ルビィの話
日も暮れるころ、ルビィはやっと泣き止んだ。
ティムたちはルビィに向き合って話を聞く。どちらにしても鉱山でもう一泊してから帰路につく予定だった。
巨大なドラゴンで洞窟前の広場はいっぱいなので、テントは洞窟の中に張り、結界の魔道具は最大範囲に設定してルビィも入るようにする。
「これ、この結界よ。アンジェリーナのときと同じ治癒力の気配がしたから、久しぶりに会いに来てくれたんだと思ったのよぉー」
ルビィは、ティムが再起動した魔道具に鼻を向ける。
魔力を持たないドラゴンは魔物がいない高山に住んでいるそうだ。ルビィはこの背後の山の頂上がねぐらだと言う。
「魔女がちょくちょく来てるのは知ってたんだけど、アンジェリーナじゃなさそうだったから別にいいわって思ってたの。もっと早く魔女と話をすれば良かったわ」
アンジェリーナなんて女神になるほど伝説の存在だ。ドラゴンの時間感覚が長すぎて、ティムは呆れる。
(ていうか、このドラゴンも伝説の存在だよな。勇者リオネルに倒されたドラゴンだもんなぁ)
「ドラゴンってルビィ以外にも」
「ルビィちゃん」
「ルビィちゃん以外にもいるのか?」
呼称を直されながら、ティムはルビィに尋ねる。
「ええ、わんさかいるわよぉー。人間や魔女は大陸のこっち側に住んでるでしょ」
ルビィはそう言って西方向に顔を向ける。
「ドラゴンはあっち側に住んでるわ」
今度は北側を示す。ちょうど背後の山の方だ。
「この山の向こうは山脈なのよ。この山が少し離れてぽつんとあるの」
「山脈って、高い山がずっと続いてるんだよな?」
大陸の地形がどうなっているのか、ティムは全く知らない。
人間の国では、結界のすぐ外までしか把握していない。
ティムは魔女国に行って初めて国外に出た。おととい、バーズキア王国からの帰りに、初めて結界の外の森の様子を俯瞰した。今回の鉱山が一番の遠出だ。
「魔女国には大陸の地図があるのか?」
「大陸西部の地図はあるけれど、素材の採取場所や珍しい魔物の生息地が書いてある程度よ。『大陸道』の外側なんて大半は森だもの」
「西部以外には魔女もあまり出かけないのか?」
「そうね。そういう研究をした魔女はいないと思うわ」
未研究分野があるなんて、とシェリルは目を瞬かせた。
ティムは再度ルビィに、
「この山は山脈から離れてるって言ってたけど、ルビィちゃんは仲間から離れて暮らしてるのか? アンジェリーナとの誓約のせい?」
「いいえ。違うわ。アンジュに出会う前からよ」
そこでルビィは翼を広げる。
「ほら、アタシって綺麗な赤色でしょ? 他のドラゴンは黒とか茶色とか、みーんな地味なのよぉ。アタシだけ鮮やかだから嫉妬されちゃって。やぁねぇ、ドラゴンのくせに皆度量が小さいんだから。あまりにもうるさいから、こっち側に出てきたの」
「ドラゴンもそういうのあるんだな」
「嫌よねぇ。ホント」
育った街の商店の女将のような相槌がティムには懐かしい。
「北の山脈を出てきたら、たまたま素材採取に来てたアンジュとリオネルに会ったの。アンジュに一目惚れしたアタシは一緒に暮らしたくて追いかけて行ったんだけどね。あのころアンジュは人間と同じところに住んでたから、アタシが来ると家が壊れるー、庭園が潰れるーって人間たちが大騒ぎよ! アタシは人間なんてどうでもいいんだけど、アンジュが非難されるのは嫌だから、誓約を結んであげたのよぉー」
「まあ、そんないきさつがあったのね」
シェリルも初耳らしく驚いている。
勇者リオネルのドラゴン退治の話は創作なのだろう。
「アタシの身体より大きなお城を建てておいて、アタシが降りる場所はないなんて、人間って勝手よねぇー」
「ルビィちゃんは小さくなれないのか?」
ティムがそう聞くと、ルビィはバタンと尻尾で地面を打った。
「アタシは魔力がないから魔法は使えないのっ!」
「あー、そっか」
ドラゴンはなんとなくなんでもできそうな気がしてしまう。
「ん? だったら、洞窟で俺を吹っ飛ばしたのは? 魔法じゃないなら何なんだ?」
あのときは、岩が飛んできたわけでも、尻尾で叩かれたわけでもなかったと思い出す。
「ブレスよ、ブレス!」
ルビィはそう言うと、振り返って森に向かって口を開ける。ボフッと音がしたかと思ったら、少し先の大木がズドーンと倒れた。周囲の木も巻き添えにして、地面が揺れるほどだ。
「うわっ。俺にはだいぶ手加減してくれたんだな……」
「そりゃそうよ。リオネルが死んじゃったらアンジュが泣いちゃうもの!」
「いや、俺、ちょっと死にかけてなかったか?」
「リオネルなら、あのくらい避けたわよぉ」
「え、まじか。さすが勇者だな」
「アンジュの隣に立つならあのくらいじゃないと認めないわ」
ティムは腰の剣に手をやる。
騎士への道のりは思った以上に厳しいようだ。
――赤いドラゴンだから火を吹くかと思った、とルビィに言ったら、
「生きものが火を吹くわけないじゃない! 赤毛の人間は火を吹けるの? ドラゴンを何だと思ってるのよ!」
と、怒られたのだった。
治癒力の結界の中が心地いいと言って、ルビィは頂上に帰らずにその場に泊まった。
そして翌朝。
「アタシも一緒に連れてってちょうだい! いいえ、ダメって言われてもついていくわ!」
ルビィは大きな翼を朝日に輝かせて、宣言した。
「あなたの大きさじゃ屋敷の中には入れないわよ?」
シェリルが腕組みしてルビィを見上げる。
「庭に降りるところを作ってくれたら、それでいいわよ」
「魔物は大丈夫なのか? ルビィちゃんは魔力がないんだろ?」
「結界があるでしょ?」
「魔女国にはないぞ」
「じゃあ、アタシのために作りなさいよ! 何なら昨夜使ってたやつで我慢してあげるわよ。あんたの治癒力はこのくらい余裕なんでしょ?」
ルビィは、ぺしぺしと尻尾で地面を叩く。
ティムは眉を下げた。
「俺が魔女国にいる間はいいけど、いつまでいられるかわからないんだ。俺は人間の国からの居候なんだよ」
「えっ! あんた、魔女じゃないの?」
ルビィが驚くから、ティムも驚く。
「治癒力はあるけど、魔力はないぞ」
思わず「ないよな?」とシェリルに確認したけれど、「ないわよ」と肯定が返ってきた。
「嘘ぉ! こんなにアンジェリーナっぽいのに?」
ルビィはティムの匂いを嗅ぐように、頭に顔を寄せてきた。
「アンジェリーナっぽいって、どういうこと? 治癒力以外にも理由があるの?」
シェリルがそう聞くと、ルビィは地団駄を踏む。
「改めて聞かれても、うまく説明できないわよぉー。でもドラゴンの繊細な感性が訴えかけてくるの!」
「繊細な感性? 最初にリオネルと間違えたのに?」
「あれは、あんたの装備のせいよ」
ルビィは力説する。
「アタシは人間の聖女も見たことあるけれど、アンジュとただの聖女はなんか違うの。シェリルみたいなただの魔女とアンジュもなんか違うわ。今まで会った誰が一番アンジュっぽいかって言ったら、ティムがダントツなのよー」
ティムとシェリルは顔を見合わせる。
シェリルは眉間に皺を寄せて、難しい顔をしていた。
「また自分のせいで俺が異質なものになったって思ってないか?」
ティムが聞くと、シェリルは少し目を伏せた。
「もう気にしなくていいって言っただろ。初代聖女で魔女の始祖で、女神のアンジェリーナに似てるなんて、過分すぎる名誉だ」
「でも……」
ティムはシェリルを遮った。
「俺は、聖女より魔女になれたら良かったのにって思ってる。できれば、このまま魔女国で暮らしたい。ダメか?」
「…………」
言葉を失くすシェリルに、ティムは笑顔を向けた。
「俺の希望は魔女国の一員になることだから。――考えておいてくれ」
「わかったわ……」
硬い表情のままうなずくシェリルに、ティムはもう一度笑顔を見せてから、
「ルビィちゃんの結界、俺は構わないけど、どうする?」
「そうねぇ」
大人しく待つルビィをシェリルは見上げた。
――結局、ルビィも魔女国に行くことになった。
屋敷の裏手に結界の魔道具を設置すると、ルビィは自分で木を薙ぎ倒したり掘り起こしたりして場所を作った。
山の岩場が本来のドラゴンの巣らしく、ルビィはどこからか岩を運んできて、「これは寝床で、これは椅子よ」とあっという間に自分好みに整えた。
ルビィを一番気に入ったのはドロシーで、ティムに「バーズキア王国のお土産を忘れたことも、帳消しにしてあげるわ!」と手を叩いた。
ルビィも小さくてかわいいものが好きらしく、ドロシーを気に入ったようだ。
ルビィがドロシーを乗せて飛ぶようになり、何も言わずに遠出してシェリルに怒られるまで、それほど時間はかからなかった。




