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魔女国の騎士~役立たず認定された聖女(♂)、魔女の国に行く~  作者: 神田柊子
第四章 男の魔女

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新しい聖女

 バーズキア王国のスタンピードから二ヶ月。

 ティムの元にヴィンセントから連絡があった。

『準備ができたから、ティムも見に来てくれ』

 ヴィンセントは魔女も招待してくれた。

 シェリルと、絶対に行くと言い張ったドロシーが一緒だ。

 当日、ティムたちは、転移の魔道具でハーゲン王国の謁見の間に転移した。

 この場から魔女国に行ったのはそれほど前ではないのに、ひどく懐かしい。

 ティムは今日は久しぶりに神官服を着ている。リオネルの剣は、上着の下に隠していた。

 迎えてくれたのは、ヴィンセントの近衛騎士のアンディ・ルシールだ。広い謁見の間に、彼以外は誰もいなかった。

「ご無沙汰しています」

「ああ、久しぶり。通信魔道具越しに顔は見ていたけど、元気そうで何よりだ」

 アンディは爵位を持った貴族だが、ティムに気さくに話してくれる。

「ヴィーノの側を離れて大丈夫ですか?」

「他の騎士がついているから問題ない」

 彼は魔女二人にも挨拶して、歩き出す。――アンディはドロシーも魔道具で見たことがあるそうで、五歳くらいの見た目だが戸惑うことなく受け入れてくれた。

「どこに行くんですか? というより、ヴィーノは何をやろうとしてるんですか?」

「それはお楽しみ、と言いたいところだけれどね。目的地は教会だ。新しい聖女が来て、王太子妃が決まる」

「え? 新しい聖女が王太子妃に選ばれるんですか? 年下すぎませんか?」

 新しい聖女はキャサリンたちより年少のはず。

「そちらは本当に、見てみてのお楽しみだな」

 アンディに連れられて、誰にも会わずに城から直接教会の敷地に入った。どうやら聖堂に向かっているようだ。

「ここがティムが住んでいた教会?」

「すごく広いんだね」

 シェリルとドロシーも辺りを見回しながらついてくる。

 聖堂に入ると、聖女の判定がすでに始まっていた。

 前方に大司祭や司祭がおり、彼らに取り囲まれるように聖女服の女が一人。ヴェールを被っていて顔はわからないが、見え隠れする髪が濃緑だった。――それでティムにはだいたいわかった。

 ヴィンセントは壁際にいる。

 アンディは「では、また後で」と言って、ヴィンセントのほうに行く。それで、こちらに気づいたヴィンセントにティムは軽く片手を上げた。彼は小さくうなずき返してくれる。

 司祭たちから少し離れて現役聖女たちがいた。聖女たちはざわついている。

 後方にキャサリンとアイリスを見つけて、ティムは近づく。

 すると、彼女たちがこそこそと話しているのが聞こえた。

「あの方はどなたかしら」

「殿下は教えてくださらなかったですものね」

「あの髪の色、もしかしてティムなのでは? きっと魔女国で性別を変えてもらったのよ!」

「まあ! さすが魔女ですわね」

 ティムは呆れて、「そんなわけないだろ」と声をかける。

 振り返った二人は驚き、口を押さえて声をのみこんだ。

「いつ帰ってきたのですか?」

「ついさっきな」

「ティムがここにいるなら、あの方はどなたでしょうか?」

 小声で話している間にも判定は進行しており、ヴェールの女は判定魔道具の球体に手を乗せた。

 すると、すぐに球体は強い光を発した。

「おぉっ!」

「確かに聖女だ」

 司祭たちから声が上がる。

 大司祭が、くるりとこちらを振り返り、

「ヘンリエッタ・バーズキアを新しい聖女と認める」

 と、宣言した。

(やっぱりヘンリエッタ殿下か。あの髪色は他に心当たりがないもんなぁ)

 ヘンリエッタの名前を聞いた聖女たちが、「王女殿下?」「バーズキア王国の?」と声を上げた。

 貴族令嬢は他国の王族の名前も知っているんだな、とティムは感心する。

 そこで、ヴィンセントが中央に進み出た。司祭たちは端に下がる。

 聖女たちのおしゃべりが止み、場がしんと静まった。

「この度、王太子妃が決まった。追って公示されるが、先にこちらで知らせることにする」

 ヴィンセントはヘンリエッタの手を取って、自身の隣りにエスコートする。

 ヘンリエッタはヴェールを外した。魔女国から帰ったときより、表情が明るい。柔らかく微笑む様子は誰よりも聖女らしかった。

「私の妃になるのはヘンリエッタ王女だ」

 すぐさま礼をしたのはグラディスとその派閥の聖女たち。それから、キャサリンとアイリスだ。少し遅れて、ガートルード派の聖女たちも頭を下げた。

 納得しないのはガートルード一人だけだった。

「どうしてですか! なぜ、突然やってきたこの女が王太子妃になるのですか!?」

「この女などと失礼な! 彼女は王女だぞ」

「い、え、申し訳、ございません。でも! わたくしはずっと王太子妃を目指して」

 ガートルードが言い募るのをヴィンセントが遮った。

「君の役職はなんだ?」

「王太子妃候補ですわ」

「聖女だろう?」

「それはもちろんですわ」

 ガートルードは胸を張る。

「君は聖女として何をした? 私が視察に来る前だ。リッシュ公爵派の貴族の治癒だけだろう? 『結界の補修』も施療院の当番もやらずにお茶会ばかりやっていた。違うか?」

「…………」

「聖女の仕事を全うできない者は王太子妃に相応しくない」

 ヴィンセントが宣言すると、ガートルードは「それなら!」と声を上げた。

「それなら王女殿下は『結界の補修』ができるのですか? 高貴な方が聖女の仕事をしていたなんて信じられませんわ!」

 ヴィンセントは不快そうに片眉を上げるが、ヘンリエッタは静かな微笑みを崩さない。

 スタンピードの荒療治が良かったのか、帰国後にさらなる心境の変化でもあったのか、もともと公式の場ではそうだったのか、ヘンリエッタは自分が槍玉にあげられているのに堂々としている。

「いいか?」

「ええ、構いませんわ」

 ヴィンセントがヘンリエッタにうかがい、彼女がそっとうなずく。

 その距離感から二人の親しさが伝わる。――実際に親しくなったのかそういう演技なのかはティムにはわからない。しかし、ガートルードには有効なようで、彼女は悔しそうに歯ぎしりしている。

「では、今日の日課はヘンリエッタ王女にやってもらおう」

 ヴィンセントがそう言って、皆で『泉の間』に移動した。ティムたちも後ろからついていく。

 地下の『泉の間』は人間たちの喧噪をよそに、静謐を保っている。

「これが『聖なる泉』。それで、あれが旧式の結界の魔道具」

 ティムはシェリルに囁いた。

「確かに、『魔の泉』に似ているわね」

 ヴィンセントにエスコートされたヘンリエッタが魔道具の前に立つ。ティムは初めて見るが、端のほうに設置された水盤が結界の傷を調べる魔道具だろう。そちらが起動されると、水盤には黒い汚れが二つ浮いているのがわかった。

「では、ヘンリエッタ王女。よろしく頼む」

「承知いたしました」

 ヘンリエッタは『聖なる泉』に一礼してから、結界の魔道具に触れた。彼女の両手から金の粉がぶわりと溢れ、魔道具の球体に吸い込まれていく。

 水盤の汚れが消えるまで、一分もかからなかった。

「終わりましたわ」

 ヘンリエッタが振り返り、微笑む。その顔には疲労のかけらもなかった。

 皆が感心する雰囲気になる中、

「ふ、不正ですわ! そうに違いありません」

 ガートルードは往生際悪く、水盤を指さす。

「きっとまだ傷が残っているはずです! わたくしは毎日倒れるほど治癒力を使っていましたのに」

 ガートルードは結界の魔道具に駆け寄り、球体に触れた。彼女の手から治癒力の金の粉が出てくるが、それは球体に吸い込まれることなくはらはらと落ちていく。

 その様子は先ほどのヘンリエッタの補修とは全く異なり、ガートルード自ら、補修が完了していることを証明した形だ。

 ヘンリエッタと目が合ったため、ティムは両手を広げて見せた。

 それが通じたようで、ヘンリエッタは『泉の間』全体に広範囲の治癒をかけた。

 ふわりと金の粉が地面から吹き上がる。

「まあ!」

「綺麗ですわ」

「うむ。さすがは王女殿下ですな」

「ほぉ、これは……癒されるのぅ」

 聖女たちも司祭たちも、感動したりため息をついたりしている。

 ガードルードだけが、呆然とした顔で宙を見上げた。

「わたくしが、わたくしが……」

 そんな彼女にヴィンセントが最後通牒を突きつける。

「リッシュ公爵令嬢。私は、君だけは絶対に選ばない」

 ――そして、ガードルードはその場に崩れ落ちたのだった。


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