バーズキア王国の王宮
玄関ホールから転移することになり、ティムは待機していた。リオネルの服で一番豪華なものを着て、腰には勇者の剣を佩いている。
マーティンは騒いだのか、逃げないようにか、毛玉が眠らせて連れてきた。
床にマーティンを転がした毛玉たちは満足そうにマーティンの上で跳ねている。――毛玉はほとんど重さがないから怪我はしないだろう。
シンシアとドロシーもホールに見送りに来てくれている。
「この男は私が連れてきたんだから、私が帰すのが筋じゃない?」
「シンシア、襲われたのはあんたなんだから、魔女国で大人しくしていてくれよ」
また面倒なことを言い始めたシンシアにティムはため息をつく。
すると、ドロシーが、
「シンシアお姉さん、ティムがいない間、私に勉強を教えてくれる?」
魔法は使えるドロシーだが、読み書きなどできないらしく、ティムが教えていた。ドロシーに頼まれたシンシアは彼女の前にしゃがむと、
「ええ、いいわよ! もちろんよ!」
ドロシーはぱちんとティムに向かってウィンクした。
「お土産よろしくね!」
「りょーかい」
ティムは軽く手を振る。
(ドロシーは生まれたばかりなのに、こういうところ、ずいぶん上手いよなぁ……)
「お待たせ」
シェリルがやってくる。彼女は今日も子どもの姿だ。
彼女の後ろから毛玉たちが絨毯を運んで、床に広げた。
「大人にならなくていいのか?」
前にシェリルは、空を飛ぶときは姿変えの魔法は解かないとならないと言っていた。
ティムがそう尋ねると、シェリルは首を振った。
「大丈夫よ。転移は魔道具だから、魔法が必要なのは起動だけだもの」
絨毯が転移の魔道具で、往復で使い切りだそうだ。一往復使えばただの絨毯になってしまうから、また転移の魔法を入れないとならない。魔道具を設置した場所から行って、転移先の着いた場所から帰る。行きも帰りも魔女の魔法でしか起動しない。――魔女のための魔道具だった。
(マーティンが帰る手段を探せって言ってたけど、結局魔女の協力なしには帰れなかったわけだ)
「王宮のどこに行くんだ?」
「私が以前に行ったことがあるのは謁見の間かしら? そこにするわ」
毛玉がマーティンを絨毯に乗せ、ティムとシェリルも乗る。
「それじゃあ、行ってくるわね」
「行ってきます」
見送りの二人に挨拶するとすぐに、床が抜けるような感覚がして、視界が変わった。
(ここがバーズキア王国か……)
ティムが辺りを確認する前に、
「ま、魔女だ!」
「本当にやってきた!」
「ぐずぐずするな! 魔道具を起動! かかれ!」
と号令が飛んだ。
「わぁぁ!」
複数の声がどどっと空気を揺らし、人が押し寄せてきた。
ティムは剣を抜いたが、背後で「きゃっ」とシェリルの悲鳴が上がり、とっさに振り返った。
「シェリル!」
彼女は引き倒されて手枷を嵌められていた。
助けなくては、と思ったが、その前にティムは殴られて昏倒した。
次に目が覚めたとき、ティムは地下牢らしきところにいた。
冷たい床に転がされていたティムはゆっくりと起き上がる。
(痛ってぇ……)
後頭部に手を当てると髪が固まっていた。出血したのだろう。
ティムは辺りを確認したが、扉の覗き窓は閉まっている。誰かに見られる心配はなさそうだ、と、自分に治癒をかけて傷を治した。
(シェリルが捕まった! くそっ)
ティムはすぐに状況を思い出して、拳を握る。
ありえない失態だ。
どうにかしたいのに、今どうなっているのかもわからない。
勇者の剣は取り上げられたのか手元になかった。
「おいっ! 誰かいないのか!」
ティムは扉をがんがんと蹴りつけた。
看守が駆けつけてきたら話を聞き出そうと思ったのに、何も反応がない。
「牢に入れておいて放置かよ……」
牢屋なんてマーティンを入れておいた魔女国の地下牢しか知らないが、この牢もきちんと手入れされているように見える。――牢に対しておかしな評価だけれど、床に汚水も溜まっていないし、ベッドのシーツも白い。
「なんで誰もいないんだ?」
ティムのつぶやきには返答があった。
「僕が遠ざけたからだよ」
「えっ! うぉっ!」
声の方に振り向くと、綺麗に切り取られたように、壁に人が通れるくらいの穴が開いている。
そこから身なりのいい男女が覗き込んでいた。
男は薄く緑がかった銀髪。――ヴィンセントは青みがかっているが、彼の髪を彷彿とさせる。
女は濃い緑。――ティムやシェリルと似た髪色だった。
二人とも、ティムと同年代だ。
「王太子殿下と王女殿下?」
「そうだけど、よくわかったね」
表情に不審な色を浮かべた王太子に、ティムは言い訳をする。
「マーティンから王女殿下は俺と似た髪色だと聞いていたので。あと、俺はハーゲン王国のヴィンセント殿下と面識があるから、なんとなく、ですね」
「へー、仲がいいって本当なんだね。ヴィンセント殿下から連絡をもらったんだ」
「え? ヴィンセント殿下が?」
「心配していた。困っていたら助けてやってくれと言っていたよ」
ティムは「そっか、ヴィーノが……」と小さくつぶやく。
(帰ったら、どーんといっぱい治癒力飴を送ってやろう)
ヴィンセントが「まとも」と評した王太子は、ティムの反応には興味がなさそうだった。
(なんていうか、温度が低そうというか……)
冷めた目でティムをじろっと見てから、
「僕はローランド。こちらが双子の姉のヘンリエッタ」
王女は壁の穴からぺこりと頭を下げた。
「初めまして、ティム・ガリガと申します」
ティムはきっちりと騎士の礼をした。
「殿下がたは俺を助けてくださるのでしょうか?」
「君が、僕の願いを叶えてくれるならね」
ローランドはティムを見据えた。
「願い?」
「ヘンリエッタをこの国から連れ出してほしい」
それだけは、熱のこもった言葉だった。
「ローランド、とにかく先にここから出ないと」
ヘンリエッタが声をかけると、ローランドはうなずき、ティムを促す。
「ついてきて」
ティムが壁の穴から出ると、ヘンリエッタがその壁に手を触れた。金の粉が彼女の手から溢れ、壁の一部に吸い込まれた。すると、壁の穴がみるみる小さくなってふさがってしまう。
「治癒力で壁が……?」
ティムがつぶやくと、ローランドが目を吊り上げる。
「おかしなことを考えていないよね?」
「おかしなことって? あ! 俺も聖女だってヴィンセント殿下から聞いていませんか?」
「は? 聖女? 君、男でしょ? 聖女?」
温度が低そうと思ったローランドだが、どうもヘンリエッタに関することには熱心なようだ。
ヘンリエッタも首をかしげて、ティムを見る。
「見てもらえば早いですが」
ティムは両手から治癒力を出す。光る金の粉がパラパラと降った。
二人とも目を見開いた。
「治癒だわ!」
ヘンリエッタが声を上げる。
「どうして男なのに……。もしかして、その髪色のせいなの?」
ローランドもティムの髪を険しい顔で見る。
「いえ、俺の治癒力は魔女の影響で、髪色もそのせいです。一緒に捕まった魔女シェリルも同じ髪色なんですが、彼女はどこに?」
身の危険が迫っているのはティムよりもシェリルだ。
ティムが聖女になった経緯の説明はあとにしてほしい。
「彼女なら心配ないよ」
ローランドはそう言って、踵を返す。
「とにかく、ここから離れよう」
地下牢から出た先は隠し通路だった。何度か曲がりながら道なりに進む。途中で壁に行きあたると、ヘンリエッタが治癒力を流す。そうすると扉が開いた。
「聖女だけが開けられる扉が王宮にはいくつもあるんだ」
「なるほど」
ティムが毎回驚くせいか、小声でローランドが教えてくれた。
(ハーゲン王国にも聖女しか開けられない王族専用の抜け道があるのかもしれないなぁ。だから聖女から王妃が選ばれるのかも)
狭い階段を上ったり、炊事場の裏を通ったりしてしばらく歩き、梯子がついた壁に行き当たった。
ローランドに「先に行って」と言われて梯子を上り、床を押し上げて外に出ると、庭師の作業小屋のようだった。
「ここは?」
続いて上がってきたヘンリエッタに手を貸して引き上げ、そのあとに上がってきたローランドに聞く。
「王宮の外れの林にある小屋だよ。道具が置いてあるけど誰も使っていないから、大丈夫」
ローランドは警戒もせず扉を開く。
そこにはシェリルがいた。
「シェリル!」
ティムは思わず駆け寄って、子ども姿のシェリルを抱き上げる。
「ティム、良かった。無事だったのね」
「シェリルこそ!」
「私は平気よ」
下ろしてちょうだい、と言われて、ティムは素直にシェリルを下ろす。
「これ、勇者の剣。取り返しておいたわ」
「ああっ! ありがとう! そういや、俺、あっさり昏倒させられたけど、持ち主の怪我を治癒してくれるんじゃなかったのか、これ」
「そうよねぇ……。帰ったら点検しましょうか」
それから、シェリルはローランドとヘンリエッタに礼をした。
「ティムを連れてきてくださって、ありがとうございます」
「別にいいよ。悪いのはこっちだからね。それに、これ以上王宮を破壊されても困るし」
ローランドは肩をすくめた。
「どこか壊したのか?」
ティムが聞くと、シェリルは全く悪びれずに笑う。
「貴賓室なのかしら? 豪華な部屋の壁を吹き飛ばしたわ」
「ああ、まあ、仕方ないよな」
「ええ、魔女を捕えるほうが悪いのよ」
ちらっと王子王女を見ると、ローランドは「反論はないね」と首を振り、ヘンリエッタは困ったように眉を下げた。
「そもそも、なんでシェリルは捕まったんだ? 俺は自業自得だけど、シェリルはそんなことないだろ?」
「それが、転移したところで魔法を封じる魔道具を使われたみたいね。魔法が使えなくて驚いていたら押さえ込まれて、今度は魔力を封じる魔道具を付けられたのよ」
「えっ、そんなものがあるのか? それならどうやって逃げられたんだ? シェリルも殿下たちに助けられたのか?」
ティムが聞くと、ローランドも「僕は彼女が逃げ出したあとに出会っただけ」と言い、
「僕も君がどうやって逃げたのか知りたいんだけど」
と、シェリルを見た。
「魔法や魔力を封じる魔道具を人間が作れると思う?」
「いいや。……って、魔女が作ったのか? なんで?」
「さあ、何かの実験に協力してもらう対価だったんじゃないかしら。けっこう年代物みたいだったわ」
「国宝だよ」
ローランドがため息混じりに補足したのを、シェリルは「まあ、そうなのね」と軽く流す。
「魔女が素直に自分たちの力を無効にする魔道具を渡すと思う?」
「つまり、あれらは魔法も魔力も封じていないってわけ?」
「大きな魔法は封じているし、魔力もある程度は封じているわ。あのときも、一気に片を付けようなんて思わずに、一人ずつ倒す小さな魔法を使えばよかったの。私ったら、失敗しちゃったわ」
シェリルは照れたように笑う。
「そのせいでティムには怪我させちゃって。大丈夫?」
「全然。怪我は自分で治せるから」
二人で笑いあうと、ローランドは苦い顔をした。
「魔力封じの手枷は?」
「ある程度、って言ったでしょ? 私の魔力はあんなものじゃ全部封じ込めるのは無理よ。適当に壊してきたわ」
「あー、確かに、手枷を付けられてもシェリルの姿は変わってなかったな。魔法が使えてたってことか」
(そこそこ魔力を消費する姿変えの魔法は持続できる程度の魔法封じで、封じられるくらい大きな魔法を使おうとしたってことだろ? 謁見の間ごと吹き飛ばすつもりだったのか?)
ローランドは何か言いたそうだったが、「まあいいや」とのみ込んだようだ。
「つまり、君の魔力は大きいってこと?」
「そうね」
「子どもの魔女の方が魔力が小さいって言われてるんだけど」
「見た目と年齢が一致しないのが魔女なのよ」
シェリルは笑って、姿変えの魔法を解く。
二十代の美女が立っていた。
ローランドが息をのんだのがわかった。
シェリルは真剣な顔で、彼の胸に指を突きつける。
「魔女の心臓が不老不死の妙薬だというのは間違いよ。人間が魔力に触れたら死ぬこともある。いえ、死ぬ場合の方が多い。すぐに訂正させなさい。文書があるなら焼き捨てなさい」
彼女の迫力に押されたのか、ローランドはうなずいた。
「わ、わかったよ。僕の代には必ず」
「それならばいいわ」
にっこり笑ったシェリルは、ぽんっと長椅子を出すと、ティムを振り返った。
「さ、帰りましょ。転移した部屋には戻れないから飛んで帰るわ」
「俺も乗って大丈夫か」
「ええ、もちろん」
ローランドもヘンリエッタも目を瞬いている。
それを見て、ティムは思い出した。
「ローランド殿下。俺を助ける代わりに、王女殿下を連れ出すというのは?」
「そう! そうだ」
ローランドはヘンリエッタの背中を押した。
「魔女国にヘンリエッタを匿ってほしいんだ」
「匿う?」
「マーティン・ハルームやヴィンセント殿下から聞いたんでしょ。バーズキア国王が愚鈍だって」
「あー、そこまで言ってはいませんでしたが……」
「僕はあんな親を持って恥ずかしいよ」
ローランドは心底冷えた目で、王宮を方角を見た。
「子どものころから味方を探し、準備をして、決行はもうすぐなんだ」
「政権奪取ですか」
「そ。……でも、ヘンリエッタを守るまで手が足りないってわけ」
「ローランド。私は教会に籠っているから大丈夫よ」
ヘンリエッタがローランドの腕を掴む。
「泉の間にいれば安心だわ。私が『結界の補修』をしなければ、この国は魔物に襲われてしまうもの」
「でも、教会だって、全員が君の味方じゃないだろ」
ティムはシェリルと顔を見合わせた。
「少しよろしいですか?」
ティムが片手を上げると、二人はこちらを振り返った。
「ハーゲン王国も先日までそうだったんですが、バーズキア王国の結界の魔道具は旧式みたいです」
「旧式?」
「はい。最新式は『聖なる泉』の水――聖水と魔石で動かせます。聖女が『結界の補修』をする必要がないんです」
「え……、本当に?」
ヘンリエッタが愕然とした顔をするのに対し、ローランドは顔を輝かせた。
「それはどうやったら手に入るんだ?」
ティムはシェリルを見た。彼女は「いいわよ」とうなずいてくれる。
「今回のお礼に、その魔道具をお渡しします」
「材料を集めないとならないから十日ほど待ってもらえるかしら。魔道具を持ってきたときに、ヘンリエッタ王女を魔女国に招待するわ。その間に愚鈍な王から王位を奪いなさいな」
シェリルが煽ると、ローランドは大きくうなずいた。
「わかった。十日だね」
「どうやって連絡をとったらいいかしら?」
「通信魔道具の担当は僕の配下だから、事前に連絡してくれれば対応する」
ローランドとシェリルが打ち合わせする中、ヘンリエッタが顔色を悪くしているのが気になる。
ティムはそっと彼女に問いかけた。
「あの、大丈夫ですか? 俺が治癒をかけても?」
「え、あ、はい?」
疑問形だったが、ティムは構わずヘンリエッタの頭上に手をかざした。
(キャサリンやアイリスみたいに頭を撫でたらまずいよな)
ティムは触らないように気を付けて、治癒をかけた。ぱあっと金の粉が彼女に降りかかる。
「まあ! 温かいわ! ありがとうございます」
王女に頭を下げられてティムは焦る。
(ハーゲン王国の公爵令嬢たちに見せてやりたいよ……)
しかし、マーティンが言っていたように疎まれた結果の腰の低さだったら、切ないものがある。
ティムは慌てて、首を振った。
「いえ、全然。なんてことないんで頭を上げてください」
「君、今、何をしたんだい?」
ローランドに詰め寄られて、ティムは「ちょっと治癒をかけただけですって」と否定した。
「そうよ、ローランド。ティム様は悪くないわ」
ヘンリエッタも加勢してくれるが、様付けはいかがなものか。
「話がまとまったなら、そういうことで」
ティムは早々にシェリルの隣に逃げた。
ティムが長椅子に座ると、シェリルは「もういいの?」と首をかしげた。
「楽しそうだったから」
「いや、大丈夫大丈夫。さあ、帰ろう」
ティムがそう言うと、シェリルはふふっと笑った。
「ええ。帰りましょうか。魔女国に」
長椅子はすうっと空に浮いた。




