都会と猫と運命論
数年ぶりに会った幼馴染のクロは都会にかぶれていた。どのくらいかぶれているのかというと、一人称が「吾輩」に変わり、「猫である」などと胡散臭い言い回しをするくらいだ。都会自慢もひどい。都会はいい、残飯が上等だし、鼠は太っているし、餌をくれる人間がたくさんいる、と言った内容を執拗に繰り返す。そして、都会の美味を知らないオレ達を優越感の混じった表情で見下ろし、ニンマリ笑う。散々自慢に付き合わされたオレはうんざりしていた。
だが、こうした我慢も今日で終わりだ。クロは今日、都会に帰る。曰く「うちの子にならないかね」と、金持ちに声をかけられたらしい。今回の帰郷もオレ達に別れを告げるためだとか言っていた。
日が傾き始め、クロが出発する時が迫ってきた。見送りくらいはしてやるかと昼寝をしていた道路の側溝から起き上がると、道路を挟んだ向かい側の靴屋のショウウィンドウが見えた。飾られているのは人間の子供用の黒いピカピカの長靴。眺めていると、ふと一つの光景が浮かんできた。あれはたしかクロが都会に旅立つ前のことだった。今と同じくらいの時間、落ちる夕陽を前にクロは言っていた。
「俺は、長靴が似合う猫になりたいんだ。その為に都会で頑張ってくる」
猫でありながら傑出した才と努力で「キゾク」に上り詰めた偉大なる先達は、長靴が似合うナイスガイだったらしい。子供なら誰もが憧れるが、本気で目指したのはクロだけだった。
あの変な口調もアイツなりに長靴を履くための努力の結果だったのかもしれない。
「どうしたのかね?」
「にゃっ!」
声をかけられて振り向くと、髭を撫でつけるクロがいた。オレは急に胸が締め付けられるような寂しさに襲われた。
「お前、頑張ったんだな」
「ほう?」
「長靴を履くために頑張ったんだな。自分を磨いて、金持ちに拾われて、すげーよ」
俺の言葉にクロはしばし沈黙し、面倒くさそうに口を開いた。
「……長靴とは何のことかね。あと自分を磨くなど馬鹿にするのも大概にしてくれ。吾輩は元々あの方に拾っていただく幸運の星のもとに生まれていたのだよ。選ばれし猫なのさ。君とは違ってね」
唐突に理解した。
目の前の猫は幼馴染ではない。都会にかぶれ、初心を忘れ、空虚な中身を運命論で誤魔化すただの縄張り荒らしだ。なにが選ばれし猫だ。
オレはソイツに飛び掛かった。オレ達は転がり、揉みあい、転がって、靴屋のショウウィンドウに頭をぶつけた。痛みは感じなかった。




