3 母になる
「お聞きになりました? 例の妹が姉の婚約者を奪ったという、とんでもない話……」
「ええ。知っておりますわ。姉の婚約者に色目を使って誘惑するなんて、貴族令嬢のすることではありませんわ」
「本当に下品ですわよね。きっと幼い頃から姉のモノを欲しがってばかりだったのでしょう」
「親も妹を甘やかしていたに違いありませんわね」
ある日。侯爵家の茶会に招かれ出席していたレティシアの耳に飛び込んで来た、貴族夫人たちの会話。最近社交界で噂になっている男爵家の姉妹の話に違いない。姉の婚約者に言い寄り、奪った恥知らずな妹――自分のことではないと頭では分かっているが、レティシアの心臓は嫌な音を立て始めた。
「レティシア様? どうかなさったの? 顔色が優れないようですけれど……」
同じテーブルについている侯爵夫人に声を掛けられる。
「い、いえ。何でもありません。大丈夫ですわ」
微笑むレティシア。顔は引き攣っていないだろうか?
⦅私は違う。男爵家の恥知らずとは違う。私はジェローム様に色目なんて使ってない⦆
レティシアはジェロームへの想いを誰にも告げたことはない。
ただ、毎日欠かさずジェローム宛の手紙を書き綴っているだけだ。私室の机の引き出しに納まらなくなった、出せない手紙の束はクローゼットの奥に隠してある。
相当気持ちの悪い事をしているという自覚はある。だが、誰にも知られなければ問題はないはずだ。おそらく。
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公爵家に嫁いで1年半が経った頃、レティシアの中に新しい命が宿った。
日に日に大きくなっていく腹に、あまりに大きいのではと不安を覚えたレティシアだったが、いざ出産を迎えてみれば、産まれた赤子はまさかの双子だった。男女の双子だ。
この国では【双子が産まれた家は永く繁栄する】という古くからの伝承がある。なおかつ男女の双子は特に縁起が良いとされている。
舅姑である公爵夫妻は孫の誕生に大喜びだ。
そして、日頃は何を考えているのか分からぬ夫フィリップまでが、目に涙を浮かべてレティシアの手を握り締め「レティシア、ありがとう」と礼を言うではないか。レティシアは驚いた。
産まれた男児はフィリップにそっくりで女児はレティシアに似ている――と、舅と姑は口を揃えた。フィリップも「男の子は髪も瞳の色も私と同じだな。女の子の方はレティシアに似た優しい顔立ちをしている」などと言う。この人達は何を言っているのだろう?
⦅男の子は右耳の形がジェローム様にそっくりね。女の子は上唇がジェローム様によく似ているわ⦆
レティシアはジェロームの子を産んだのだ。
そんな訳があるはずは無い。
あるはずは無いのだが、レティシアはそう思い込んだ。
レティシアは、自分が腹を痛めて産んだ子供たちを真に愛したいが為に、自らに暗示をかけたのだ。
双子たちはすくすくと育った。
2年後に更にもう一人、男児を出産したレティシア。
⦅この子は左の眉がジェローム様に似ているわね⦆
レティシアは赤子を腕に抱き、満足気に微笑む。
家を繁栄させるという伝承のある双子に加え、第3子となる男児まで産んだレティシアは、公爵家の嫁として揺るぎない立場を築いた。