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魔女の誕生

「ティム、起きて」

 シェリルに軽く肩を叩かれて、ティムは目を覚ました。

 ヴェロニカの死を悲しむシェリルとシンシアに気を使って、ティムは離れた位置に椅子を置いて座っていたが、いつのまにか居眠りをしていたようだ。

 ティムも悲しいには悲しいが、彼女たちと同じくらいとは言い難い。付き合いの長さや濃さを考えたら、比較することすらおこがましいだろう。

「そろそろ時間だから、一緒に『魔の泉』まで来てちょうだい」

「俺も行っていいのか?」

「ええ。ヴェロニカからも言われたでしょう?」

 ヴェロニカから新しい魔女を祝福してほしいと言われたけれど、単に誕生を祝うことだと思っていた。

「立ち会っていいなら、一緒に連れてってくれ」

 ティムは立ち上がると、伸びをした。

 シェリルは辺りを見回してから、ティムを見上げた。

「そういえば、あの人間はどうしたの?」

 シェリルはまだ大人のままだ。それでもティムのほうが背が高いが、いつもと顔の距離が違う。

 ティムはその近さに少し戸惑いながら、

「毛玉が拘束して眠らせてくれたから、地下室に閉じ込めた。あ、地下室に案内してくれたのもマーティンを運んでくれたのも、毛玉だからな」

「ええ、それで問題ないわ。ありがとう。押し付けちゃってごめんなさいね」

「いや、俺はそのくらいしからできないから」

 シンシアが怪我する前に対処できれば良かったんだが、とティムは反省する。

 シェリルはティムにくっついていた毛玉にも礼を言った。

「地下にも使い魔がいるのよ。人見知りだから全然出てこないんだけれどね」

「へー。どんな見た目?」

 初めて入った屋敷の地下は、食料貯蔵庫や倉庫があった。

 それから、鍵のかかる小部屋がいくつか。

(あれって牢だよなぁ。アンジェリーナのころは人間の国と行き来が多かったって言ってたから、不届者もいたのか?)

 その牢にマーティンを押し込んできた。鍵をかけたのも毛玉だったから、ティムは地下の使い魔には会っていない。

「鳥よ」

「鳥? 地下に?」

「人見知りなのよ」

「や、人見知りで済ませていいのか、それ」

 一体どんな鳥なのか。

 好き嫌いはそれぞれだから構わないが、ティムは俄然会ってみたくなった。

「シンシアは? 大丈夫か?」

 ティムは長椅子を振り返って、シェリルに聞いた。

 シンシアが流した血は毛玉がすぐに綺麗にしてくれ、マーティンの血も含めて、跡形もない。

 シンシアは泣き疲れたのか、ぼーっと座っていた。眼鏡は外しており、髪も解いているのは初めて見る。

「怪我は大丈夫だけれど……」

 シェリルは言葉を濁して、シンシアに声をかけた。

「シンシア、そろそろ誕生の時間だから行くわよ」

「もう? 行きたくないわ……。だってまだヴェロニカが……」

「シンシア。死に立ち会えなかったのだから、誕生には立ち会わないと」

 シェリルが強めに諭すと、シンシアは顔を歪めて泣きそうになる。

 ティムはシンシアの前にしゃがむと、

「なぁ、新しい魔女が生まれたら、シンシアはお姉さんになるんだろ? 妹の手本になるような魔女にならないと。な? ヴェロニカも二人に頼むって言ってたし」

 孤児院で乳幼児がやってきたときに、年少組に神父やシスターが言っていた台詞を思い出して、シンシアに言ってみる。

「お姉さん……?」

 シンシアには響いたらしく、彼女は顔を輝かせた。

(百四十歳超えてんのにな。ずっと最年少だったんだから、そんなものか)

 それか、いろいろなことがあった衝撃で甘えているのかもしれない。

「ほら、妹魔女を迎えに行くぞ!」

 ティムが手を引くけれど、シンシアはまだぐずる。

「歩けないわ」

「もう! シンシア! ほうきでも、長椅子でも出して飛びなさい」

 シェリルが腰に手を当てて諌める。大人姿のシェリルだと様になっている。

 ティムはシェリルを見て、ふと思いついた。

「シンシアはシェリルみたいに小さくなれるのか?」

「当然でしょ!」

 言うなりシンシアは十歳くらいの少女に変わった。

 ティムは彼女に背中を見せて、「おぶってやるから、ほら」と促すが、シンシアは首をかしげる。

「何をすればいいわけ?」

「え、魔女はおんぶを知らないのか?」

 シェリルも首をかしげていた。

 ティムは驚きながら説明して、シンシアに背中に乗ってもらう。背負って立ち上がると、シェリルも「これがおんぶなのね」と感心していた。

(文化の違いを感じるなぁ)

 それで、やっとティムたちは『魔の泉』に向かって出発したのだった。


 外はもううっすら明るかった。

「日の出とともに生まれるのよ」

 シェリルが説明してくれる。

 彼女は、毛玉が用意したバスケットを持っている。タオルなど必要なものが入っているらしい。

 ティムの背で寝そうになるシンシアを起こしつつ、『魔の泉』に到着した。

 そこで、地面に降りたシンシアが姿変えの魔法を解く。彼女もさすがにもう甘えたことは言わなかった。

 泉の淵に二人の魔女は立つ。

 ティムはその後ろに立って見守る。

 泉の周りは静かだった。

 風もなく、葉ずれの音もしない。身じろぎすら憚られるくらいだ。

 ふいに、泉の水が光り始めた。

 金色のもやが立ち昇る。

 触れるなと何度も警告された魔力。ティムは数歩下がった。

 すると、静かだった泉の水面上で風が起こり、もやがぐるぐると回り出した。だんだんと泉の中心に集まっていき、渦が高く、大きくなる。

 そして、もやの渦は金の光の塊になった。

(繭みたいだな)

 そう思った瞬間、風により収束していた光が、ぱぁぁっと一気に広った。

 ティムは眩しいのを我慢して、手を翳して光景を見続けた。

(あっ、あれは!?)

 ティムは息をのんだ。

 広がった光が消えたとき、そこには赤子が浮いていた。

 シェリルが手を伸ばし、魔法で赤子を引き寄せた。タオルを広げて受け止める。

 すかさずシンシアがタオルを整え、赤子を包んだ。

 赤子は泣きもしない。

 シェリルはこちらを振り返った。ティムは誘われるように、歩み寄る。

「魔女アンジェリーナの祝福が新しい魔女にありますように」

 シェリルがそう言って、赤子に魔力をかけた。金の粉が新しい魔女を取り巻いて、キラキラ光る。

 それが消えないうちに、今度はシンシアが言祝いだ。

「魔女アンジェリーナの祝福が新しい魔女にありますように」

 シンシアの魔力も赤子に降りかかる。

 シェリルが目でティムを促した。

 これがヴェロニカがティムに頼んだ祝福なのか。

(俺がやるなら、やっぱり魔女じゃなくて)

「女神アンジェリーナの祝福が、新しい魔女にありますように」

 それからティムは治癒をかけた。全力でやったため、金の粉がわさっと赤子を包み込んだ。

 やりすぎたかと心配したけれど、魔力や治癒力の粉は、赤子に吸い込まれるようにしてすうっと消えた。

「新しい魔女の名前は、ドロシーよ」

 シェリルが宣言した。

「ドロシー! いい名前だな!」

「ドロシー、私がお姉さんよ」

 ティムとシンシアが声をかけると、ドロシーはまぶたを開けた。金の瞳は、早くも見えているかのように、こちらをまっすぐ見返した。

「ドロシーは、ヴェロニカの生まれ変わりってことか?」

「いいえ、違うわ。新しい魔女よ」

 ティムの質問にシェリルが答えてくれる。

「魔女と泉の魔力は循環しているの。アンジェリーナの魔力は泉に取り込まれたから、魔力的には全ての魔女がアンジェリーナの生まれ変わりと言えるかもしれないわね。記憶や性格は受け継がないし、魔力にもそれぞれ個性があるから、同じ魔女は生まれないけれど」

「すげぇな……。人間とは全然違うんだな」

 ティムはため息をこぼす。

 シェリルは「そうね」と微笑んだ。

 気づいたときには、空はすっかり明るくなっていた。

 ヴェロニカの死からまだ半日も経っていない。

 魔女は三人。

 一人亡くなると、一人生まれる。

 ここでは、死と生が確かな因果関係を持ってつながっている。

(神秘の魔女国、か……)

 ティムは今までで一番、彼女たちと自分の違いを感じた。

(俺はこの国では、いつまで経っても『お客様』でしかないんだろうな)

 居心地のいい魔女国にずっと暮らせたらいいのだけれど。


 これから子育てが大変だな、と心配したティムだが、それは全くの杞憂だった。

 生まれたその日は赤子だったドロシーだが、翌朝には五歳くらいに成長していた。

「えっ!? 昨日の今日だろ? なんで?」

 驚くティムに、魔女三人は首をかしげる。

「ティムは何を驚いているの?」

「人間は成長するのに時間がかかるのよ」

「まあ! 大変ね!」

 ドロシーはもう流暢に話すし、何でも理解できる。

 人間の五歳よりしっかりしていると思う。

 記憶は引き継がないとシェリルは言ったが、魔女の常識は教えられなくとも知っているらしい。魔法ももう使っていた。

 ドロシーの魔力の量を測ったシェリルが、「平均的だわ」とほっとしていた。

 ティムの祝福の影響もなく、ドロシーも治癒は使えなかった。――死を前にした魔女の言葉はアンジェリーナの言葉に等しいそうで、「ヴェロニカが言ったのだから、影響があってもなくてもそれが正しい道なのよ」と、シェリルは笑っていた。

 生後二日で急成長する魔女だが、五歳の姿からは人間と同じペースで成長して、二十代くらいで止まるそうだ。それで、寿命が間近になると一気に老けるらしい。

 後日、ティムはドロシーから、秘密の話よ、と囁かれた。

「私、こっそりヴェロニカの最後の研究を引き継ぐつもりよ。シンシアには内緒よ」

「恋愛の研究か?」

「そう。対象はティムとシェリルだから! よろしくね!」

「はぁ?」

 ドロシーはくるりと身を翻して走っていく。跳ねる短髪は茶色がかった黄緑――シェリルは海松色と呼んだ――で、ヴェロニカと近い。

 十年ほどは勉強しながら、他の魔女の研究を手伝うのが普通らしいが。

(お転婆っていうか、生意気っていうか。なんだかな)

 ティムは苦笑するのだった。

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