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シンシアの客

 数日後、ティムは日課にしている薬草畑の手入れを終わらせたところだった。

 ついでに屋敷全体にも治癒をかける。

「これでよしっと」

 いつもならこのあと素振りをするところだが、見計らったように集まってきた毛玉たちに背中を押された。

「なんだ? またついて来いってことか?」

 案内されて向かったのは、一階の一室だった。

「衣裳部屋か?」

 壁の一方にはずらりと服がかけられており、どうやら男物だ。反対側にはチェストや箱が置かれていた。

 ティムもさすがに流れがわかる。

「これは勇者リオネルの服か?」

 毛玉はぴょんぴょん跳ねて、正解を喜ぶ。

「見てもいいのか? これまた綺麗だな。服が魔道具ってことはないよな? 部屋が魔道具なのか?」

 ティムは近くに吊るされている衣裳を手に取る。

 絵本に出てくるような冒険者風の服だけれど、作りがしっかりしているし、装飾も多い。

 国境の街モナオでよく見た冒険者の服より豪華に見える。

 すると、毛玉たちが一着を持って飛んできた。

 ティムにぐいぐい押し付けてくるから、着ろというのだろう。

「俺が着ていいのか? いいんだな?」

 ティムはもう毛玉が勧めるものに遠慮しないことにした。その場でさっさと着替える。

 ティムが魔女国で着ていた服は、ヴィンセントが持たせてくれたものだ。シャツとズボンとジレ。飾り気はないが質の良いものだった。頼まなくても毛玉が洗濯してくれるため、三着を着回していた。ちなみに、ハーゲン王国の謁見の間で着ていた神官服は、こちらに来てからはしまいっぱなしだ。

 リオネルの服は、ティムには少しだけ大きかった。

「肩や胴回りが緩いな。丈は変わらないのになぁ。さすがに勇者と聖女じゃ、筋肉が違うか」

 毛玉に促されて大きな姿見の前に立つ。

「お、そこそこ似合うんじゃねぇ?」

 どうだ? と毛玉に見せると、皆跳ねる。

 ティムは調子に乗って、勇者の剣を抜いて構えた。

「俺がこの大陸を制覇するぜ!」

 絵本に出てくる決め台詞を言って、「なんてな!」と笑った。

 そのとき衣裳部屋のドアがノックされた。

 返事をすると、シェリルが顔を出した。

「ティム、ここにいたの? あら、その服」

「今、毛玉と勇者ごっこしててさ」

 ティムはかっこつけてポーズを決めたが、シェリルは笑わなかった。

「ちょうどいいわ。そのまま来て」

 彼女の反応に「何かあったのか?」とティムは剣を収める。

「シンシアがヴェロニカの研究を手伝いたいと言っていたでしょう? あの子ったら、何の相談もなく、恋愛に協力してくれる人間を連れてきたのよ」

「え?」

「貴族みたいで、身分にうるさそうだったわ。彼がいる間、あなたはリオネルの衣裳を着ていなさい。毛玉、いくつか選んであげて」

 シェリルに頼まれた毛玉が部屋に散っていく。ティムは「騎士っぽい服があったらそれにしてくれ」と注文をつけた。

「あなたも紹介するから、一緒に来て」

 ティムはシェリルに連れられて食堂に入る。

 食堂にはシンシアとヴェロニカ、それから男がいた。

 貴族らしい装飾の多い服を着ている。緑がかった明るい茶髪。少し目元の垂れた優男で、武芸の心得はなさそうだ。

(あー、恋愛相手にはうってつけって感じだなぁ)

 シェリルとは顔合わせ済みのようで、ティムだけ紹介される。

「彼は私の研究を手伝ってくれているティムよ」

「ティム・ガリガだ。どうぞよろしく」

 じろじろと値踏みする視線に、ティムはあまり下手に出るのはやめようと決める。

 魔女国に身分はないのだ。

「私はバーズギア王国の伯爵家の三男、マーティン・ハルームだ。君も同郷なのか? 聞いたことがない家名だが……」

 昔、ヴィンセントからバーズキア王国は緑混じりの髪色が多いと聞いたことがある気がする。ティムの常盤色の髪を見て、同郷かと考えたのだろう。マーティンも実際に緑混じりだ。

 ティムは首を振る。

「俺はバーズキア王国じゃなくて、ハーゲン王国の出身だ。北国境伯家」

(の使用人を両親に持つ平民)

 と、内心で続ける。

 マーティンは勝手に勘違いしたようで、「国境伯なんて田舎貴族じゃないか」と早速馬鹿にした。平民だとわかったらなんて言われるか。

「国境育ちだが、王太子のヴィンセント殿下とは幼少のころから親しくさせてもらっている。俺の魔女国派遣は宰相や公爵などの後押しがあって、国王陛下が決定した重要案件だ」

 実態は厄介払いだが、間違ったことは言っていない。

 堂々としたティムの言葉に、マーティンは少し目を瞠る。

「こちらこそよろしく」

 と、手を差し出してきたから、ティムも握手した。

「マーティンは私の協力者よ。彼に協力してもらって、私がヴェロニカの研究を手伝うわ」

 シンシアがそう言った。

「私はシンシア様の恋愛相手に選ばれたのさ」

 マーティンが胸を張るのを、ティムは胡乱な目で見る。

(こいつ、大丈夫かなぁ)

 シンシアはなんて言って連れてきたんだろうか。人間の国で、女が男に恋愛の研究に付き合ってくれなんて言ったら、誘い文句にしか取られないと思う。

 シンシアはヴェロニカの両手を取って、

「シェリルじゃなくて、私が協力するわ。それでいいでしょ?」

「そうね、そうしてもらおうかしらねぇ」

 うなずくヴェロニカに、シンシアはうれしそうだ。

(シンシアはヴェロニカに対すると子どもっぽくなるなぁ)

 見た目が子どものシェリルより、見た目が大人のシンシアのほうが精神年齢が低そうに思う。生まれは三ヶ月しか違わないらしいのに。シェリルは人間の国との交渉によく出かけているらしいから、それもあるのかもしれない。

 機嫌がいいシンシアの肩をマーティンが遠慮なく抱き寄せるのを見たティムは、ヴェロニカに提案した。

「ヴェロニカ、どうせなら恋愛の最初の、出会うところから研究するのはどうだろう? 出会って、ゆっくりと親しくなって、それから段々と好きになるんだ」

「そうね、それはいいわね。一緒にお茶をしたり外出したりして、お互いを知っていくのよね」

 ヴェロニカも思うところがあったのか、ティムの提案に乗ってくれた。

「シンシア、そうしましょうね」

「ええ、わかったわ」

 シンシアはヴェロニカの言うことを素直に受け入れる。

「俺が借りてる部屋は寝室以外使ってないから、マーティンには空いてる部屋を使ってもらえばいいよ」

 マーティンがシンシアと同室にしろなどと言い出す前に、ティムは先んじた。

 案の定マーティンは一瞬だけ不服そうにティムを睨んだ。しかし、ヴェロニカが「最初は会わなくても平気だったのに、好きになると毎日会いたくなるという心境変化も研究できそうね」と賛同して、シンシアも「そうね、そうしましょう」とうなずくと、マーティンは笑顔を見せた。

「シンシア様の仰せのままに」

 胸に手を当てて大仰に礼をしてみせる。

 シンシアはただ満足げで、頬を染めてときめいている様子はない。

(とにかくマーティンは要注意だな)

 ティムはシェリルと目配せをした。


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