4 彼らは間違えた。色々と。
かつての海賊時代テンションに戻った皆さまが誘拐船に乗り込んで。あっという間だった。
ジャスバーグたちがフィラをつれて甲板に上がった時には、水夫たちは縛られ、甲板に転がされていた。
水夫たちは王命をかざすジャスバーグたちに雇われただけだったので、理由も知らないから、乗り込まれたからにはもう抵抗もしなかった。海賊が相手なんて聞いてない。最新の船に乗れるからって雇い文句に誘われただけなのだ。
真っ青な顔で両手をあげる相手には、さすがの海賊達もその刃を振り下ろすのは心が咎めて止めてあげた。
「な、な……」
どうして海賊が? どうして今こんな時に?
ジャスバーグがフィラを連れて甲板にあがった時に、既にそこまで片が付いていた。
これからまさに、海賊の皆さんは船内に探索に向かう手はずを確認していたところ、相手の方が先に来てくれた……と、いうところ。
「姫さま!」
ジャスバーグは海賊達がざわめくその呼びかけに、その手首を掴んで無理矢理連れてきた娘が本当に「聖女」でなく「姫君」であったと。
「ち、ちち、近寄るなぁ!?」
ジャスバーグはその時、判断を誤った。何度目か、この国に来て三度目だろうか。
一度目はもちろん、フィラを聖女と間違ったこと。そしてさらったこと。
二度目はその時……――。
「こ、この娘がどうなっても――」
三度目、今、フィラにナイフを突きつけたこと。
もし今、両手をあげて地に、甲板に額をこすりつけて謝罪していたら、何かが違ったかもしれない。彼は、そうはならなかったかもしれない。
ジャスバーグはフィラの身体を左手で逃がすまいと盾にし、右手でナイフを突きつけた。
フィラの位置は誤解された聖女から人質となっていた。
自分たちが助かるには、この……何故か海賊達が助けにきた、この姫君で交渉するしかない。
そう、考えた――考えてしまった。
「汚ぇもん、俺のフィラに向けてんじゃねぇよ」
怖ろしく冷たい声が自分のすぐ側から聞こえた。
自分たちに刃を向ける海賊達。
彼らが「あ」て顔をした。
「ギルバート」
腕の中のフィラが嬉しそうな声で呼ぶ。
それは街でこの少女とよく一緒にいた少年だとジャスバーグたちは気がついた。
「お、お前、妙なことするなよ?」
近寄るなと言っていたが、その前に既に側にいたのかと、ジャスバーグは思って――
「もう済んだ」
「え?」
カチャリと、彼の腰に佩いたカットラスの鍔なりの音。
――ゴトリ。
甲板に転がる手首。ナイフを掴んだまま。そのナイフの柄には彼らが国の紋章が。王から授かった大事な――。
「うわあああ!?」
噴き出る血。
悲鳴をあげてジャスバーグはフィラを抑えていた左手で慌てて右手首を掴む。
少年の凄まじい剣の技にジャスバーグの仲間達は固まり、海賊達はよし、とうなずいている。
当の少年少女は……。
「俺のフィラって……」
「あ、ァ!? その、あの……っ!」
そんな微笑ましく頬染めて。
ちなみに「きゃっ」とかわいく頬おさえるフィラちゃんのその頬には、とんだ返り血が。まだまだ精進しないとと反省してハンカチで優しくぬぐうギルバートくんに、海賊の皆さまもほっこり笑顔。水夫の皆さまとジャスバーグの仲間達は真っ青な顔。
――甲板に血溜まりひとつ作って捕まった誘拐犯たちが縛られて。
「おおーい」
黒い旗を掲げた一隻が追いついたのは、そうしてことがちょうど終わった頃だった。
「あ、来たのかオフクロ」
船の船首に立っていたのは、ギルバートの母――領主の妻にして「紅目の海賊」と呼ばれた四代目。ちなみにこの船は《紅雀》。《紅鷹》より一回り小さいが、姉妹船にしてプロトタイプ。
髪色も赤めの茶髪だが、目の色こそ通り名もなるほどな鮮やかな紅。ギルバートは母親似であると誰もがうなずく美女である。
ただ、引き攣った傷が右頬から額に走り、顔には眼帯が。隻眼である。
しかしながらそれすらも凄味になる美女である。
彼女もまた現役時代の肩に房の付いたコート姿。まことに粋である。
「オフクロ、こいつら――」
「ママン! と、お呼び! 可愛らしく、かつ上品に! もちろんフィラちゃんは無事だろうね!?」
傷一つついてたら、テメェらも海に叩き落として差し上げますわ、と。
……海賊からお役人の奥様になったことにより、迷走されたのか頑張っているのか――はたまたもとからなのか。それは海賊の皆さまにもわからない。
「……お母さん、もちろん無事です」
年頃のギルバートくんの葛藤はさておき、フィラも良く知って懐いているおばさまの登場にほっと安堵に肩の力をぬいた。
「ああ、よかった! 痛いところはないかい!?」
「大丈夫よおばさま。皆が助けてくれたわ」
それでも駆け寄ってきて抱きしめてくれたギルバートの母の胸に遠慮なく甘える。やっぱり怖かったから。
知らない国に連れて行かれるところだったのだ。気丈にしていても、内心では怖かった。
そんなフィラを心配して、四代目とともに追いかけてきたものがいた。
それはフィラと同じく、黄金の瞳をしていた。
「あら、アスランおじさま?」
おばさまの抱擁の横で順番待ちをしていたのはこの国の王族にして……――
「いや、従兄弟なのだからそこは是非、おにいさまで」
――前から言ってるけど、とフィラの従兄弟であるアスランだった。
確かに十歳なフィラにとって、倍以上年上な彼はおじさまかもしれないが。
彼は現王弟にして、フィラの従兄弟である。
先の王弟であったフィラの父は遅くにできた子であり、甥である王子たちとの方が年が近かった。そのため、兄のように慕われ、仲も良かった。
そうしてまた、フィラも遅くにできた子であり……当然に、従兄弟たちとも年がかなり離れた。またその子らの方が年が近いほどに。
フィラとアスランは、従兄弟同士としてもともと流れが同じのもあったが、彼らは絶世の美女と謳われた先の王太后の血が濃く出たといわれている。長年美姫を娶り、美しいものが多い王族の中で群を抜いていた。
フィラが美形に、美しいものに慣れていたのは、こうした理由であった。
「フィラ、無事で良かった」
「ありがとう、アスランにいさま」
尊敬している叔父の一粒種。それもあるが、一族の中で自分と似た容貌に同じ銀の髪をしたフィラをアスランはよりいっそう可愛がっていた。むしろ娘のように。おじさまでもたまに良いかなとは思う。
アスランは現王弟として、亡き叔父の仕事を引き継いでいたのもあるが、可愛い従姉妹を心配して、ちょくちょく訪れていた。まだ幼いフィラの代わりに地方を治める王太后の手伝いも兼ねて。
そう――何故フィラを聖女と勘違いしたのか。
それはこうした背景があり。彼らも勘違いしても仕方がない状況だった。
かつて寂れていた漁村を、わざわざ甦らせたという噂話。そしていつしか街となり、豊かさを取り戻した。
そこには王族が年に何度も訪れるという。
何かある。
聖女を求めて国に忍び込んでいた、この中途半端な彼らが誤解する状況は揃っていた。
聖女の力で豊かになったのだとおもわれたそれは、街の皆さんの現在進行形で頑張っている成果。
王族が訪れるのは、もちろんフィラに逢いに来ているのだ。家族だから。
今日も、まさに。
本当に油断していた皆さん。
まさかフィラを聖女と勘違いするものがいるだなんて。
「この度は、我らの手落ちでございました」
王弟が先に領主のところに諸々の報告を受けに行ったら、そこにとんでもない報告が。フィラがさらわれたと。
すぐさま飛び出した領主夫人の船に便乗させてもらってきた。
優秀な領主が今頃、陸にて後方のあれこれをしてくれているだろう。
……だが。
領主夫人は王弟に頭を下げた。
「お預かりしていた、尊き姫さまを……」
「ああ、いや。責める気はないよ。こうして無事に取り返してくれたし」
街全体が護衛の形であったが、本当に油断であったと――アスランも陸についたらまたフィラの周りを考えることがある。
これは街のものたちだけでなく、王族側の不手際もある。安全な街だから――まさか彼の王弟の子を害するものが、と……まさか他国が。護衛をもっと確りとつけるべきだった。
「事情を聞けば、聖女に間違われたのが……」
本当に何とも。
「彼らは海の向かいのものたちのようです」
かつて先代の紅目にその左足を切り落とされた片足は、コツリと義足で甲板を鳴らしながらギルバートがとばした手首を拾い――そのナイフを、王弟に。彼はナイフに付いていた紋章に心当たりがあった。
ちなみに今ではギルバートの剣の師でもある。
「……なんとも因果ではありますが」
それは、かつての海賊たちの故郷。
その国の紋章。
一方その頃、とあるお姉さん。
「ひぇええ!?」
「お姉ちゃん、下見んなあ!」
「腰に命綱ついてっからな? 落ちてもすぐ引っ張ってあげてやっから!」
「今んとこ近くに鮫はいないみたいだから、大丈夫大丈夫!」
「……つか、おとなしくこっちでまってれば?」
お姉さん、頑張って《紅鷹》から移船中。
「行かねばならぬと呼ばれているのです!」
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