魔道具の剣
ティムは今日も毛玉にたかられていた。
治癒の力をばら撒きながら、ふと考える。
(治癒力は使わないと減るんだよな。俺、魔女国に来てからめっきり使わなくなってるな)
こうやって毛玉に与えたり、ヴェロニカの疲れを癒したり。そのくらいしか使いどころがなかった。
「お前らって屋敷中にいるんだよな?」
ティムが聞くと、毛玉たちは飛び跳ねて肯定を表す。
「それじゃあ……」
ティムは両腕を広げて目を閉じる。
屋敷のあちこちを歩き回ったし、外にも出たからだいたいの大きさはわかっていた。
(このくらいならいけるだろ)
広範囲の治癒は、大聖女ディアドラに習った。彼女は数人を同時に癒す技として教えてくれたのだけれど、ティムはもっと広い範囲で使えた。
ティムは屋敷とその周辺に、薄く引き伸ばすように力を行き渡らせる。
それから、地面に広げた敷物の四隅を持って、ばっと上に持ち上げる要領で、治癒力を空間に撒き散らした。
ティムが立っている床も、下から金の粉が舞い上がり、それを受けた毛玉たちがわさわさと毛を震わせる。
「よしっ。これで結構使えたな」
素振りのあとのような心地よい疲労感がある。
「毎日やればちょうどいいだろ」
ティムが一人ごちると、毛玉が何匹もティムの背中を押すように体当たりし始めた。
「お前ら、どうしたんだ?」
一匹が少し前に進んでは振り返って跳ねるのを繰り返す。
「なんだ? ついて来いってことか?」
跳ねる毛玉たちに誘われて、ティムは一階の一室にやってきた。
この部屋は一度中を見てみたことがある。
「ここって倉庫だろ?」
ティムが扉を開けると、毛玉は部屋の奥に飛んでいく。
この倉庫は壁三面に棚があり、魔道具らしきものや木箱が雑然と詰め込まれている。大きなものは床に直接置かれていた。
毛玉が掃除するから埃などはないが、長年放置されているのが明らかに見てとれる。
(おもしろそうだから漁ってみたいんだけど、用途がわからない魔道具を触って何かあると困るからなぁ)
ティムが手近な棚を見ていると、毛玉たちが細長い包みを抱えて戻ってきた。
包みを押し付けてくるから、ティムは「なんだよ、これ」と受け取った。
周囲で跳ね回る毛玉たちから期待を感じ、ティムは包みを床に置く。
「布が古いなぁ。開けて大丈夫なのか?」
跳ねる毛玉の様子に保証を得て、ティムはゆっくりと包みを開いた。
すると、中から出てきたのは一本の剣だった。
布は古かったのに、中身の剣は新品のように新しい。
「どういうことだ?」
首をかしげると、毛玉がティムの手のひらに乗ってふるふる震える。
「え? もしかして、さっきの治癒で綺麗になったのか?」
正解とばかりに毛玉は跳ねた。
「うーん? 普通の道具に治癒をかけても新しくなんてならないから、これは魔道具か?」
ティムは剣を観察する。
柄も鞘も実用重視の無骨な拵えだ。宝石や魔石は付いていない。
そっと触れて何も起こらないことを確認してから、ティムは剣を両手で持ち上げた。
「うわっ、軽っ!」
鞘から抜くと、刀身も反射するほど綺麗だった。武器屋に手入れしてもらった直後のように切れ味が良さそうだ。
「やっぱ魔道具だよなぁ」
何か特殊な機能があるのかもしれないが、剣は剣だ。
(これなら俺にも扱えそうなんだが……)
ティムは毛玉に尋ねる。
「なあ、これ、俺が使っていいと思うか?」
毛玉たちはぴょんぴょん跳ねて賛同した。
ティムは彼らに後押しされ、「シェリルに許可をとろう」と剣を持ち出した。
シェリルはいつも通り研究室にいた。
集中しているとノックの音も聞こえないシェリルだが、今日は返事をしてくれた。
彼女は今、最新版の結界の魔道具を作っている。ハーゲン王国用にティムが頼んだのだ。
大きな机は作業しやすいようにか、いつもより低くなっている。
シェリルが手を止めて顔を上げたのを確認してから、ティムは話し始める。
「ちょっと相談があるんだけど」
この剣、と言いながら両手で掲げる。
「毛玉が倉庫から出してくれたんだけど、借りてもいいかな?」
シェリルは剣を一瞥して、
「毛玉が許可したならいいわよ」
ティムについて来た毛玉たちに不満はないようで、楽しそうに跳ね回っている。
「じゃあ、遠慮なく」
ティムは満面の笑みを浮かべた。
そこにちょうど良く、二匹の毛玉が協力して、剣帯を持ってきてくれた。黒い革製で、鋲や金具は銀色。こちらも新品同様だ。
「剣帯も借りていいのか? ありがとう!」
早速、装備して悦に入っていると、シェリルが目を細めて、
「その剣は、アンジェリーナの相棒のリオネルが使っていたものなのよ。リオネルの死後は毛玉が管理を任されていたの」
「えっ! リオネルって、伝説の勇者のことか!?」
ティムは有名な名前に目を剥く。
勇者リオネルと言えば、少年向けの童話の定番だ。ティムがいた孤児院にも、何度も読み返されて修理を繰り返した『リオネルの冒険』の絵本があった。
(そういえば確かに、あの童話には勇者を支える役で聖女が出てくるな。名前がなかったけど、アンジェリーナだったのか)
興奮するティムと対照的に、シェリルは肩をすくめる。
「人間の国では、ずいぶん大げさに伝わっているのね」
「そんな大事な剣を俺が使っていいのか? 教会に祀っておくような聖遺物なんじゃ……」
「毛玉が許可したならいいのよ。もともと物置に仕舞われてたんでしょ? 魔女は誰も剣なんて持たないもの」
毛玉たちも跳ねて同意する。
畏れ多いと思うけれど、出自を知ると余計に使ってみたい欲も出てきて、ティムは結局、その剣を借りることに決めた。
「これって魔道具だよな? 軽量化以外でどんな効果があるんだ? さっき俺が治癒をかけたら綺麗になったみたいなんだけど」
「まさにそれよ。治癒力で手入れができるの。あとは、治癒力を刀身に込めておけば持ち主に還元されるのよ。軽傷ならすぐに治ると思うわ」
「すげーな」
(リオネルのときはアンジェリーナが治癒をかけてたってことだよなぁ。さっきから気軽に呼んでるけど、アンジェリーナって女神だもんな。なんだか、もう壮大すぎて……)
ティムは鞘から抜いて、刀身に左手をかざして治癒をかける。金の粉がどんどん吸い込まれていった。
「もしかして、これって、結界の魔道具と同じ素材か? 吸い込み方が似てる気がする」
「よくわかるわね。吸魔硬銀っていう特殊な鉱物で、人間の国の近くでは採れないの」
「へー」
吸い込まれなくなったところでティムは治癒をやめた。
軽く振ってみる。
治癒は自分にもかけられるが、力を使った疲れは治癒では治らない。だから、剣に込めた治癒の効果が出ているのかはよくわからなかった。
「よし。ちょっと外で素振りしてくるわ」
ティムが研究室を出て行こうとしたら、シェリルに呼び止められた。
「待って。私も聞きたいことがあったのよ。さっき、部屋中に光の粒が舞ったのは、あなたの治癒なの?」
「ああ、うん。そう。屋敷と庭くらいの範囲で、どばっとまとめて力を使ったんだ」
「まあ! それは普通なの?」
目を瞬かせるシェリルに、ティムは笑って首を振る。
「いいや。ここまで広範囲の治癒は、ハーゲン王国では俺だけだと思う。俺は力に目覚めてから、ばんばん使ってきたから、人よりも力が強かったんだ。治癒力は使えば使うほど増えるんだけど、魔力は違うのか?」
「違わないわ。魔力も同じよ」
シェリルは、あごに人差し指を当てて考える仕草をした。
そのとき、扉が強く叩かれ、返事を待たずに開けられる。
ティムはとっさに身構えたけれど、魔女国には不届者などいない。
扉を開けたのはシンシアだった。
彼女は珍しく慌てている。
「どうしたの?」
シェリルが尋ねるのを遮るように、シンシアはティムに、
「ここにいたのね! あなたの治癒力が薬草にかかって、おかしなことになっているのよ!」
すごい剣幕で詰め寄られ、ティムは思わず謝ってしまう。
「ごめんなさい」
「ごめんじゃないわよ!」
シンシアは、がしっとティムの腕を掴む。
「薬草の効果が高くなっているの。検証したいから協力しなさい!」
研究しているときのシンシアを初めて見た。普段はティムに対して一歩引いた様子なのに、全く違う。
シンシアに引っ張られながらティムが振り返ると、シェリルは苦笑しながら手を振っていた。