閑話:ドロシーの暗躍
バーズキア王国に行っていたシェリルとティムが帰ってきたのに気づいて、ドロシーは走って玄関に向かった。
それなのに楽しみにしていたお土産はないとティムは言う。
文句を言うドロシーに、ティムは毛玉に集られながら、
「捕まったり、逃げたりで、それどころじゃなかったんだよ」
「捕まった!? なんで?」
「またあの男が何かしたの?」
遅れてきたシンシアも声を荒げる。毛玉たちはぶわりと毛を膨らませた。
そこで、シェリルが「私から話すわ」とドロシーたちを宥めるように見て、ティムには「あなたはヴィンセント殿下に連絡した方がいいんじゃない?」と促した。
「あ、そうだな。ヴィーノがローランド殿下に連絡してくれたおかげだもんな」
追い払う口実だとわかっているのにティムはシェリルに従って、先に屋敷に入って行った。
(私やシンシアのお願いは聞いてくれないときもあるのに)
ドロシーは口を尖らせてティムを見送ってから、シェリルに向き直る。
子ども姿のシェリルだけれど、ドロシーのほうがもっと子どもだ。
そこでシェリルから聞いたのは、ティムが殴られて投獄され、リオネルの剣を取り上げられた話だった。
シェリルも捕らわれたと聞いたけれど、それは全然心配にならなかった。シェリル本人も気にしていない。
しかし、ティムへの仕打ちは許せない。
「バーズキア王国、潰しちゃおうよ!」
「いいわね、そうしましょう」
ドロシーの提案にシンシアも賛成してくれたけれど、シェリルは首を振った。
「国全部が悪いわけじゃないからそこまでしなくていいわよ。その代わり、国王には魔女の呪いをかけておいたから」
「まあ! それなら十分よ」
シンシアが手を叩く。
ドロシーも魔女の知識から呪いについて思い出して、溜飲を下げた。
「呪いをかけたってことは、シェリルもティムは魔女国の仲間だって思ってるんだよね?」
ドロシーは、誕生の祝福をかけてくれたティムを仲間だと思っている。それを頼んだ先代魔女ヴェロニカも同じだろう。
死に直面した魔女はアンジェリーナの代理人、というなら、魔女の始祖もティムを認めていることになる。
シェリルだけが煮え切らなかった。
「大切な存在だとは思っているわ。アンジェリーナにとってのリオネルくらいに」
「それなら仲間でいいじゃない! このままずっと魔女国で暮らしてって、ティムに言おうよ!」
「ティムは人間なのよ? ハーゲン王国には仲の良い人だっているでしょう? 王太子殿下はティムを心配しているし」
「それはそうだけど、先に知り合ったほうが優先されるなんて決まってないじゃない! シェリルがお願いしたら、ティムはきっとここに残ってくれるよ!」
シンシアもドロシーの隣でうなずいている。
それなのにシェリルは首を振った。
「だったら余計にできないわ。ティムが聖女になったのは私のせいなんだから」
「もうっ! シェリルはいつもそれ! ティムはシェリルに感謝してるって言ってたんでしょ?」
ティムの治癒力が規格外であればあるほど、シェリルは罪悪感を覚えるようだ。
ドロシーはティムの祝福を受けたせいか、シェリルとシンシアと同じくらいティムを近い存在に思っている。
(だって、私が生まれたときからティムはここにいたんだもの。いつか人間の国に帰るなんて、おかしいわ)
ドロシーは唇を噛んだ。
シェリルは話は終わり、とばかりに、毛玉に声をかける。
「毛玉。明日の打ち合わせをしたいから、ティムが通信を終えたら教えてくれる?」
それを聞いて、ドロシーは思いついた。
(ティムが自分からここに残りたいって思うようになればいいんだ!)
ティムの祖国への憂いを取り除けばいいのよ、とドロシーは駆け出す。
「私がティムに伝えてくる!」
「あっ! ドロシー、余計なことは言わないようにね」
「はぁい!」
ティムたちが不在の間にヴィンセントとやりとりしたのはドロシーだ。そのときにハーゲン王国でティムがどんな立場だったのか簡単に聞いていた。
(ついでにティムに仕事を押し付けた聖女たちに仕返しできたら最高じゃない?)
通信部屋に駆け込むと、ちょうど話が終わるところだったようだ。
「あ、ドロシー。お前がヴィーノに知らせてくれたんだってな。ありがとうな」
ティムはドロシーの頭を撫でるときに治癒もかけてくれる。
くすぐったくて肩をすくめたドロシーだったけど、通信魔道具に映るヴィンセントを見て目的を思い出した。
「ティム、明日の打ち合わせをしたいってシェリルが呼んでたわ」
「おっ、そうか。ありがとう。……それじゃあ、ヴィーノ、またな!」
「待って待って! 私、ヴィンセント殿下とお話したいの。……お時間ありますか?」
ドロシーが丁寧に尋ねると、ヴィンセントは『大丈夫だよ』とうなずいてくれた。
ティムは「ヴィーノがいいならいいけど」と心配顔で、ドロシーを椅子に座らせてくれる。それから通信部屋を出て行った。
ぱたんと扉が閉まると、ヴィンセントはおもしろそうに笑う。
ドロシーも不敵に笑った。
「王太子のお兄さん、便利な魔道具があるんだけど要らない?」
『どんな魔道具か聞かせてくれるかい?』
ヴィンセントもドロシーも、『ティムの敵は私の敵』で考えが一致している。
午前にヴィンセントから話を聞いたドロシーはすぐ、毛玉とシンシアに手伝ってもらって、使える魔道具を倉庫から探してきたのだ。
「怪我や病気、疲労まで、身体の不調を調べる魔道具なの! 不調がなくなれば反応が消えるから、これを使えば治癒の手抜きがわかるわ」
『へー、それは便利だね』
ヴィンセントはにやりと笑う。
(ティムは殿下のこんな顔は知らなそう……)
ドロシーも、むふんっと笑う。
まだ誕生して十日も経っていない魔女ドロシーは、こうして悪だくみ仲間を得たのだった。




