4 寂しい葬儀
レティシアが公爵家に嫁いで来てから8年が経った。
レティシアは26歳になり、双子の長男と長女は6歳、次男は4歳になっている。夫フィリップは飽きもせず週末には愛人と会っているようだが、仮面夫婦も8年ともなれば慣れたものだ。
レティシアは公爵家の嫁として当主夫妻に大切にされているし、子供たちは三人ともとても可愛い。レティシアは公爵家での生活に何の不満も持たず、穏やかに暮らしていた。相変わらず、ジェローム宛の手紙を毎日綴りながら……
そんなある日。
「愛人に刺されて亡くなった?」
耳を疑う実家からの知らせに、思わず声を上げるレティシア。
「まさか、ジェローム様がそんな……信じられないわ。何かの間違いよね? ね? ハンス?」
レティシアの問い掛けに、実家からの使者ハンスは首を横に振る。彼はレティシアが幼い頃からずっとブラシェール伯爵家に仕えている者だ。
「レティシア様。間違いではありません。若旦那様は愛人の家に泊まった際に、背後から刺されて亡くなったのです」
「そんな……ジェローム様はお姉様とあんなに仲睦まじい様子だったじゃない。愛人がいたなんて嘘よ」
「驚かれるのも無理はありません。ですが事実なのです。2日後に葬儀が行われます。亡くなり方が亡くなり方ですので、御親族のみで行われる予定です」
入り婿が愛人に刺し殺されるなど、由緒正しいブラシェール伯爵家にとって、あってはならない醜聞だ。当主である父は怒っているだろう。おそらく、ひっそりとした寂しい葬儀になる――
⦅なんて可哀想なジェローム様……⦆
「……公爵家を醜聞に巻き込む訳にはいかないから、私一人で目立たぬように参列するわ。紋章の無い馬車で行きます。そう、お父様に伝えて頂戴」
レティシアの言葉に頷くハンス。
「はい。お伝え致します」
その夜、私室で一人、レティシアは考えた。
⦅ジェローム様が愛人を作るなんて……きっとお姉様が悪いのだわ⦆
レティシアが実家にいた頃は、姉夫婦は仲睦まじかった。けれど、結婚して日が経つにつれ、姉は次第に入り婿のジェロームを蔑ろにするようになったに違いない。伯爵家に居場所が無くなったジェロームは、癒しを求めて愛人を作ってしまったのだろう。姉がジェロームを大事にしていたら、こんな事にはならなかったはずだ。
ジェロームと姉ポーラが結婚してから、既に10年の月日が経っていた。甥は9歳、レティシアが実家を出た後に産まれた姪も7歳になっている。
⦅お姉様にとって、ジェローム様は用済みになったのだわ⦆
何の根拠も無い。
だが、レティシアはとにかく全て姉が悪いと考えた。誰かの所為にしなければ、愛する男性がこの世からいなくなった事実に耐えられなかったからだ。
ジェロームの葬儀は王都のはずれにある小さな神殿で行われた。レティシアの祖父や祖母が亡くなった際には、王都の中心にある聖リリュバリ大神殿で立派な葬儀が執り行われたというのに……
葬儀は異様な雰囲気に包まれていた。
父は憤懣遣る方無いといった態度を隠そうともせず、姉ポーラは無表情のまま一言も喋らない。9歳の甥と7歳の姪は尋常でない大人たちの様子にどう振る舞えば良いのか分からないのだろう、可哀想にオロオロするばかりだ。母はそんな孫たちを気遣い、しきりに声を掛けている。そしてジェロームの実両親と兄は、ひたすら父にジェロームの不始末を詫びていた。
神官はやりにくそうに死者へ祈りを捧げると、そそくさと神殿の奥へ引っ込んでしまった。
純粋に悲しんでいる者など誰一人いない。棺の中に眠るジェロームに語り掛ける者もいない。
レティシアは一人進み出て棺の側に跪いた。
突然愛人に刺され、激しい痛みの中で最期を迎えたせいだろう。ジェロームの死に顔は苦悶に満ちていた。
⦅あぁ、ジェローム様。何て苦しそうな表情なのかしら。酷いことを……⦆
「さようなら、ジェローム様。どうか安らかに」
ジェロームへ別れの言葉を告げるレティシア。
そのレティシアに、背後から姉ポーラが近付いて来た。
「レティシア。その人は、貴女が思っているような男ではなかったのよ」
「え?」
レティシアが振り返って姉の顔を見ると、あろうことか、レティシアに向けられた姉の目にはハッキリと【憐憫】の情が浮かんでいた。その目を見た瞬間、レティシアは分かってしまったのだ。
⦅お姉様は、私の気持ちに気付いていたのだわ⦆
いつからだろう? あれほど気を付けていたのに、レティシアのジェロームへの想いが、姉に知られていたなんて……
姉は続ける。
「悪いことは言わないわ。今日を限りにその人のことは忘れてしまいなさい。レティシア」
「お姉様……」
「レティシア? 貴女、泣いているの?」
「いいえ。泣いてなんかいませんわ。涙がただ零れているだけです」
「そう……」
姉ポーラは痛ましそうに顔を歪めると、レティシアから視線を外した。