地下牢
ティムは、マーティンを閉じ込めた地下牢に来ていた。
毛玉が鍵を開けてくれ、覗き窓がついた扉から室内に入る。中は真っ暗なので、別の毛玉が灯りの魔道具を持って先導してくれた。
明るくなると、壁際に据えられたベッドにマーティンが腰掛けているのがわかった。
彼はティムに気づき、
「ここから出してくれっ!」
と、駆け寄ってきた。
マーティンがティムに触れる寸前、
『ホゥー』
「ひえぇっ!」
フクロウの鳴き声がした途端、彼は頭を抱えて座り込んだ。
部屋の中を見ると、天井付近に止まり木があり、茶色のフクロウがいた。大きな蟹の料理長と違って普通のフクロウと同じ大きさだが、きっと地下の使い魔だろう。
(マーティンは使い魔から何かされたのか?)
やたらと怯えている。
ティムは屋敷全体に治癒をかけるときに地下にも届くようにしていたから、怪我や身体の不調はないと思うが……。毛玉が食事も運んでいたはずだ。
――シンシアが襲われてから五日。ドロシーも慣れたため、地下牢に放置していたマーティンをどうにかすることになった。
自分も参加すると言うシェリルを抑えて、ティムは事情聴取の役目を得た。
「マーティン。話を聞かせてくれたら、国に帰してやるから、座ってくれ」
ティムが彼に近寄るとまたフクロウが鳴くかもしれないし、毛玉たちも臨戦体勢なので、ティムは離れたところから話しかけた。
「本当か? 本当にここから出してくれるのか!?」
「ああ。お前が素直に聞かれたことに答えてくれるならな」
「答える! 答えるとも! 何でも聞いてくれ!」
前のめりにそう言ったマーティンは、毛玉に飛びかかられながら再びベッドに腰掛けた。
「なんでシンシアを襲ったんだ?」
一番聞きたいことはそれだった。
「魔女の心臓だよ。お前だって狙っていたんだろう?」
「は?」
ティムが声を硬くすると、またフクロウが鳴いた。マーティンはびくっと身を震わせる。
ティムはフクロウに、大丈夫だから、と目配せしてから、
「俺は本当に魔女の実験に協力するためだけに派遣されてきたんだ。魔女の心臓なんて狙っていないぞ。それに、なぜ狙うのかもわからない」
ティムがそう言うと、マーティンは「同じ目的じゃなかったのか」と舌打ちをしてから、説明する。
「国王がご所望なのだ。魔女の心臓は不老不死の妙薬らしい。他の内臓も長寿の薬になるそうだ」
「はぁ? 何だよそれ」
「私はよく知らん! 王家の秘術かなにかだろう。私は、魔力が大きそうな魔女の心臓と臓器を取ってくるように命令されただけだ!」
シンシアから実験協力の要請が届き、それが恋愛だということで、マーティンが選ばれた。マーティンは内々に呼び出され、国王の密命を受けたらしい。
「こんなことになるなら、断っておけば良かった……。どうして私が牢なんかに閉じ込められないとならないんだ……」
「どうしてって、お前がシンシアを襲ったからだろ? 命令されたからなんだ? 実行したのはお前じゃないか」
マーティンは不服なのか、ティムをにらんだが、フクロウが羽ばたいたため悲鳴を上げて頭を抱えた。
(国王が黒幕なら、こいつを国に帰しても罰されないかもしれないなぁ。あー、でも、命令を遂行できなかったって意味では罰されるかもしれないのか……。それじゃあんまり意味がないけど。ていうか、元凶の国王を罰したいよな)
どちらにしても、このままマーティンを魔女国に置いておくわけにはいかない。
「魔女を狙っているのは国王だけか?」
「そうだと思うが、確かなことはわからん」
魔女を連れて行くのは避けたいが、人も転移できる魔道具は魔女じゃないと動かせない。
(シェリルに相談だな)
ティムはマーティンに「もう数日待て」と言って地下牢を出た。
再び毛玉が鍵をかけた扉の向こうでマーティンは騒いでいたが、フクロウが鳴くと静かになった。
ティムは地下を出た足で、通信魔道具がある部屋に行く。
毛玉に頼んでハーゲン王国に繋いでもらった。
応対に出たハーゲン王国の文官にヴィンセントを呼んでもらう。ヴィンセントの指示なのか、ティムの魔女国行きを大事な任務と思っているのか、ここの担当文官はいつも簡単にヴィンセントに取りついでくれて助かる。
通信魔道具は鏡の形をしている。顔が映るくらいの大きさの鏡だ。こちらの鏡には向こうの景色が映り、向こうの鏡にはこちらの景色が映る。
魔道具は机の上に乗っているので、その正面に置かれている椅子に座ってティムはしばらく待った。
すると、鏡にヴィンセントが映る。ちらっと背後に見える騎士服は近衛騎士のアンディだろう。
『ティム! 会いたかったよ』
「よぉ、ヴィーノ。久しぶり」
『ああ、元気にしていたか?』
「まあ。俺はね」
『俺は? 何かあったのか?』
眉を寄せるヴィンセントに、ティムはマーティンのことを説明した。
「魔女の心臓が不老不死の妙薬だって、ハーゲン王国にも伝わっているのか?」
『いや、私は知らない』
ヴィンセントは首を振ってから、
『バーズキア王国は、八王国の中で一番歴史が古い。大陸で最初に出来た国が魔女国とバーズキア王国だからな。かの国にだけ残る伝説もあるかもしれない』
「へー、そうなのか」
『バーズキアの初代王は、聖女アンジェリーナと勇者リオネルの子どもだと言われているんだ』
「え? 魔女の子ども?」
(魔女は子どもを産まないよな?)
魔女国に来て、アンジェリーナが魔女の始祖だとすっかり定着したティムは首をかしげる。
『いや、初代聖女のアンジェリーナ、つまり女神アンジェリーナだな』
ヴィンセントの訂正に、ティムはなるほど、と思う。
(アンジェリーナは初代聖女で、魔女の始祖で、死後に女神に祀られたわけで……。何もかも別格だったってことか?)
『だからバーズキアの発言力は大きいんだが、今代の国王は本当に尊大でな。陛下も面倒がるくらいだ。あの国王なら、魔女を襲わせるのもやりかねないな』
「そうなのか。うーん、どうするかなぁ」
ティムが腕組みをすると、ヴィンセントは、
『バーズキアの王太子はまともだった。さっさと譲位してほしいが、あの国王は死ぬまで譲らなそうだ』
「へー、王太子か」
そこでティムは思い出した。
「そういえば、バーズキア王国の王女が、俺に似た髪色で聖女らしい。お前、会ったことあるか?」
『いや、ない。王女か……。どの国でも会議に王女が参加することはほとんどないから会ったことがないのは不思議じゃないが、バーズキアに王女がいるって話も聞いたことがないな……』
首をひねるヴィンセントに、ティムは、
「この濃い緑の髪色がバーズキアでは不吉らしいんだ。もしかしたらそれで疎まれてるのかも」
『濃い緑が不吉? それも初めて聞いたな』
王女のこともマーティンに聞いておけば良かったな、とティムは思った。
『バーズキア王家について、少し調べてみる』
「無理しなくていいぞ」
『それだけ中途半端な情報を出されたら気になるのが普通だろ』
ヴィンセントは笑う。
「それもそうか」
『何かわかったら知らせるからな』
「ああ、よろしく頼むわ」
手を振って、通信を終えた。
どうやってマーティンを帰すか、ティムとシェリルの意見は割れた。
「シェリルは王宮に行かないほうがいいと思う。マーティンは国境の関所まで連れて行けばいいだろ?」
「ダメよ。王に一言言ってやらないと気が済まないわ。王宮に連れて行くわ」
バーズキア国王が魔女の心臓を狙っている件はシェリルにも伝えた。シェリルはそれに文句を言いたいらしい。
魔女は死んだら魔力になるため、心臓を取り出してもすぐに魔力に変わって『魔の泉』に還って行ってしまうそうだ。魔力が人間にとって危険なのは、ティムが何度も注意されている通りだ。
「不老不死なんて、馬鹿らしい」
シェリルは呆れた顔をした。
「今後そんな気を起こされないように警告したいのよ」
「マーティンに手紙を持たせるとか、通信魔道具で伝えるとか、直接行かないで済む方法はあるだろ」
ティムが引かないでいると、シェリルはティムの両手を取った。
「マーティンを送り届けて話をするだけよ。危険なことなんてないわ。心配してくれるのはうれしいけれど、万が一兵士に囲まれても大丈夫よ。私はそんなに弱くないわ」
「それはそうだろうとは思うけど……」
シェリルは長椅子やベッドくらい大きなものも出せるし、近距離なら魔道具なしで転移できる。攻撃魔法を使っているのは見たことがないが、いろいろできるのだろう。ティムより強いことは間違いない。
それでも、避けられる危険は避けてほしいとティムは思う。
(俺が反対したところで、魔道具を動かすのはシェリルなんだから、本当は俺の説得なんて必要ないんだよなぁ。それなのに俺の意見を聞いてくれるんだから、譲るべきか)
ティムは「わかった」と答えた。そして、ぱっと笑顔になるシェリルに、「ただし」と続ける。
「俺も一緒に行くからな!」
「え? 最初からそのつもりだったわよ」
「そ、そうなのか?」
何を今さら、と瞬きするシェリルに、ティムは魔女国の一員になれたようでうれしくて顔が緩む。
「よし。俺もシェリルを守るからな」
照れ隠しに、勇者の剣をぽんっと叩くのだった。




