表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
4/14

気持ちと五大湖と千本ノック

「スペリオル湖、ミシガン湖、ヒューロン湖、エリー湖、オンタリオ湖、スペリオル湖、ミシガン湖、ヒューロン湖、エリオ湖……。あれ?」

 いつの間にか五大湖が四つになっていて、もう一つが出てこない。薄目を開けて教科書を確認。エリー湖とオンタリオ湖……か。どうやら私は二つの湖を消し、新たに一つ創造していたらしい。

 梅雨明けから間もない、初夏の日曜日の夜9時。私は明日の地理のテストに向けて、詰め込み作業に追われていた。教科書を読み、目を瞑って言えるようになるまで声に出す。永遠に続きそうな千本ノックで、期間限定で拡張した脳内スペースに地名をせっせと押し込める。どうせテストが終わった瞬間にスペースごと消えてなくなるのだが、あと12時間、知識には文字の形を保ってもらわねば。

 眠気と知識で重くなった頭を抱えて唸っていると、ノックの音が聞こえた。振り返ると、母がトレイを持って立っている。

「勉強お疲れ様。お夜食よ」

「ありがとう。……なんで食パン?」

「暗記パンよ」

「噓でしょ⁉」

「嘘よ」

 母はふふっと笑い、食パンを乗せた皿を学習机に置いてくれた。甘い匂いが鼻をくすぐる。

「何の勉強をしているの?」

「地理。あーあ、覚えること多すぎ。一生行くことない湖の名前とかなーんでこんな時間かけて覚えなきゃいけないんだろ……」

「だいぶ参っているわね」

 母は目じりを下げ、おかしそうに私を見ていたが、ふっと遠い目になった。

「そうねえ。たしかに高校の勉強って実生活に結びつくもの少ないかもねえ。私、日本史選択だったけど墾田永年私財法と『いい国つくろう鎌倉幕府』しか覚えていないわ」

「今はいい国じゃないよ、いい箱なんだって」

「まっ、源頼朝に抗議しないと。1192年に鎌倉幕府開いてくれないと意味がないって」

 母はにこにこと笑いながら、それはそれとして、と続けた。

「高校の勉強の意義はね、覚え方を覚えることにあると私は思うわ。今後生きていく上で覚えなければならないことはたくさんある。スムーズに覚えられるやり方を身につけておけば、良いことがきっとあるわ」

 私よりも長い人生を生きてきた母の言葉には説得力がある。私は深く頷いた。

「ところで、この食パン、バターはついていないの?」

「あっ、ごめんね。買おうと思っていたのに忘れていたわ」

「…………」

 無言で食パンを一口齧る。まずくはないが物足りない。覚え方を覚えるために、もう少し頑張ろうという気持ちになった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ