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魔女国の騎士~役立たず認定された聖女(♂)、魔女の国に行く~  作者: 神田柊子
第三章 魔女国の騎士

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鉱山のドラゴン

 ティムはシェリルと共に、人間の国からも魔女国からも離れた山に向かっていた。

 目的は吸魔硬銀の採取だ。最新型の結界の魔道具に使う素材だが、ハーゲン王国の魔道具を作ったときに在庫を使い切ったそうだ。

 バーズキア王国からの帰りは目立たないように長椅子だったが、今回はベッドを出してもらった。

「長椅子は、足の下に何もなくて落ち着かないし、少し動いたら落ちそうで怖かったんだ」

「だから、ベッドが楽だって言ったでしょう?」

 ティムが寝転んでいる隣で、ヘッドボードに寄りかかって座るシェリルも笑う。飛行中だから大人の姿だ。

 上を向いているから、視界は空だけだ。結構な速さで飛んでいるのだけれど、シェリルが風除けの魔法をかけてくれているため快適だった。

 バーズキア王国から魔女国の屋敷まで三時間ほどだった。近かったわけではなく、飛行速度が速かっただけだ。

 転移して捕らわれて、逃げ出して、帰ってくるまで、全部一日で終わった。

(盛りだくさんな一日だったな……)

 そして翌日には素材採取だ。

 鉱山まではシェリルが飛ばしても一日かかるそうだ。

「それにしても、あなたも大きくなったわねぇ」

 シェリルはしみじみ言う。

「さっきも聞いたよ」

 ベッドを出したときも、ティムには少し窮屈だったため大きくしてもらったのだ。

「初めて会ったときと同じ状況だから、余計にそう思うのね」

「十年だからなぁ」

 ティムも感慨深い。

(シェリルは変わらないなぁ)

 二人の違いを際立たせるその言葉は、声には出せなかった。


 鉱山に到着したときにはもう夜だった。

 山の麓、目の前は深い森だ。木の幹の太さがハーゲン王国の結界の近くとも、魔女国の周囲とも違う。すぐ先は真っ暗で、月も星も届かない。踏み込んだらすぐに迷いそうだった。

 採取に来るのは魔女だけなので、普通の鉱山のような設備があるわけではなく、洞窟の入り口が少し広くなっている程度だ。その周辺だけは木がなかった。

 ティムは毛玉が持たせてくれた一人用のテント――気温調整機能が付いた魔道具だ――を二つ張る。

 それから森を見て、子ども姿になったシェリルに尋ねた。

「魔物は大丈夫なのか?」

「よほど強いものじゃなければ近づいてこないと思うけれど、念のため結界の魔道具を持ってきたわ」

「え、国を守るやつ?」

「範囲が狭い簡易版よ」

 そう言ってシェリルが空間から取り出したのは、ティムがよく見知っている結界の魔道具だった。

 台座の上に球体が乗っているのは変わらないが、片手で持てるくらい小型だ。

「魔石でも動くけれど、あなたが起動してみる?」

「治癒力で? やる!」

 二つのテントの間に置いた魔道具の球体に触れて、ティムは治癒力を流す。

(この力をぐんぐん吸い取られていく感じ、久しぶりだな)

 少しすると、球体はわずかに浮かび、回転し始めた。

 吸い取られる感じがなくなったところで力を止めると、ほんのり金に光る幕が広場になっている洞窟前を半球状に覆っていた。

「完璧ね。力は使いすぎていない?」

「全然。もっと広範囲でもいける」

 ティムが笑うと、「あなただけで国が作れそうね」とシェリルも笑った。


 翌朝、ティムは少し早く目が覚めた。テントから出ると澄んだ空気に背筋が伸びる。

「囲まれてんなぁ」

 あちこちから視線を感じて見渡すと、枝には猿や鳥に似た魔物がたくさん、下草の陰には大きな猫のような魔物がいた。

 ティムは広範囲の治癒の要領で、結界の周りの地面に治癒力を行き渡らせる。

 猫魔物は危険を察知したのか、すぐに身を翻して逃げていった。しかし、樹上の魔物たちの何匹かは逃げ遅れ、ティムが治癒力を吹き上げると巻き込まれて、溶けて蒸発して消えた。

 王都や魔女国で魔物を見ることはないから、ティムが魔物と対峙したのは国境の街モナオで魔物を切ったとき以来だ。

(魔物は剣で戦うより、このほうが手っ取り早いな)

 ティムが剣で切っても同じように溶けて消えるが、治癒力なら一度にまとめて攻撃できる。

 かさりと音がして、シェリルが起きてきた。

 挨拶を交わしてから、シェリルは森に目をやる。

「今、あなたが魔物を倒したの?」

「ああ。治癒力は聖水と同じ効果があるみたいなんだ。あ、俺以外の聖女もそうなのかはわからないけど」

 貴族令嬢の聖女が魔物に遭遇することなどない。

「魔物も魔力を持っているから、魔力水で消すことはできないわね。攻撃魔法で倒すのよ。でも魔物は魔力が強い魔女や泉を避けるから、魔力そのものをぶつけても撃退できるのかしら?」

 シェリルは何か考えるように、あごに人差し指を当てた。帰ったらまた実験かもしれない。

 そうこうしているうちに、鬱蒼とした森の上に朝日が昇る。わずかに差し込む木漏れ日が、暗かった森に奥行きを作った。

「綺麗だな」

「そうね」

(光を求めてうねうね移動する植物魔物が視界に入らなければ、もっと綺麗なんだがなぁ)

 それから、弁当を食べ――シェリルの空間魔法でしまっておくと傷まないらしい――、テントを片付けると早速採取だ。

 ティムたちは洞窟を奥に進む。シェリルが魔法で浮かせた灯りが先を照らす。

 歴代魔女が魔法で補強しているから、洞窟が崩れることはないらしい。足元も歩きやすかった。

 しばらく歩くと行き止まりになった。

 シェリルが小型のツルハシを取り出したから、ティムは自分がやると申し出た。

「この白っぽい石が吸魔硬銀よ。磨けば銀色になるわ」

 ティムはシェリルが指差した部分の周囲に亀裂を入れていく。何回目かで吸魔硬銀を含む石塊が外れ落ちた。

「おー。これが吸魔硬銀かー! 勝手に力を吸い取られる感じはないな」

「加工前だもの。でも、治癒をかけたら吸収すると思うわ」

「へー。かけてみていいか?」

 ティムは断ってから、治癒をかける。

 金の粉が鉱石を包むと、すうっと収束して消える。そして、鉱石は銀色に光った。

「まあ、光るのね!」

「魔道具にすると光らないよな?」

 結界の魔道具も、勇者の剣も、治癒力を込めても光らない。

(あーでも、聖女判定の魔道具は光ったっけ? あれは判定のために光るようにしてるんだろうけど)

「そうね……。魔道具の回路のせい? 研磨のせいかしから?」

 シェリルはまた考えを巡らせているようだ。

「この辺に治癒力を撒いたら鉱石だけ光って探しやすくならないかな?」

「確かに便利かもしれないけれど、何にどう影響するかわからないから今はやめておきましょう」

 シェリルは手を打って、

「代わりに少し多めに採って帰るから、よろしくね」

 と、自分用のツルハシを取り出した。

「了解!」

 途中で昼休憩を挟んで、ティムたちは採取を続けた。

 結界の魔道具を余裕で十個は作れそうなくらい掘り出し、出口を目指す。採った石はシェリルが空間魔法でしまったから手ぶらだ。

 洞窟の出口から、外の森が見えたとき。

「その剣! その格好! リオネルね!」

 地響きのような声がして、確かめる間もなく、ティムは何かに腹を殴られるようにして吹っ飛ばされた。

「ぐわっ!」

 硬い石壁に背中が当たり、跳ね返って地面に落ちた。

 治癒をかけなくてはと思うが、それより前に意識が遠ざかる。

「ティム!」

 シェリルの叫びが耳に残った。


::::::::::


「ティム!」

 シェリルは姿変えの魔法を解き、岩壁を立てて再度の攻撃を防ぐと、慌ててティムに駆け寄った。

 空間からティムの治癒力水を取り出し、彼の口に流し込む。

(意識さえ戻れば、ティムは自分で回復できるはず)

 森で魔女が攻撃されるなんて今までになかったから、防御や攻撃の魔道具の準備が甘かった。急ぎで出発したから、リオネルの剣の整備もしていない。

 バーズキア王国に続いての失敗だ。

(お願い、起きて)

 その願いは叶い、ティムは咳き込みながらうっすら目を開けた。

「治癒をかけられる?」

「……だい、じょ、ぶ……」

 すぐにティムの身体が金の粉に包まれた。

「大丈夫だ。ありがとう。……悪い。また先にやられた」

「今のは私も防げなかったから。私こそごめんなさい」

(またティムに怪我させてしまったわ……)

 ドロシーが怒る顔が目に浮かぶ。

「いや。守るとか言っといて、俺はいっつもこれだから……」

 身体を起こしたティムに残りの治癒力水の瓶を渡す。

「お互いに反省はあとにしましょう」

「そうだな」

 彼は一気飲みして、立ち上がった。

 もうすっかり良いようだ。

(やっぱりこの治癒力は規格外よね)

 人間の聖女のことはわからないが、ティムから聞く範囲では、彼の治癒力は飛び抜けている。

 魔女国の記録にあるアンジェリーナの力に近い。

 使ったから増えたとティムは話していたけれど、治癒力と魔力を持っていたアンジェリーナと、魔力水を飲んで治癒力を得たティムは性質が似ているのかもしれない。

「さっきのは魔物か?」

 ティムに聞かれてシェリルは首を振った。

「わからないわ。私もよく見えなかったの」

 そう答えてから、石壁の向こうを探る。

「結界の魔道具は壊されていないし、魔力は感じないの。隠遁が使える魔物でも、意識して探れば魔力の漏れがわかるんだけれど、それもない」

「あとさ、リオネルとかなんか、しゃべってたよな?」

「ええ。私も聞こえたわ」

「魔物ってしゃべるのか?」

「話さないわね」

 シェリルとティムが顔を見合わせたところで、ドーンと石壁が揺れた。

「リオネルー! 出てきなさいよ! あんな攻撃であんたが死なないのはわかってるのよー!」

 重低音の声は女言葉だ。

 ティムが小声で、

「向こう側に広範囲の治癒をかけてみていいか? 魔物ならそれで消える。消えなかったらまた考えよう」

「いいけれど、治癒力はまだ余裕があるの?」

「ああ、問題ない。さっきのは治癒力水も使ってたし」

 ティムはシェリルの心配をよそに、にかっと笑うと、石壁に右手を差し出した。

 彼が手を振ると、大きな声が響いてきた。

「これっ! 治癒力じゃない! アンジェリーナもいるのね! アンジェリーナ!!」

 アンジェリーナとリオネルを知っているなんて、何者だろう。

 そう考えるシェリルに、ティムが、

「あのさ、人間の国に伝わる勇者リオネルの冒険譚に、倒したドラゴンと和解して友だちになるってのがあるんだけどさ。もしかして……?」

「ドラゴン? あっ!」

 シェリルにも心当たりがあった。アンジェリーナの記録を思い出す。それによると、友だちというより誓約で縛った関係だ。

(人間の国に近づかない代わりに、アンジェリーナが定期的に会いにいく約束だったわね……。アンジェリーナの死後も誓約が切れていないのかしら?)

 そうしている間も、石壁は揺れている。壊されるのも時間の問題だ。

「おーい! お前はドラゴンなのか?」

 ティムがそう声をかけた。

「そうよ! アンジェリーナ! あなたのルビィちゃんよ!」

「ルビィちゃん……?」

 ドラゴンの名前は記録にないけれど、重低音に合わない。――口調には合っているが。

 ドドーン、と一際大きな音がして、石壁に穴が開いた。そこから上部が崩れる。

 もうもうと砂煙が立つ向こうに赤い生きものが見えた。

 四足のずんぐりしたトカゲのような姿で、背中に大きな翼がある。翼は蝙蝠のようだ。

 魔女国の屋敷の室内には入りそうにないが、人間の国の城の謁見の間なら難なく入るくらいの大きさで、洞窟の出口をちょうど塞いでいる。

「リオネル!」

 ティムを見つけたドラゴン――ルビィはこちらに突進して来た。

 そこにティムが治癒をかけると、急停止して「アンジェリーナ!」と叫ぶ。

 ティムが剣を鞘ごと持ち上げて見せると「リオネル!」、治癒をかけると「アンジェリーナ!」と辺りを探す。

「ティム、そのくらいにしてあげなさい」

 シェリルはドラゴンで遊ぶティムを止めて、崩れた石壁ごと持ち上げて外に出した。

 それを追って、シェリルたちも洞窟から出る。

 宙に浮いたルビィは、ぽかんと口を開けて見下ろしていた。

「魔女アンジェリーナと誓約を結んだドラゴンよ! よく聞きなさい! 魔女アンジェリーナは泉に還ったわ! リオネルももういないの」

「なんですって? アタシのアンジュが……!」

「あなたとアンジェリーナの誓約は切れているはずよ」

「えっ! 嘘でしょ?」

 ルビィは自分の身体を見回した。

「ここにいるのは、アンジェリーナでもリオネルでもないわ。魔女アンジェリーナの子孫と、リオネルの剣の貸与を許された人間の聖女」

「さっきの治癒はアンジェリーナじゃないの?」

 ルビィはこちらを見下ろす。

 ティムが一歩前に出て、両手の上に金の粉を出して見せた。

「それよ! 治癒! 本当にアンジュじゃないのね!? ああっ、誓約がっ!」

 ルビィがアンジェリーナの死を認識したから、ルビィの身体から金の鎖が出てきた。透明で淡く光っている鎖に魔力はない。ルビィの想いだけで存続していた残滓だ。その鎖は現れてすぐに消えた。

「あぁーん、アンジュー! アタシのアンジェリーナぁぁー!」

 ルビィはぼろぼろと大粒の涙を流した。

 今、目の前にアンジェリーナの死を嘆く者がいることに、シェリルは不思議な気持ちになる。

 嬉しくて、悲しい。

 アンジェリーナから続く魔力が、懐かしい、と震えた。

 シェリルはそっと地面にルビィを降ろす。

 ティムがルビィにかけた治癒が、きらきらとまぶしく光っていた。

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