゃとかき混ぜて治癒をかけると、ヴィンセントは少し笑った。
それからティムは、ヴィンセントの隣に立つヘンリエッタを見た。
「ご婚約おめでとうございます」
「ティム様のおかげで良い縁を得ることができました」
「俺のおかげなんですか?」
「ええ。ありがとうございます」
「ヴィーノのこと、支えてあげてくださいね」
「承りましたわ」
ヘンリエッタにも治癒をかけると、彼女はくすぐったそうに笑った。
「ねえ、ティム!」
ドロシーに話しかけられて、ティムは振り返る。
「ハーゲン王国の心配事はこれで全部なくなったよね?」
「ああ、そうだな」
「じゃあ、もうハーゲン王国に帰らないとならない理由はないよね? ずっと魔女国で暮らしてもいいでしょ?」
小首をかしげてティムを見上げるドロシーに、ティムは、今さら何を言ってるんだろう、と思う。
「ん? 俺が魔女国で暮らすことはもうとっくに決まってるぞ? 言わなかったか?」
「ええっ! 言われてない!」
「シェリルから聞いてないか?」
「聞いてない!」
「ヴィンセントにも伝えてあるんだが……」
「教えてくれなかった!」
ドロシーは「ええー、なんで、皆で秘密にしていたの?」と口をとがらせる。
ぽかぽかと殴る両手を捕まえて抱き上げると、ドロシーは、
「これからもずっと一緒ね」
と、ティムに抱きついた。
それを見ていたヴィンセントが、「この子はお前の子どもなのか?」と呆れ顔をした。
――そのあと、グラディスに謝罪されてティムは慌てた。
(俺が許さないとヴィンセントに消される、って感じの必死さだな)
よほど脅されたのかもしれない。ちらりとヴィンセントを見たら、いい笑顔を返された。
グラディスは、ヴィンセントの計らいで彼の側近のエネッタ侯爵と婚約予定だそうだ。
現宰相がガートルードの父親のリッシュ公爵だ。次代の宰相はエネッタ侯爵だと言われている。ヴィンセントはピーノ公爵派を味方にしながらも姻戚にはしない流れを作ったことになる。
「ヘンリエッタ殿下の社交界でのサポートはお任せくださいませ。わたくし、教会に入っておりましたが社交界には顔がききますのよ。伊達にお茶会ばかりしていたわけではありませんので」
グラディスの自虐的な言葉にティムは苦笑した。
姿が見えないと思ったシェリルは、一人の司祭にしきりに話しかけられていた。
「あの司祭って、俺を教会に連れてきた人だよな? ヴィーノの陣営に引き入れたのか?」
ティムが聞くと、ヴィンセントは、
「彼はたまたま利害が一致しただけだね。……女神への信仰が篤い人なんだよ」
「そういえば、俺が男なのに聖女でいいのかって聞いたら『女神の思し召しなら受け入れる』とか言ってたような……?」
ヴィンセントが、ティムから聞いた女神アンジェリーナが魔女の始祖でもある話をしたら、魔女との繋ぎを作る条件で協力してくれることになったらしい。
あとでシェリルに何を話していたのか尋ねたら、
「聖地巡礼させてほしいって言われたわ。八王国全部の『聖なる泉』を巡ったらしくて、『魔の泉』にも巡礼したいんですって」
「確かに、魔女国ほどアンジェリーナに所縁のある場所はないけど……」
――これが縁で、人間の司祭が『魔の泉』を訪れる巡礼会が定期開催されるようになったのだった。




