ワンフレーズと木目調と大外刈り
本日十二回目の「ハナミズキ」を歌い終わったあたしは、大きく息を吐いてマイクをおろした。机の上のカップを手に取り、中の液体を一気に飲み干す。乾いた喉の奥でコーラの泡が爆ぜる。こんなことなら変にコーラを混ぜたりせず、オレンジジュースオンリーにするべきだった。
陽気な機械音が鳴り響き、採点が始まった。音程、安定感、抑揚、と項目別に点が入り、総合点の数字がみるみる大きくなっていくのを、固唾を呑んで見守る。
結果は80.6点。本来ならば78点だったのを、AIのボーナス点でぎりぎり80点の壁を突破した形だ。人の心を持たないAIすら情けをかけてもらっている現状が情けない。
来週親睦会を兼ねてカラオケに行くと主将が突然言い出したのは昨日のことだ。断ることに失敗したあたしは、一人深夜のカラオケボックスに籠り、「ハナミズキ」を延々と歌い続ける羽目になった。
まあ、一応80点は超えたし、この調子でいけば90点出せるかもな。
もう目を瞑っても歌える「ハナミズキ」のワンフレーズを口ずさみながら、伸びをした時だった。
ドンドンドンドンドン!
個室の木目調のドアが激しく揺れた。続いて、怒声。
「うるせえんだよ!」
ドアの向こうから聞こえてくるヒステリックな喚き声に身体が硬直した。「深夜のカラオケボックスに女性一人は危ない」というネット記事の見出しが脳裏をよぎる。
「『ハナミズキ』を下手に歌う奴を見かけるとよ! 俺あ許せねえんだよ!」
歌声で相手が女だと分かっているからか、男は怒鳴り声の中には心なしか楽しんでいる響きがある。助けを呼ばなければと思うものの、電話はドアのすぐ隣の壁にある。ドア越しとはいえあの声の持ち主に近づかなくてはならないと思うと、足がすくんで動けない。
「とっとと出ていけこの音痴!」
カチン。
あたしは座席から立ち上がり、ドアノブを捻って開け放った。勢いよく叫んでいた赤ら顔の男は、あたしが出てくるとは思っていなかったのか口を開けたまま硬直する。その機を逃さず、その短い足を払って床に叩きつけた。
しまった……。
我に返ったあたしは頭を抱えそうになった。あたしは昔から「音痴」と罵られると、我を忘れ、言った人間を大外刈りで成敗してしまう。今回練習していたのも、部の誰かがその禁句を口にしようものなら、全員を大外刈りしてしまいそうだったからだ。
あたしは床で目を白黒させている男を見ながら、この場をどう収めるべきか頭を悩ませた。