臨海学校とバックギャモンと天地無用
「おーい、吉野。バックギャモンしようぜ」
臨海学校の夜、同室の山田が声をかけてきた。僕は読んでいた本を閉じ、ため息をついた。
「僕らはまだ15だぜ。賭け事は20歳からって法律にも書いてある」
「お前は朝廷の回し者か? バックギャモンが賭博と見なされて禁止されていたのは平安時代の話だぜ」
軽口をたたきながら、山田はボード、ダイス、駒を次々にトランクから取り出した。参加は強制らしい。僕は諦めて移動し、盤を挟んで山田と向かい合う。
バックギャモンは二つのダイスを振り、出た目の数だけボード上の駒を動かしていくゲームで、最終的に15個の持ち駒をゴールさせた方が勝ちとなる。
こいつとボードゲームね……。
僕は内心乗り気ではなかった。山田とは家が近所の幼馴染で、幼いころはよく互いの家で遊んでいた。山田の家にはたくさんのボードゲームがあり、よく勝負していたが、山田は自分が負けそうになるといつも盤をひっくり返し、うやむやにした。頭を絞って考え出した戦略を物理的にひっくり返されるのは、勝ちを確信していたとはいえ面白くない。こうした苦い思い出もあって、近年は勝負を避けていた。
「さっきの話の続きじゃないけど、せっかく勝負するんだから賭けでもしようぜ」
勝負の途中、山田が急に言い出した。
「内容次第だ」
「臨海学校の夜のお楽しみと言えば、あれしかないだろ」
「……好きな女子の名前でも言うのか」
「告るに決まっているだろ」
呆れると同時に思い当たることがあった。山田が授業中、同じクラスの佐藤さんに熱烈な視線を向けていることは把握している。告白する踏ん切りが欲しいのかもしれない。
「乗った。天地無用だぞ、山田」
「天地無用?」
「運送用語。傾けたり横倒しにしたりして輸送するなって意味。今日はボードひっくり返すなよ(ちゃんと負けろよ)」
「へーへー」
部屋に沈黙が下りた。
30分後、僕の最後の駒がゴールした。
山田はしばらく無言でボードを眺めていたが、ふいに大きく腕を広げて後ろに倒れ込んだ。
「あ~、負けた。やっぱ強いな、吉野は」
晴れやかな表情に僕はいくらか拍子抜けし、その後に続いた言葉にぎょっとした。
「じゃ、佐藤さんに告ってこい」
「は⁉ 負けたのお前だろ」
「負けた方が告るとか俺は一言も言ってないぜ」
たしかに……そうだけど。
動揺する僕を尻目に、山田はニヤッと笑った
「俺はお前に負けたんだ。お前の気持ちを届けて来いよ。真っすぐに、天地無用で、な?」




