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ヴェロニカの研究

 ティムはヴェロニカの部屋に見舞いに来ていた。

 治癒力で出した飴を持ってきたのだ。

(寿命を延ばすことはできないけど、疲労回復にはなるし)

 料理長からもらった空き瓶に入れた治癒力飴を渡すと、ヴェロニカはさっそく一つ食べて、顔をほころばせた。

「甘いわねぇ。それに身体がすっきりするわ」

「そう? ならよかった」

 ハーゲン王国に送った飴も好評だとヴィンセントから聞いている。

 最新式の結界の魔道具。定期的に送っている薬草と、今回の飴。――少しは不在の穴埋めができたようでティムはほっとした。

「ここに置くから好きなときに食べてくれ」

 ティムは治癒力飴が入った瓶をベッドサイドのテーブルに置く。

 そこには先客として革表紙の大きな本が載っていた。

「この本は? 研究成果か?」

 ティムが聞くと、ヴェロニカは柔らかく笑う。

「小説よ。人間の国で流行っている物語を研究した魔女がいてね、そのときに何冊も買ったのよ。図書室にあるわよ」

「へー」

 ティムは眺めるだけに留めた。素手で触っていいのか迷うような、表紙の金彩も美しい芸術品だ。

(魔女の研究成果は、紐で綴じただけの簡素なものが大半だったな)

 印刷技術が進んだ今では、流行本は紙表紙で安価なものが主流だ。

「どんな話なんだ?」

「幼いころから親しくしていた男女が、結婚の約束をしたのに国の事情で引き離されてしまうのよ。それでも、一緒になりたくて、苦難を乗り越えて結婚する話よ」

「あーなるほど。恋愛小説なんだな」

「恋愛……」

 ヴェロニカは目を瞬かせて繰り返す。

 初めて聞いたような反応に、ティムも不思議に思う。

「魔女は恋愛はしないのか?」

「魔女は人間と違って生殖行為が必要ないから、結婚もしないわ」

「うーん。恋愛と生殖行為や結婚は必ず結びつくものではないぞ? 恋愛感情がない結婚だってある」

 ヴィンセントの妃選びなんて、その筆頭だろう。

「まあ、そうなの?」

 ティムはうなずく。

 ヴェロニカは頬に手をあてて首をかしげる。

「恋愛ってなんなのかしら?」

「俺もよくわかんないわ。でも、この本の登場人物たちの気持ちが恋愛なんだろ? どんな困難があっても一緒にいたいっていう気持ち」

 いかにも人生経験豊富そうな老人の姿のヴェロニカに、若造のティムが「恋愛とは」なんて説明しているのが、ちぐはぐだ。

(ヴェロニカなんて三百年以上生きてるのになぁ)

「恋愛を研究した魔女っていなかったのか?」

「そうねぇ。昔はいたかもしれないわね」

「ああ、アンジェリーナのころの方が人間の国と交流が盛んだって言ってたな」

「ええ。そのころなら、魔女も恋愛していたかもしれないわねぇ」

 そういえば、魔女の始祖アンジェリーナと勇者リオネルは恋愛関係じゃなかったのだろうか。

(シェリルは相棒って表現してたっけ? 絵本でも勇者と聖女は恋人って雰囲気じゃないしなぁ)

 絵本は子ども向けにアレンジされているせいかもしれないが。

 そんなことを考えていたティムに、ヴェロニカが、

「ティム、あなたは恋愛したことがあるかしら? 恋人はいた?」

「いや、いねぇよ。全然。恋愛なんて、初恋も……」

 まだない、と続けようとしたティムは、ふと頭に浮かんだ顔に言葉を止める。

「俺の初恋ってシェリルだったのかも……?」

「まあ! シェリルが?」

 ヴェロニカが声を弾ませる。ティムは慌てて言い訳のように続けた。

「だってさ。死にかけてたのに急に楽になったところで、シェリルの綺麗な顔だろ。シェリルは天の御使で、俺はやっぱり死んだんだと思ったんだよ」

 ティムの美人の基準は、間違いなくシェリルだ。

 ずっと会いたいと思っていた。

 感謝を伝えたいからだったけど、もう一度顔を見て、たくさん話もしたかった。

 それは確かに初恋と言えるかもしれない。

「あ、でも、今、シェリルに対して恋愛感情はないかなぁ。普段のシェリルは子ども姿だし」

「ふふふっ。シェリルと一緒にいるときは、あなたの方が子どもみたいよ? 姉と弟ってあんな感じなのかしら」

「ええっ! 本当に?」

 ティムが驚くと、ヴェロニカは楽しそうに笑ってうなずく。

「初対面のときは、俺が子どもでシェリルが大人だったからかなぁ」

 最近は、魔法や勇者の剣など、はしゃいでいた自覚もあり、ティムは少し恥ずかしい。

「そうだわ。私の最後の研究は恋愛にしようかしらねぇ」

 ヴェロニカはそう言って、ティムに向かって片目をつぶった。

 ――治癒力飴のおかげか、ヴェロニカは久しぶりに晩餐に参加した。

 彼女はそこでも、恋愛を研究すると宣言した。

「恋愛の研究? どうやって?」

 シェリルが身を乗り出すと、ヴェロニカはふふっと含み笑いをした。

「ティムの初恋はシェリルなんですって。だから、二人を見守ろうと思うのよ」

「えー! ヴェロニカ! なんで言っちゃうんだよー!」

 ティムがガタンと椅子を鳴らして立ち上がると、ヴェロニカは目を丸くした。

「あら、言ったらダメだったの?」

「そこからかよ!? 恋愛感情は、当事者同士で密かに伝え合うのが、基本だろ!」

「まあ、知らなかったわ」

「あーもう!」

 シェリルの反応はどうだろうか、とそちらを見ると、なんだか微笑ましそうにティムを見ていた。

(完全に姉の目線だな……)

 ヴェロニカの見立ては正しかった。

 シェリルが気にしていないことはわかるが、ティムは一応言い訳をしておく。

「初恋って、初めて会ったときのことだからな? 今は別に……、好きは好きだけど、恋愛じゃないと思う」

「あら、残念だわ」

 シェリルがそう言うから、ティムは驚く。

「残念って、なんで?」

「恋愛ならヴェロニカの研究の手助けになるから」

「あ、そういう意味……」

(シェリルが俺に恋愛感情があるから、俺がなくて残念、なのかと一瞬思った! 口に出さなくて良かった!)

 ティムはすとんと椅子に座り直した。

 すると、ヴェロニカが軽く手を叩く。

「ティムの好きが恋愛の好きになればいいのよねぇ。そこから研究を始めましょうか」

「言われてできることじゃねぇし!」

「大丈夫。たいていの研究は困難が伴うものよ」

 シェリルは、ティムとヴェロニカを微笑んで見ている。

 恋愛の研究は話し相手の一環だと思っているのかもしれない。

(実際そんな感じだろうな)

 話のテーマが恋愛になるだけで、今までとあまり変わらない。

 ヴェロニカは別にティムとシェリルが恋人になるのを期待しているわけではないのだ。

 ティムはそう思ったし、シェリルもそう思っただろう。

 しかし、シンシアはそうは思わなかったようだ。

 ずっと黙っていたシンシアが声を上げた。

「ティム! 私は?」

「え? シンシア? シンシアに恋愛感情があるかどうかってことか? ……悪いけど、恋愛感情はないよ」

 失礼を承知で、ティムははっきり伝える。

 シンシアはティムの返答を気にした様子もなく、ヴェロニカに向き直った。

「私が協力するわ! 私とティムが恋愛するの!」

「まあ、シンシアが?」

 ヴェロニカはおっとり首をかしげたが、ティムは反論した。

「は? なんで!?」

「ヴェロニカの研究は私にとっても重要だもの! 私が協力しないでどうするのよ!」

「それはいいけど、なんで俺がシンシアと恋愛しないとならないんだよ?」

「シェリルも私も、恋愛感情がないのは同じじゃない。それなら私でもいいでしょ」

「良くない」

 ティムは深く考えず反射的にそう言った。

「シェリルとシンシアは同じじゃない」

 魔女国に来て初めて強く主張したティムに、魔女三人は目を瞠る。

「俺が恋愛するなら、シェリルとだ」

 ティムはそう宣言してから、はっと気づいて付け加える。

「いや、する予定はないけどさ!」

 気まずい空気になってしまい、ティムは頭を下げる。

「ごめんなさい」

 シェリルが苦笑して首を振り、シンシアはふんっと目を逸らした。

 ヴェロニカがシンシアに微笑む。

「シンシア、あなたが私の研究を手伝いたいって言ってくれたこと、うれしいわ。でも、ティムに無理を言ったらダメよ。彼は魔女じゃないのよ? 善意で協力してくれている人間なんだから」

 ヴェロニカに諭されたシンシアはぎこちなくうなずいた。

 ティムは、魔女と人間をくっきり線引きされたようで、もやもやとしたまま食事を終えた。

 ――後日、シンシアが恋愛相手を連れてくるとは、そのときは誰も想像もしていなかったのだった。

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